トニー・カナーン

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トニー・カナーン
Tony Kanaan
Tony Kanaan 2008 Indy Japan 300.jpg
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1974-12-31) 1974年12月31日(41歳)
出身地 ブラジルサルヴァドール
2016年インディカー・シリーズ
デビュー 2002
所属 KVレーシング・テクノロジー
車番 11
過去所属 アンドレッティ・オートスポーツ
モー・ナン・レーシング
タスマン・モータースポーツ
出走回数 169
優勝回数 15
ポールポジション 11
ファステストラップ 14
シリーズ最高順位 1位 (2004)

アントニー・リズカラー「トニー」カナーン・フィルホAntoine Rizkallah "Tony" Kanaan Filho, 1974年12月31日 - )は、アラブ系ブラジルバイーア州サルヴァドール出身のカーレースドライバーである。

アメリカ合衆国オープンホイールレースで活躍しており、2004年のインディカー・シリーズ(IRL)チャンピオンである。CART、IRLというアメリカの二つのオープンホイール選手権の双方でレース優勝の経験がある数少ないドライバーの一人でもある。

2006年現在、ブラジルではサンパウロ、アメリカではマイアミに居住している。既婚。

経歴[編集]

初期の経歴[編集]

8歳の時にカートを始め、1985年に最初の選手権に参加し、1990年にカートを卒業するまでサンパウロ州選手権で各クラス合わせて8回に渡りチャンピオンを獲得し、ブラジル全国選手権でもチャンピオンに輝くという実績を残した。この間、13歳の時に父親を亡くし、以後、母親がレース活動を支えた。

1992年まで、ブラジル国内でフォーミュラ・フォードフォーミュラ・シボレーといったジュニアフォーミュラレースに参戦した。

1993年にヨーロッパに渡り、1994年にはアルファ・ボクサー選手権でチャンピオンタイトルを獲った後、イタリアF3に参戦、初年度にも関わらず表彰台を9回獲得し、ランキング4位を記録。

そうした活躍がアメリカのタスマンレーシングチームの目に留まり、1996年には同チームよりインディ・ライツへの参戦を開始した。

初年度からランキング2位、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得し、翌年にはチャンピオンとなった。

CART[編集]

折りしもこの時期は1996年に従来のインディカーレースと呼ばれていたシリーズであるCARTからインディ・レーシング・リーグ(IRL)が分裂し、北米ではCARTとIRLの2リーグが対立している状況だった。

この時期に有力だったのはCARTであり、1998年に上位カテゴリにステップアップすることとなったカナーンもCARTを選んだ。この年は前年以前と同じくタスマンチームから参戦し、表彰台も2度獲得するなど健闘した上、ウォーカー・レーシングジル・ド・フェランニューマン・ハース・レーシングクリスチャン・フィッティパルディパックウェスト・レーシングマウリシオ・グージェルミンといった実力者を抑え、ブラジル人ドライバーの中で同年最高位となるランキング9位を記録するという見事なデビュー年となり、初年度からルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。

翌年はタスマンチームを吸収したフォーサイスで参戦し、この年はミシガン・スピードウェイで開催された第12戦US500で初優勝を飾った。 2000年はモー・ナン・レーシングに移籍したが、この年はイルモアメルセデスエンジンの不調と、シーズン中盤のデトロイトにおけるクラッシュにより負傷し、4戦を欠場したためランキングとしては19位に沈む結果となった。

翌2001年は再びホンダエンジンを搭載してモー・ナン・レーシングから参戦し、CARTに復帰したアレックス・ザナルディとのコンビとなったが、9月にドイツラウジッツリンクで開催された第16戦の事故で重傷を負ったザナルディが離脱を余儀なくされたため、第18戦からはケイシー・メアーズを同僚とした。カナーン自身はこの第16戦を含め第12戦から第19戦まで8戦連続入賞を続けるなどした結果、最終的にランキング9位に着けた。結果的にCARTでは3年に渡って参戦したが、優勝は1勝にとどまった。


この時期からCARTとIRLの力関係には変化が生じ、2002年途中でモー・ナン・レーシングがIRLへ移る決断をしたため、この年、カナーンはインディ500に初めて参加した(インディ500の開催権はIRLが持つためCART所属のカナーンはそれまでこのレースに参戦したことがなかった)。

インディカー・シリーズ[編集]

2003年にアンドレッティ・グリーン・レーシングに移籍し、シリーズフル参戦初年度を迎えた。この年はオーナー兼ドライバーのマイケル・アンドレッティ、チームグリーン時代からの古参ダリオ・フランキッティ、カナーンと同年に移籍してきたブライアン・ハータのチームメイトとなったが、強力なチームのバックアップを得たことで一気にスターダムに伸し上がり、1勝、ランキング4位という、チーム内ではトップの成績で終えた。

翌2004年は優勝こそ3勝にとどまるが8位でフィニッシュした開幕戦以外全てのレースを上位5位以内で終えるという安定感で、前年限りでドライバーから引退したアンドレッティに代わりチームメイトとなりこの年のランキング2位を記録したダン・ウェルドンにも80ポイント以上の大差をつけて、チャンピオンを獲得した。

連覇に挑んだ2005年はウェルドンとの間で立場が逆となり、独走したウェルドンに対して80ポイント差をつけられてランキング2位となった。チャンピオンこそ逃したものの、この年はインディ500でポールポジションを獲得するというハイライトもあった。

2006年は先行するチップ・ガナッシペンスキー勢に付け入ることはできず、ランキング6位に終わった。表彰台に上がることすら困難であったが、7月にウィスコンシン州で開催された第10戦A・J・フォイト225レースでは終始レースをリードし、アンドレッティ・グリーンチームとしてもシーズン初となる優勝を挙げ、一矢報いた。カナーンにとっては、前年8月にカリフォルニアで勝って以来、実に11ヶ月振りの優勝でもあった。

2007年は全ドライバー最多となる5勝をあげ、ランキング3位となった。雨で赤旗中断となったこの年のインディ500では最多リードラップを獲得したものの12位に終わった。

2008年は1勝ながらランキング3位に入ったが、翌2009年はこの年2強のチップ・ガナッシ、ペンスキー勢にやや遅れを取り、フル参戦7年目にして初めて未勝利に終わりランキング6位にとどまった。

2010年もチップ・ガナッシ、ペンスキー勢が速さを見せ、ランキングは前年と同じ6位であったが、第8戦アイオワで自身2年ぶりの優勝をあげた。シーズン終了後の10月29日にアンドレッティ・オートスポーツが、カナーンとの複数年契約を解除することで合意に達したことを発表し、8年間所属した同チームから離脱することになった。

2011年は一度ド・フェラン・ドラゴン・レーシングから参戦することが発表されたが、スポンサー不足などから急遽同チームが撤退することになり、開幕直前になってKVレーシング・テクノロジーからの参戦が発表された。ランキングは5位と前年を上回ったが、最高位は2位で2009年以来の未勝利に終わった。

インディ500では初参戦以来優勝がなかったが、2013年に悲願の初優勝を挙げた。また、ツインリンクもてぎでのCART/インディカーのレースに全て出走した唯一のドライバーでもある。

その他[編集]

2007年フォーミュラ・ニッポン第9戦鈴鹿サーキットに、ゲストドライバーとして参戦し決勝では6位入賞を果たした(ゲスト参戦のためポイントはなし。)。

2015年デイトナ24時間レースで優勝を果たした。

交友関係[編集]

その気さくな性格からたいていのブラジル人ドライバーと交流があり、公式サイトには友人らからのコメント欄すら設けられている[1]。中でも、元F1ドライバーのルーベンス・バリチェロとは「兄弟のようなもの」というほど仲が良く、2012年にはチームメイトに迎え入れた。

2006年、F1のモナコGPでバリチェロがカナーンのカラーリングのヘルメットを、同GPと決勝日が同日5月28日のインディ500ではカナーンがバリチェロのカラーリングのヘルメットを被るという出来事があった。これはこの年の1月にバリチェロが思いついたお遊びがきっかけで、元々はバリチェロが「カナーンがF1で一番走ってみたいレース」をカナーンのヘルメットカラーで走って友人を驚かせるために考えたものであったが(カナーンは「モナコ」と答えた)、バリチェロの企みを知ったカナーンは、ならば自分はインディ500をバリチェロのヘルメットカラーで走る、と、提案して実現したものであった。両レースが開催される5月までこの企みは2人だけの秘密だった。

ブラジル人の友人、特にバリチェロからはカナーン(Kanaan)をもじって「アナォン(anão)」の愛称で呼ばれている(「ビッグイヤー」という意味の他、「能無し」という意味もある)。

ブラジル人以外で特別な関係にあると言えそうなのは2005年までアンドレッティ・グリーン・レーシングのチームメイトだったイギリス人ダン・ウェルドンで、ウェルドンはブラジルで毎年年末に行われているカートレース、グランジャ・ヴィアナ500マイルレースにて、2004年、2005年、さらにはウェルドン自身がチップ・ガナッシへ移籍しカナーンとのチームメイト関係がなくなった2006年も、カナーンチームの一員として参戦するためにブラジルを訪れていた。この大会はもっぱらブラジル人ドライバーによる祭典であるため、外国人プロドライバーが参加すること自体が珍しいことである。近年のこの大会においてカナーンは、バリチェロ、ウェルドン、同じくIRLに参戦しているブラジル人フェリペ・ジアフォーネとの4人組で参戦している。

レース戦績[編集]

アメリカン・オープンホイール[編集]

インディ・ライツ[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 順位 ポイント
1996年 タスマン・モータースポーツ MIA
10
LBH
2
NAZ
12
MIS
17
MIL
7
DET
1
POR
5
CLE
19
TOR
24
TRO
2
VAN
2
LS
1
2位 113
1997年 タスマン・モータースポーツ MIA
6
LBH
5
NAZ
5
SAV
23
STL
10
MIL
3
DET
1
POR
3
TOR
2
TRO
1
VAN
2
LS
2
FON
9
1位 156

CART[編集]

チーム シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 順位 ポイント
1998年 タスマン・モータースポーツ レイナード・98i ホンダ MIA
Ret
MOT
6
LBH
5
NZR
9
RIO
Ret
STL
Ret
MIL
17
DET
8
POR
4
CLE
14
TOR
Ret
MIS
11
MDO
8
ROA
4
VAN
Ret
LS
3
HOU
3
SRF
7
FON
Ret
9位 92
1999年 フォーサイス・レーシング レイナード・99i MIA
Ret
MOT
6
LBH
Ret*
NZR
Ret
RIO
5
STL
7
MIL
18
POR
15
CLE
Ret
ROA
6
TOR
Ret
MIS
1
DET
6
MDO
Ret
CHI
11
VAN
9
LS
Ret
HOU
9
SRF
6
FON
9
11位 85
2000年 モー・ナン・レーシング レイナード・2Ki メルセデス・ベンツ MIA
10
LBH
Ret
RIO
Ret
MOT
Ret
NZR
8
MIL
10
DET
DNS
POR
CLE
TOR
MIS
Ret
CHI
Ret
MDO
13
ROA
8
VAN
14
LS
Ret
STL
13
HOU
10
SRF
8
FON
Ret
19位 24
2001年 レイナード・01i ホンダ MTY
7
LBH
7
TXS
NH
NZR
16
MOT
3
MIL
6
DET
DNS
POR
Ret
CLE
16
TOR
Ret
MIS
Ret
CHI
8
MDO
5
ROA
12
VAN
4
LAU
7
ROC
8
HOU
12
LS
8
SRF
17
FON
5
9位 93
2002年 レイナード・02i MTY
16
LBH
20
MOT
15*
12位 99
ローラ・B02/00 MIL
16
LS
12
POR
8
CHI
8
TOR
17
CLE
8
VAN
3
MDO
14
ROA
4
MTL
3
DEN
6
ROC
15
MIA
9
SRF
5
FON
4
MXC
8*

インディカー・シリーズ[編集]

チーム シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 順位 ポイント
2002年 モー・ナン・レーシング Gフォース シボレー HMS PHX FON NZR INDY
28
TXS PPIR RIR KAN NSH MIS KTY STL CHI TX2 50位 2
2003年 アンドレッティ・グリーン・レーシング ダラーラ ホンダ HMS
4
PHX
1
MOT
14
INDY
3
TXS
2
PPIR
2
RIR
5
KAN
4
NSH
9
MIS
16
STL
2
KTY
6
NZR
18
CHI
6
FON
3
TX2
14
4位 476
2004年 HMS
8
PHX
1
MOT
2
INDY
2
TXS
1
RIR
5
KAN
3
NSH
1
MIL
4
MIS
2
KTY
5
PPIR
5
NZR
2
CHI
3
FON
2
TX2
2
1位 618
2005年 HMS
3
PHX
3
STP
2
MOT
6
INDY
8
TXS
3
RIR
19
KAN
1
NSH
19
MIL
4
MIS
4
KTY
20
PPIR
3
SNM
1
CHI
5
WGL
2
FON
2
2位 548
2006年 HMS
11
STP
3
MOT
3
INDY
5
WGL
11
TXS
7
RIR
18
KAN
5
NSH
12
MIL
1
MIS
4
KTY
5
SNM
11
CHI
7
6位 384
2007年 HMS
5
STP
3
MOT
1
KAN
15
INDY
12
MIL
1
TXS
2
IOW
16
RIR
4
WGL
4
NSH
18
MDO
4
MIS
1
KTY
1
SNM
4
DET
1
CHI
6
3位 576
2008年 HMS
8
STP
3
MOT1
5
LBH1
DNP
KAN
2
INDY
29
MIL
3
TXS
5
IOW
18
RIR
1
WGL
3
NSH
4
MDO
7
EDM
9
KTY
8
SNM
3
DET
3
CHI
4
SRF2
21
3位 513
2009年 STP
5
LBH
3
KAN
3
INDY
27
MIL
19
TXS
8
IOW
14
RIR
6
WGL
8
TOR
17
EDM
21
KTY
3
MDO
10
SNM
8
CHI
13
MOT
11
HMS
4
6位 386
2010年 アンドレッティ・オートスポーツ SAO
10
STP
10
ALA
8
LBH
5
KAN
3
INDY
11
TXS
6
IOW
1
WGL
21
TOR
4
EDM
12
MDO
17
SNM
7
CHI
5
KTY
4
MOT
7
HMS
3
6位 453
2011年 KVレーシング・テクノロジー STP
3
ALA
6
LBH
8
SAO
22
INDY
4
TXS1
11
TXS2
5
MIL
19
IOW
2
TOR
26
EDM
4
MDO
5
NHM
22
SNM
28
BAL
3
MOT
17
KTY
17
LVS
C
5位 366
2012年 ダラーラ・DW12 シボレー STP
25
ALA
21
LBH
4
SAO
13
INDY
3
DET
6
TXS
11
MIL
2
IOW
3
TOR
4
EDM
18
MDO
6
SNM
10
BAL
20
FON
18
9位 351
2013年 STP
4
ALA
13
LBH
20
SAO
21
INDY
1
DET1
13
DET2
12
TXS
3
MIL
10
IOW
3
POC
13
TOR1
5
TOR2
24
MDO
24
SNM
13
BAL
15
HOU1
21
HOU2
24
FON
3
11位 397
2014年 チップ・ガナッシ・レーシング STP
6
LBH
18
ALA
9
IMS
10
INDY
26
DET1
3
DET2
9
TXS
6
HOU1
13
HOU2
10
POC
11
IOW
3
TOR1
3
TOR2
2
MDO
21
MIL
3
SNM
13
FON
1
7位 544
2015年 STP
3
NLA
6
LBH
5
ALA
13
IMS
7
INDY
26
DET1
20
DET2
13
TXS
2
TOR
6
FON
2
MIL
6
IOW
21
MDO
5
POC
19
SNM
4
8位 431
2016年 STP
9
PHX
4
LBH
6
ALA
8
IMS
25
INDY
4
DET1
9
DET2
7
RDA
2
IOW
7
TOR
4
MDO
12
POC
9
TXS
3
WGL
19
SNM
13
7位 461
1 同日に開催された
2 Non-points race.
チーム 出走数 ポールポジション 勝利数 表彰台
(勝利以外)**
トップ10
(表彰台以外)***
インディ500勝利数 チャンピオン獲得数
11 3 178 11 15 44 67 1 1 (2004)
** 表彰台(勝利以外):2位または3位
*** トップ10(表彰台以外):4位から10位まで

インディ500[編集]

シャシー エンジン スタート フィニッシュ チーム
2002年 Gフォース シボレー 5 28 モー・ナン・レーシング
2003年 ダラーラ ホンダ 2 3 アンドレッティ・グリーン・レーシング
2004年 ダラーラ ホンダ 5 2 アンドレッティ・グリーン・レーシング
2005年 ダラーラ ホンダ 1 8 アンドレッティ・グリーン・レーシング
2006年 ダラーラ ホンダ 5 5 アンドレッティ・グリーン・レーシング
2007年 ダラーラ ホンダ 2 12 アンドレッティ・グリーン・レーシング
2008年 ダラーラ ホンダ 6 29 アンドレッティ・グリーン・レーシング
2009年 ダラーラ ホンダ 6 27 アンドレッティ・グリーン・レーシング
2010年 ダラーラ ホンダ 33* 11 アンドレッティ・オートスポーツ
2011年 ダラーラ ホンダ 22 4 KVレーシング・テクノロジー
2012年 ダラーラ シボレー 8 3 KVレーシング・テクノロジー
2013年 ダラーラ シボレー 12 1 KVレーシング・テクノロジー
2014年 ダラーラ シボレー 16 26 チップ・ガナッシ・レーシング
2015年 ダラーラ シボレー 4 26 チップ・ガナッシ・レーシング
2016年 ダラーラ シボレー 18 4 チップ・ガナッシ・レーシング
*カナーンはバックアップカーで予選32位であったが、レースではメインカーを使用することに決めた。これによりスタート位置は33番グリッドに降格した。

アメリカン・ル・マン・シリーズ[編集]

チーム シャシー クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 順位 ポイント
2007年 アンドレッティ・グリーン・レーシング アキュラ・ARX-01a LMP2 SEB
1
STP LNB TEX UTA LIM MID AME MOS DET PET
Ret
MON
4
17位 39
2008年 アンドレッティ・グリーン・レーシング アキュラ・ARX-01b LMP2 SEB STP LNB UTA LIM MID AME MOS DET PET
7
MON
1
22位 39

参照[編集]

外部リンク[編集]

タイトル
先代:
デヴィッド・エフリンガム
インディ・ライツ チャンピオン
1997
次代:
クリスチアーノ・ダ・マッタ
先代:
パトリック・カーペンティア
CART ルーキー・オブ・ザ・イヤー
1998
次代:
ファン・パブロ・モントーヤ
先代:
スコット・ディクソン
IRL インディカー・シリーズ チャンピオン
2004
次代:
ダン・ウェルドン
先代:
ダリオ・フランキッティ
インディ500勝者
2013
次代:
受賞
先代:
サム・ホーニッシュ・ジュニア
スコット・ブレイトン アウォード
2007
次代:
ヴィトール・メイラ