チャボ・ゲレロ・シニア

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チャボ・ゲレロ・シニア
プロフィール
リングネーム チャボ・ゲレロ
チャボ・クラシック
ゴリー・ゲレロ・ジュニア
本名 サルバドール・ゲレロ・ジャネス
ニックネーム 小さな巨人[1]
カリフォルニアの太陽
身長 180cm
体重 103kg(全盛時)
誕生日 1949年1月7日(67歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テキサス州の旗 テキサス州
エルパソ郡エル・パソ
トレーナー ゴリー・ゲレロ
デビュー 1970年
引退 2007年
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チャボ・ゲレロ・シニアChavo Guerrero, Sr.、本名:Salvador Guerrero Llanes[2]1949年1月7日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラーテキサス州エル・パソ出身のメキシコ系アメリカ人

父親のゴリー・ゲレロ、弟のマンド・ゲレロヘクター・ゲレロエディ・ゲレロ、息子のチャボ・ゲレロ・ジュニア、姪のシャウル・ゲレロもプロレスラー。メキシコおよびアメリカで活躍した名門ゲレロ・ファミリーの一員で、ゲレロ4兄弟の長兄にあたる[3]

来歴[編集]

高校の体育教師を経て[1]1970年に地元のエル・パソをサーキット・エリアとするテキサス西部のアマリロ地区にてデビュー[2]。当初はゴリー・ゲレロ・ジュニアGori Guerrero Jr.)をリングネームとしていたが、ほどなくしてチャボ・ゲレロChavo Guerrero)と改名[2]。前座試合に出場してキャリアを積み、1974年には若手時代のスタン・ハンセンともタッグを組んだ[4]

日本へは1975年7月、アマリロ地区とのブッキング・ルートで全日本プロレスに初来日[1]1978年6月からは新日本プロレスの常連外国人選手となり、藤波辰巳木村健吾らジュニアヘビー級レスラーと抗争を繰り広げた(1980年4月の来日では『第3回MSGシリーズ』の決勝リーグに進出し、アンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセン、ダスティ・ローデスなどスーパーヘビー級の選手とも対戦している[5])。

アメリカでは1970年代中盤より、メキシカン人口の多いカリフォルニア州NWAロサンゼルス地区(NWAハリウッド・レスリング)や、テキサス州サンアントニオのSCW(サウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング / 後のテキサス・オールスター・レスリング)を主戦場にベビーフェイスのポジションで活動。エースとして活躍していたロサンゼルスでは1975年から1980年にかけて、アーニー・ラッドロディ・パイパーザ・ハングマンドリー・ファンク・ジュニアテキサス・レッドパット・パターソンらを破り、フラッグシップ・タイトルのNWAアメリカス・ヘビー級王座を通算16回獲得している[6]。1980年1月25日には、ロサンゼルス地区のトップ・コンテンダーとしてハーリー・レイスNWA世界ヘビー級王座に挑戦した[7]

1980年10月3日、新日本プロレスのリングで木村健吾からNWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座を奪取[8]。その後アメリカで防衛戦を行い、1981年2月27日にテキサス州ヒューストンジノ・ヘルナンデスに王座を奪われるも5月22日に奪回している[8]。同年8月より王者として全日本プロレスに移籍したが、1982年3月7日、ノースカロライナ州シャーロットにて大仁田厚に敗れて陥落[8]1983年、大仁田の負傷によるタイトル返上後、5月26日のトーナメント決勝でウルトラセブンを下して王座に返り咲き、翌1984年2月26日にマイティ井上に敗れるまで戴冠した[8]

以降はアメリカ南部を転戦、1984年7月14日にフロリダにて弟のヘクター・ゲレロと組み、バリー・ウインダム&マイク・ロトンドからUSタッグ王座を奪取した[9]1985年9月29日にはサンアントニオのテキサス・オールスター・レスリングにて、テッド・デビアスを破りUSAヘビー級王座の第2代王者となっている[10]

1988年からはヘクターやマンド・ゲレロと共に末期のAWAに登場、パット・タナカ&ポール・ダイヤモンドのバッド・カンパニーが保持していたAWA世界タッグ王座に度々挑戦した[11]。以後、WWFの全米侵攻の余波でアメリカ・マット界のテリトリー制が崩壊したこともあり、活動の拠点をアメリカからメキシコに移し、1992年秋にはルードのポジションでAAAに参戦。1990年代SWSWAR無我などに来日した[2]

1990年代後半より現役を一時引退していたが、2004年になってチャボ・クラシックChavo Classic)を名乗りWWEスマックダウンに登場。これはそれまでタッグを結成していたエディ・ゲレロチャボ・ゲレロ・ジュニアの「ロス・ゲレロス」解散後の抗争ストーリーに絡んでの登場で、息子側についてエディと抗争した[12]。試合にも時折出場し、2004年5月20日にはチャボ・ジュニア&スパイク・ダッドリーとの3Wayマッチを制してWWEクルーザー級王座を奪取している[13]。WWEには同年6月まで出場した。

2007年4月には無我ワールド・プロレスリングが主催した『チャボ・ゲレロ日本引退シリーズ』に来日、藤波辰爾との久々の対戦が実現した[14]

得意技[編集]

ジャーマン・スープレックス
元々得意技だったが、全日本プロレスに再参戦して大仁田厚渕正信マイティ井上らとNWAインタージュニア王座を争っていた頃はフィニッシュとしてかなり多用した。大仁田、渕とのシングル戦では、お互いジャーマンを狙ってのバックの取り合いは名物的光景だった。
ヒップ・アタック
近年では越中詩郎の代名詞ともいえる技だが、越中自身、自著で「チャボ・ゲレロが使っていたのを盗んだ」とカミングアウトしている。
カウンター式サイド・スープレックス
相手をロープに飛ばし、戻ってくるところをパワー・スラム気味のサイド・スープレックスで素早く叩きつける、チャボ・シニア独特の技。この技からヒップ・アタック、ジャーマン・スープレックスにいくのが彼の殺人フルコースだった。
ダイビング・ボディ・アタック
ロープリバウンド式、ミル・マスカラスのようにコーナー最上段から放つタイプなど、試合中盤で流れを変えるのに多用していた。
プランチャ・スイシーダ
場外に落ちた相手にトペ・スイシーダにいくと見せかけ、相手がかわそうとしゃがんだのを見計らってロープを掴んでフェイント→プランチャ・スイシーダ、のパターンはチャボ・シニアの得意な連携だった。このフェイントからの連携には藤波辰巳、大仁田も当初引っかかっていた。
ロメロ・スペシャル
ゴリー・スペシャル
ゴリー・ゲレロが開発した複合背骨折り。

獲得タイトル[編集]

ナショナル・レスリング・アライアンス
NWAハリウッド・レスリング
チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
  • NWA USタッグ王座(フロリダ版) : 1回(w / ヘクター・ゲレロ)[9]
サウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング
テキサス・オールスター・レスリング
  • テキサス・オールスター・ヘビー級王座 : 1回[10]
  • テキサス・オールスター・タッグ王座 : 1回(w / アル・マドリル)
ワールド・レスリング・アソシエーション
ワールド・レスリング・エンターテインメント
アトランティック・コースト・チャンピオンシップ・レスリング
  • ACCWヘビー級王座 : 2回
ハリウッド・ヘビーウェイト・レスリング
  • HHWヘビー級王座 : 1回

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『THE WRESTLER BEST 1000』P66(1996年、日本スポーツ出版社
  2. ^ a b c d Chavo Guerrero”. Wrestlingdata.com. 2016年2月2日閲覧。
  3. ^ Guerrero Family”. Online World of Wrestling. 2016年4月25日閲覧。
  4. ^ The Amarillo matches fought by Chavo Guerrero in 1974”. Wrestlingdata.com. 2016年2月2日閲覧。
  5. ^ NJPW 1980 The 3rd Madison Square Garden Series”. Puroresu.com. 2016年2月2日閲覧。
  6. ^ a b NWA Americas Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月1日閲覧。
  7. ^ Records of NWA World Heavyweight Championship Matches 1980”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月5日閲覧。
  8. ^ a b c d e NWA International Junior Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月5日閲覧。
  9. ^ a b NWA United States Tag Team Title: Florida version”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月5日閲覧。
  10. ^ a b Texas All-Star Wrestling U.S.A. Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月5日閲覧。
  11. ^ The AWA matches fought by Chavo Guerrero in 1988”. Wrestlingdata.com. 2016年4月25日閲覧。
  12. ^ The WWE matches fought by Chavo Guerrero in 2004”. Wrestlingdata.com. 2016年2月2日閲覧。
  13. ^ a b History of the Cruiserweight Championship”. WWE.com. 2011年3月1日閲覧。
  14. ^ The Dradition matches fought by Chavo Guerrero in 2007”. Wrestlingdata.com. 2016年4月25日閲覧。
  15. ^ NWA World Junior Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2016年2月2日閲覧。
  16. ^ NWA Americas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2016年2月2日閲覧。
  17. ^ SCW World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2016年2月2日閲覧。
  18. ^ WWA World Trios Title”. Wrestling-Titles.com. 2016年4月25日閲覧。

外部リンク[編集]