ダグラス・ホワイト

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ダグラス・ホワイトDouglas Whyte韋達1971年11月15日 - )は、香港ジョッキークラブに所属する騎手南アフリカ共和国ダーバン出身。身長167センチメートル、体重52.5キログラム、血液型O型。

来歴[編集]

1987年、南アフリカで騎手デビュー。

香港での来歴[編集]

1996年/1997年シーズンから香港ジョッキークラブでの騎乗を開始し、この年は9か月のシーズンのうち6か月を香港で過ごしただけだったが、同じ南アフリカ人で5度目の香港リーディングを獲得したバジル・マーカスに7勝差と迫る50勝を挙げて2位になった。

1997年/1998年シーズンからアイヴァン・アラン厩舎主戦騎手となり、香港ヴァーズインディジェナスに騎乗して制し、香港でG1初勝利を挙げた。

2000年/2001年シーズンに自身初となる香港リーディングジョッキーとなる。

2003年/2004年シーズンには、香港ジョッキークラブ史上初の年間100勝を突破し、シーズン106勝を挙げ4シーズン連続のリーディングジョッキーとなる。

2004年/2005年シーズンは、自身の記録を更新する114勝を挙げ、5シーズン連続のリーディングジョッキーとなる。

2006年/2007年シーズンは、91勝を挙げ7シーズン連続のリーディングジョッキーとなった。

2007年/2008年シーズン、12月5日にインターナショナルジョッキーズチャンピオンシップで優勝した。12月10日に香港通算947勝を挙げ、アンソニー・クルーズ調教師が騎手時代に記録していた香港歴代最多勝記録を更新した。その後、通算1000勝も突破し、8シーズン連続のリーディングジョッキーとなった。

2008年/2009年シーズン、4月5日に通算1100勝を達成するなどして9シーズン連続のリーディングジョッキーの座を獲得。

2009年/2010年シーズンは、ブレット・プレブルとの熾烈な争いとなった。特に前半はホワイトの勝ち星が延びず、一方でプレブルが好調を持続した為、遂にリーディングジョッキーの座を明け渡すかに思われたが、次第にその差を詰め、結局シーズン100勝をマークして10シーズン連続のリーディングジョッキーに輝いた。(プレブルとの差はわずかに1勝であった)

2010年/2011年シーズンは、引き続きプレブルとの戦いとなったが、これを制して11シーズン連続リーディングジョッキーを達成した。

2011年/2012年シーズンは、プレブルに加え、オーストラリアの新鋭ザカリー・パートンとの三つ巴のリーディング争いになったが、ここでもホワイトが2人を抑えてリーディングジョッキーの座を獲得した。

2012年/2013年シーズンは、これまでと様相が異なり、パートンが大きく勝ち星を伸ばしてホワイトが追う展開となり、そのままパートンが逃げ切るかに思えたが、ホワイトが後半勝利を重ねて101勝を記録し、遂にパートンを逆転。13季連続リーディングジョッキーの座を守った。

2013年/2014年シーズンは、香港国際競走での2連勝など、大レースでの勝負強さは光るものの、2014年1月現在の勝利数ではパートンに20勝以上の差を付けられて3位に甘んじており、14季連続でのリーディングジョッキーの獲得が厳しくなりつつある。

2014年シーズン以降は、パートンに加え、新たに香港で騎乗を開始したジョアン・モレイラ騎手に大きく差を付けられる状態が続いている。

その他の来歴[編集]

中央競馬での初騎乗は1998年6月14日東京競馬場の第4競走でシルクサザンクロスに騎乗し18着。また同日に行われた第48回安田記念では、香港のオリエンタルエクスプレスに騎乗し8番人気ながら2着に健闘している。

2003年、第17回ワールドスーパージョッキーズシリーズ出場のために来日し、12月7日のゴールデンブーツトロフィーでは2番人気のマヤノモーリスに騎乗して中央競馬初勝利を挙げた。

2004年夏には初めて日本中央競馬会(JRA)の短期免許を取得し日本で騎乗した(身元引受人は藤沢和雄調教師と馬主の駒井孝男)。8月8日函館2歳ステークスではアンブロワーズに騎乗し優勝。中央競馬の重賞初勝利を挙げるなど66戦15勝の活躍を見せた。同年の第18回ワールドスーパージョッキーズシリーズには2年連続で参戦し、アンドレアス・スボリッチ騎手と同点ながら見事初優勝を飾った。

2005年の第19回ワールドスーパージョッキーズシリーズは最下位(14位)に敗れた。2006年は参加する予定だったが後日辞退した[1]。2007年の第21回ワールドスーパージョッキーズシリーズは31ポイントを獲得し5位となった。

2008年、自身10年ぶりの参戦となる安田記念へ騎乗するためにアルマダと共に来日し、レース開催週の土曜日に4鞍、日曜には安田記念を含め6鞍、短期免許ではない来日にも関わらず土日合計で10鞍も騎乗することになった。勝利こそなかったが2着が3回あり、そのうちの1回は安田記念においてアルマダに騎乗しての2着だった。その約1か月後に再び来日し、7月5日から8月4日まで4年ぶり3度目の短期免許を取得して中央競馬で騎乗している。身元引受人は藤沢和雄調教師と山本英俊

2010年、約2年ぶりの短期免許を取得(期間は7月24日8月29日)。身元引受人は池江泰寿調教師と吉田勝己7月25日函館記念では、マイネルスターリーに騎乗し優勝。JRA重賞2勝目を飾った。しかし8月14日札幌競馬第6競走での騎乗が走行妨害と判断され、8月21日から29日(開催日4日間)まで騎乗停止処分を受けた。このため、短期免許の期限を待たず帰国した。同年10月30日10月31日には再度短期免許を取得(身元引受人は萩原清調教師と久米田正明)したが、天皇賞(秋)でのジャガーメイルの騎乗がまたも走行妨害と判断され、11月6日から11月14日(開催日4日間)まで騎乗停止処分を受けた。

表彰[編集]

  • 香港リーディングジョッキー(12回)
2000年/2001年シーズン〜2011年/2012年シーズン[2]

主な騎乗馬[編集]

年度別成績表[編集]

  • 香港競馬
シーズン 騎乗数 勝利 勝率 獲得賞金
勝数 順位
1996年/1997年 ? 50勝 2位 ? ?
1997年/1998年 ? ?勝 ?位 ? ?
1998年/1999年 ? ?勝 ?位 ? ?
1999年/2000年 ? ?勝 ?位 ? ?
2000年/2001年 ? 88勝 1位 ? ?
2001年/2002年 ? 77勝 1位 ? ?
2002年/2003年 ? 88勝 1位 ? ?
2003年/2004年 608 106勝 1位 .174 ?
2004年/2005年 ? 98勝 1位 ? ?
2005年/2006年 645 114勝 1位 .176 7313万0045
2006年/2007年 633 91勝 1位 .143 6938万3125
2007年/2008年 ? 111勝 1位 ? ?
2008年/2009年 ? 96勝 1位 ? ?
2009年/2010年 ? 100勝 1位 ? ?
2010年/2011年 ? 96勝 1位 ? ?
2011年/2012年 ? 107勝 1位 ? ?
2012年/2013年 543 101勝 1位 .186 1億0902万0900
2013年/2014年 ? ?勝 ?位 ? ?
通算 ? 1524勝 - --- ?

※金額の単位は香港ドル、成績は2012年/2013年シーズン終了時点。

  • 中央競馬
騎乗数 勝利 勝率 連対率 獲得賞金
勝数 順位
1998年 4 0勝 187位 .000 .250 3909万2000
1999年 2 0勝 188位 .000 .500 5539万8000
2000年 1 0勝 192位 .000 .000 0
2001年 騎乗なし
2002年 騎乗なし
2003年 6 1勝 169位 .167 .167 1625万8000
2004年 93 17勝 51位 .183 .344 3億5088万0000
2005年 10 0勝 176位 .000 .000 0
2006年 騎乗なし
2007年 9 2勝 133位 .222 .222 2836万9000
通算 125 20勝 - ? ? 4億8999万7000

※金額の単位は、成績は2007年終了時点。

人物・エピソード[編集]

  • 既婚者であり、子どもが2人いる。

脚注[編集]

  1. ^ 代わりにブレット・プレブルが参加した。
  2. ^ 週刊競馬ブック」2012年7月29日号 p.99

関連項目[編集]

外部リンク[編集]