エイプリル・フール (バンド)

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エイプリル・フール
Apryl Fool
出身地 日本の旗 日本東京都
ジャンル サイケデリック・ロック
アート・ロック
プログレッシブ・ロック
活動期間 1969年
レーベル コロムビア
メンバー 小坂忠(ボーカル)
菊池英二(ギター)
柳田博義(キーボード)
細野晴臣(ベース)
松本零(ドラムス)

エイプリル・フール(Apryl Fool)は、1969年に活動した日本ロックバンド。

概略[編集]

グループ・サウンズ流行下1968年に結成されたザ・フローラルが前身。メンバーの交代を前後して英米のアート・ロックサイケデリック・ロックの代表格だったアイアン・バタフライヴァニラ・ファッジドアーズなどオルガンによるロックを中心メンバー柳田博義が志向し、1969年日本で流行したブルース・ロックブームではギター主体のザ・ゴールデン・カップスブルース・クリエイションザ・モップスなどと異なりピアノ、キーボード中心のアレンジによる録音を残している。英米ロックを標榜した日本の「ニューロック」で先駆的バンドの一つであった。その後には言葉や日本語に重点を置きシンガーソングライターブームと呼応したはっぴいえんどが展開する「風街世界」とは異なり電気楽器や音響機器による実験音楽が色濃く器楽演奏に重点を置き、詞はベトナム戦争学生運動サイケデリック・ロック影響で世紀末的なメッセージ色が強くテーマはシュールリアリズム、退廃、堕落にあり、また表現主義的で英語と日本語両方それぞれで作詞されている。日本語詞では松本隆がアマチュア・バンド「バーンズ」の代表曲でシャンソンとは同名異曲のオリジナル「暗い日曜日」を提供している。

メンバー[編集]

経歴[編集]

1969年
  • 4月1日モンキーズファンクラブ日本支部の企画で結成されたGSバンド「ザ・フローラル」結成。その後メンバー変更から小坂、柳田、菊池の3人を残し、柳田の兄のバンド「ドクターズ」のベーシストだった細野と彼が当時参加していたバンド「バーンズ」のドラマーであった松本を勧誘し1969年2月再編、細野のアイデアを採用しバンドを改名した。ジャズ喫茶やディスコの営業活動を続行しレコーディング作業と、4月中旬からはロック・ジャムを始めとして精力的にライブをこなす。
  • 4月、アルバム『Apryl Fool』のレコーディングを行う。
  • 春〜夏、吉田喜重監督の映画『エロス+虐殺』のサウンドトラックをレコーディング。音楽監督は一柳慧
  • 6月頃、細野・小坂・松本(アメリカン・ロック、フォーク・ロック日本語ロック指向)と柳田・菊池(ブリティッシュ・ロック、プログレッシヴ・ロックインプロヴィゼーション指向)の二派で音楽的亀裂が決定的となり解散が決まる。その後暫く残務処理が続く。
  • 9月15 - 22日、東京キッドブラザースのロック・ミュージカル「東京キッド」の劇伴を演奏。
  • 9月27日、アルバム『Apryl Fool』発売。
  • 10月15日東京キッドブラザースのロック・ミュージカル「続・黄金バット」で演奏。
  • 10月28日、細野と松本が大瀧詠一鈴木茂を引き入れて「バレンタイン・ブルー」を結成し初ライヴ。後にはっぴいえんどとなる。

ディスコグラフィ[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

その他[編集]

  • LOVE & BANANA(1969年末)- ミュージカラー LP:番号なし ※東京キッドブラザースのロック・ミュージカルの劇中歌をスタジオ録音した17センチLP。
  • エロス+虐殺 / ジャズ・ロック(1970年)※サウンドトラックB面の「ジャズ・ロック」を演奏(インストにつき小坂は不参加。細野も不参加と『HOSONO BOX』のブックレットに記載された)。
ザ・フローラル
  • 涙は花びら(1968年8月)- ミュージカラー / 日本コロムビア EP:MA1 ※ピクチャー・ディスク製造の専門会社からデビューした、エイプリル・フールの前身バンド。小坂、菊池、柳田が参加。
    • 涙は花びら
    • 水平線のバラ
  • さまよう船(1968年10月)- ミュージカラー / 日本コロムビア EP:MA2
    • さまよう船
    • 愛のメモリー

関連項目[編集]