コシミハル

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コシミハル
出生名 越美晴
生誕 (1960-01-03) 1960年1月3日(60歳)
出身地 日本の旗 日本 東京都小金井市
ジャンル テクノポップ
ニュー・ウェイヴ
職業 シンガーソングライター
担当楽器
キーボード
活動期間 1978年 -
共同作業者 Swing Slow
公式サイト miharu koshi 公式サイト

コシ ミハル(本名・旧名越 美晴〈読み同じ〉、1960年1月3日 - )は、日本シンガーソングライターである。

来歴[編集]

東京都小金井市出身[1]。父は読売日本交響楽団のファゴット奏者、母は声楽家というクラシック一家に育ち、3歳からピアノ、8歳から作曲を始める。11歳の時に越路吹雪に魅了されシャンソンの弾き語りを始める。和光大学文学部卒業[1]

オーディション番組『君こそスターだ!』出場をきっかけに[1]1978年RCAから越美晴名義で発表したシングル「ラブ・ステップ」でデビュー。ピアノを弾きながらシティポップス系の楽曲を歌う様は、当時人気だった原田真二の女性版とも例えられた。1979年、NHKレッツゴーヤングサンデーズの一員としてレギュラー出演した[1]

1980年代からはテクノポップニュー・ウェイヴに傾倒、音楽性もそれに伴い大きく変化。1983年、遠藤賢司のレコーディングにキーボードとコーラスで参加したことがきっかけとなり、デモテープが細野晴臣の耳にとまり、アルファ・レコードYENレーベルに移籍。細野のプロデュースでアルバム「Tutu」を発表。1曲目の「L'AMOUR TOUJOURS」には、ベルギーのテクノ・ポップ・グループ、テレックスが全面参加し、1984年には彼らのサポートのもとヨーロッパ・ツアーも行った。

細野とのタッグは継続し、1985年には彼が立ち上げたレーベル、ノン・スタンダードに共に移籍した。長編アニメーション映画「銀河鉄道の夜」の音楽制作に参加したり、舞台女優として東京グランギニョル公演「ライチ光クラブ」に客演したりと活動の場を広げていった。

1989年にファンハウスへ移籍すると同時に、名義をカタカナのコシミハルへと変更。サントリー・マドンナのCM音楽「今宵マドンナ」が第10回広告音楽競技大会作曲賞を受賞した。

1990年代に入ると20世紀初頭のフランス音楽が持ち合わせていたエスプリ精神を現代に蘇えらせるべくオールド・ジャズやシャンソンを取り入れた世界観を展開。彼女特有のノスタルジック志向を完成させていった。1995年、武満徹の作品を石川セリが歌ったアルバム「翼〜武満徹ポップ・ソングス」にアレンジと演奏で参加し、武満から「この人は天才だよ!」と絶賛された[2]

1996年には細野晴臣(Mr. Harry Hosono Jr.名義)とのデュオ・ユニット、Swing Slowを結成し、アルバム「Swing Slow」を発表。その後、細野が新たに立ち上げた自身のレーベル、デイジーワールド・ディスクに移籍した。同じ頃から、音楽とバレエを融合させたステージ作品の「Musique-hall」をプロデュースするなど、多岐に渡った活動で注目を集めた。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

  • ラブステップ(1978.10.05) ※越美晴名義
  • 気まぐれハイウェイ(1979.03.05)
  • マイブルーサマー(1979年)
  • カルディアの海(1979年)
  • 立入禁止(1980年)
  • 赤い夜蒼い朝(1981年)
  • さりげなくジンジャエール(1981年)
  • 野ばら(1985年) 
  • マルセリーノの歌(1987年)
  • シチリアーノ(1989年9月25日) ※以降、コシミハル名義
  • マドンナ(1991年2月1日)
  • Bonjours coucou(1992年7月25日)

アルバム[編集]

  • おもちゃ箱 第一幕(1979年)※越美晴名義(CD:BVCR-5022_1991/08/21)
  • On The Street - Miharu 2(1980年)
  • Make Up(1981年)
  • Tutu(1983年)(CD:ALCA-378_1992/0/21|ALCA-9117_1994/12/21)
  • Parallelisme(1984年)(CD:ALCA-379_1992/0/21|ALCA-9118_1994/12/21)
  • Boy Soprano(1985年11月21日)(CD:30CH-160_1985/12/16|TECN-18044_1990/12/21|TECN-18753_2001/11/21|TECI-1477_2015/12/16)
  • echo de MIHARU(1987年)(CD:32SD-9_1989/03/25|SXCR-303_1993/02/24)
  • Passepied(1989年10月25日)※以降、コシミハル名義
  • 心臓の上(1990年)
  • 父とピストル(1991年1月25日)
  • La voix de Paris(1992年)
  • 希望の泉(1992年10月1日)
  • Chanson Solairer(1995年10月25日)
  • REDEO de PARIS(1997年10月21日)
  • オートポルトレ・コシミハル・アンソロジー(1998年)ベストアルバム
  • ペリカン通り殺人事件(2000年2月23日)
  • Frou-frou(2001年4月21日)
  • CORSET(2003年3月5日)
  • ゴールデン☆ベスト 越美晴 RCA Years(2006年7月26日)ベストアルバム
  • 覗き窓 (2008年8月6日)
  • Epoque de Techno(2009年11月18日)「Tutu」と「Parallelisme」をリマスター
  • Madame Crooner(2013年5月22日)

参加作品[編集]

9. 〜d. 自白剤
2. 燃える秋
10. あなたのいない世界で

ラジオ[編集]

映画[編集]

CM[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d 週刊テレビ番組(東京ポスト)1979年4月13日号 p.26「プロフィール」
  2. ^ 石川セリのアルバム「MI・YO・TA」- 川口義晴による解説より
  3. ^ 映画『サザン・ウィンズ』『アジア三面鏡2016:リフレクションズ』が「日本映画大学シネマ列伝」で上映

外部リンク[編集]