クリエイション (バンド)

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クリエイション
別名 ブルース・クリエイション、クリエーション
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ブルースロックロックハードロックフュージョン
活動期間 1969年 - 1984年2005年-
レーベル 東芝EMIアイビーレコード
メンバー 竹田和夫ボーカルギター
樋口晶之ドラムス
ヒロ小川ベース
ミック三国キーボード
旧メンバー 本文参照

クリエイション(CREATION)は、日本ロックバンドクリエーションと表記していた時期もある。竹田和夫を中心に結成され、1970年代なかばから1980代初頭にかけて、日本のロックを代表するバンドのひとつとして活躍した。

来歴[編集]

GS時代からブルース・クリエイション[編集]

1968年、竹田和夫(ギター)、洪栄龍(ギター)、布谷文夫(ボーカル)らは、ザ・ジャガーズの弟分バンド、ザ・ビッキーズとして渋谷のディスコ専属で活動を始め、東京12チャンネルの番組「R&B天国」で5週勝ち抜き優勝する。1969年、竹田、布谷らでブルース・クリエイションを結成。その後、野地義行(ベース)、田代信一(ドラムス)の4人編成となり、同年10月、ポリドールより『ブルース・クリエイション』をリリースする。1971年、大沢博美(ボーカル)、樋口晶之(ドラムス)にメンバーチェンジし、『悪魔と11人の子供達』をリリースする。また、同年8月、カルメン・マキをボーカルに迎えて「第3回全日本フォークジャンボリー」に出演したのち、日本コロムビアより『カルメン・マキ&ブルース・クリエイション』をリリースする。1972年、ブルース・クリエイションは解散し、竹田和夫は松本繁(ベース)、内藤正美(ドラムス)らとブラッディ・サーカスを結成するが短命に終わる。

クリエイション[編集]

1972年、竹田、松本、樋口、大沢でクリエイションを結成。1972年、飯島義昭(ギター)が加入後大沢が脱退。ツイン・リード体制となり、1975年、東芝EMIより、内田裕也のプロデュースで、ハードロック的なアプローチ[1]を試みたファーストアルバム『クリエイション』をリリースする。当時の国内盤LPとしては珍しくビニールシュリンクされていた。同年、ワールド・ロック・フェスティバルで共演した元マウンテンフェリックス・パパラルディにコンタクトを取り渡米しパパラルディのプロデュースでレコーディング[2]。1976年、セカンドアルバム『クリエイション・ウイズ・フェリックス・パパラルディ』をリリースする。このアルバムはアメリカでは『FELIX PAPPALARDI & CREATION』としてリリースされ、同年7月より、パパラルディを加えたメンバーで、キッスジョニー・ウィンターなどと共に全米ツアーを行った。また、日本人単独アーティストとしては初の武道館公演を行った。1977年、サードアルバム『ピュア。エレクトリック。ソウル』をリリース。このアルバムからは、「スピニング・トー・ホールド」が、アメリカのプロレス兄弟チーム、ザ・ファンクスの入場テーマ曲に使用され有名になった。その後、松本が脱退し山内テツ(ベース)が参加し、フリートウッド・マックサンタナらとオーストラリアツアーを行った。

クリエイションからクリエーションへ 解散と再結成[編集]

1979年、竹田和夫はこれまでのメンバーを刷新し、元ザ・カーナビーツで1977年には竹田和夫オールスターズにも参加したアイ高野をボーカルに迎え、フュージョン路線もまじえた『朝日の国』をリリース。1981年にバンド名を「クリエーション」とし、『ロンリー・ハート (Lonely Hearts)』をリリース。表題曲「ロンリー・ハート」がドラマ『プロハンター』の主題歌に使われスマッシュ・ヒットとなった。こののち、竹田和夫&クリエイション名義で1983年に『ソング・フォー・ア・フレンド』、1984年に『レイニー・ナイト・ドリーマー』をリリース。その後、竹田和夫はソロ活動に移りクリエイションは解散する。2005年より竹田和夫はソロ活動と平行し再びクリエイションとしての活動を開始し[3]、2014年、アイビーレコードより、過去ナンバーの新録音を中心とした『リザレクション』をリリースしリユニオンコンサートを行う。2016年現在、クリエイション名義でのライヴを年に2回のペースで行っている[3]

メンバー[編集]

ボーカル ギター ベース ドラムス キーボード サックス
1969
(ブルース・クリエイション)
布谷文夫
大沢博美
竹田和夫
野地義行
篠崎淳 田代信一 志村守
1969-1970 布谷文夫 竹田和夫 野地義行
1970 竹田和夫
1970 上村律夫
1970 山崎隆史
1970 大沢博美
1970 佐伯正志
1971 竹田和夫
大沢博美
樋口晶之
1971–1972
(ブラッディ・サーカス)
竹田和夫 松本繁 内藤正美
1972–1973
(クリエイション)
竹田和夫
大沢博美
樋口晶之
1973–1976 竹田和夫 竹田和夫
飯島義昭
佐伯正志
1976–1977 竹田和夫
フェリックス・パパラルディ
松本繁
フェリックス・パパラルディ
1977–1978 竹田和夫 山内テツ
1978–1981 奥本亮
1981–1982 竹田和夫
アイ高野
竹田和夫 ヒロ小川 高木貴司
裵天外
安藤ジュン
1982–1983 竹田和夫
佐野行直
高木貴司
アイ高野
ミック三国
1983–1984 樋口晶之
アイ高野
信田和雄 皆川トオル
1984-2005 解散中
2005–2008 竹田和夫 竹田和夫
ブルー・バロン
栃原優二 樋口晶之 ミック三国
2008-現在 竹田和夫 ヒロ小川

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

  • 『クリエイション』(1975)
  • 『クリエイション・ウイズ・フェリックス・パパラルディ』(1976)
  • 『ピュア・エレクトリック・ソウル』(1977)
  • 『スーパー・ロック』(1978)
  • 『スタジオ・ライブ!』(1979)
  • 『朝日の国』(1979)
  • 『ロンリー・ハート』(1981)
  • 『ジャスト・アライヴ』(1982)
  • 『ソング・フォー・ア・フレンド』(1983)(竹田和夫&クリエイション名義)
  • 『レイニー・ナイト・ドリーマー』(1984)(竹田和夫&クリエイション名義)
  • 『CREATION with FELIX PAPPALARDI Live at BUDOKAN 1976』(2007)
  • 『リザレクション』(2014)

シングル[編集]

(出典:EP EWS-17116 1981.04.21 東芝EMI
(出典:EP WTP-17207 1981. 東芝EMI

脚注[編集]

  1. ^ 『クリエイション』(ETP-72072)ライナーノーツ
  2. ^ JAPROCKSAMPLER.COM,Julian Cope [1]
  3. ^ a b 竹田和夫 CREATION WEB クリエイション ヒストリー[2]

外部リンク[編集]