イリーナ・ロドニナ

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Pix.gif イリーナ・ロドニナ
Irina RODNINA
Figure skating pictogram.svg
Irina Rodnina and Alexei Ulanov in 1970.jpg
1970年のロドニナと当時のパートナー、アレクセイ・ウラノフ
基本情報
代表国: ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
生年月日: 1949年9月12日(66歳)
元パートナー: アレクセイ・ウラノフ
アレクサンドル・ザイツェフ
元コーチ: タチアナ・タラソワ
引退: 1980年
 
獲得メダル
フィギュアスケート
オリンピック
Olympic rings with transparent rims.svg
1972 札幌 ペア
1976 インスブルック ペア
1980 レークプラシッド ペア
世界選手権
1969 コロラドスプリングス ペア
1970 リュブリャナ ペア
1971 リヨン ペア
1972 カルガリー ペア
1973 ブラチスラヴァ ペア
1974 ミュンヘン ペア
1975 コロラドスプリングス ペア
1976 イエテボリ ペア
1977 東京 ペア
1978 オタワ ペア
欧州選手権
1969 ガルミッシュ
パルテンキルヒェン
ペア
1970 レニングラード ペア
1971 チューリッヒ ペア
1972 イエテボリ ペア
1973 ケルン ペア
1974 ザグレブ ペア
1975 コペンハーゲン ペア
1976 ジュネーヴ ペア
1977 ヘルシンキ ペア
1978 ストラスブール ペア
1980 イエテボリ ペア

イリーナ・コンスタンチーノヴナ・ロドニナロシア語: Ирина Константиновна Роднинаラテン翻字Irina Konstantinovna Rodnina1949年9月12日 - )は、旧ソビエト連邦出身の女性フィギュアスケート選手(ペアスケーティング)。 1972年札幌オリンピック1976年インスブルックオリンピック1980年レークプラシッドオリンピックペア金メダリスト。 1969-1978年世界フィギュアスケート選手権ペアチャンピオンで、オリンピック3連覇と欧州選手権10連覇(11回優勝)及び 世界選手権10連覇を誇る史上最強の「ペアの女王」。 パートナーは夫でもあるアレクサンドル・ザイツェフ(1972年以降)とアレクセイ・ウラノフ(1964年から1972年まで)。統一ロシア党の下院議員。

人物[編集]

ロシア語読みでは「イリーナ・カンスタンチーナヴナ・ラドニーナ」が近い。

1975年4月、アレクサンドル・ザイツェフと結婚。 出産のために競技を1年間休み、1979年2月に長男を出産した。翌シーズンから競技に復帰した。

コーチ業の後、下院議員に転向した[1]

経歴[編集]

2010年

1964年からアレクセイ・ウラノフとペアを組む。 1969-1972年世界フィギュアスケート選手権優勝。 1972年札幌オリンピックで金メダルを獲得。

1971-1972年シーズン後、アレクセイ・ウラノフとのペアを解消。当時19歳のアレクサンドル・ザイツェフと組む。 1973-1978年世界フィギュアスケート選手権優勝。 1976年インスブルックオリンピックで2大会連続となる金メダルを獲得。

1980年レークプラシッドオリンピックでペア史上初の3大会連続となる金メダルを獲得。冬季オリンピックにおける3連覇は、フィギュアスケート男子シングルのギリス・グラフストローム、同女子シングルのソニア・ヘニー、ノルディック複合個人のウルリッヒ・ベーリンク、スピードスケート女子500メートルのボニー・ブレア、同女子5000メートルのクラウディア・ペヒシュタイン、リュージュ男子1人乗りのゲオルク・ハックル、そしてのイリーナ・ロドニナの7人だけである。

1979-1980年シーズン終了後現役引退。

引退後はコーチとしても活躍し、1995年世界フィギュアスケート選手権ペアチャンピオンのラトカ・コヴァジーコヴァー&レネ・ノヴォトニーらを育てた。 1989年世界フィギュアスケート殿堂入り。 2014年ソチオリンピック聖火リレーにおける最終聖火ランナーをつとめた。

主な戦績[編集]

大会/年 68-69 69-70 70-71 71-72 72-73 73-74 74-75 75-76 76-77 77-78 78-79 79-80
オリンピック 1 1 1
世界選手権 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
欧州選手権 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1

脚注[編集]

外部リンク[編集]