アレクサンドル・ミハイリン

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アレクサンドル・ミハイリン
Михайлин Александр Вячеславович.jpg
基本情報
ラテン文字 Alexander Mikhailin
原語表記 Александр Вячеславович Михайлин
ロシアの旗 ロシア
出生地 モスクワ
生年月日 (1979-08-18) 1979年8月18日(38歳)
身長 195cm
選手情報
階級 男子100kg超級
 
獲得メダル
ロシアの旗 ロシア
男子 柔道
オリンピック
2012 ロンドン 100kg超級
世界柔道選手権
2001 ミュンヘン 100kg超級
2001 ミュンヘン 無差別
2005 カイロ 100kg超級
2008 ルヴァロワ=ペレ 100kg超級
2011 パリ 100kg超級
1999 バーミンガム 100kg級
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アレクサンドル・ミハイリンロシア語: Александр Вячеславович Михайлин1979年8月18日 - ) は、ロシアモスクワ出身の柔道選手。階級は100kg超級。身長195cm。体重120kg[1][2][3][4]

人物[編集]

1998年の世界ジュニア100kg超級ではオール一本勝ちで優勝するなどジュニアの頃から大活躍していた[4]。1999年の世界選手権では100kg級で3位に入るも、シドニーオリンピックには出場しなかった[4]。その後、2001年には世界選手権で100kg超級と無差別の2階級制覇を果たしたが、ミハイリンと同じロシア国内にタメルラン・トメノフがいたためアテネオリンピックには出場できなかった[4]。翌年再び世界選手権100kg超級を制するも、2008年の北京オリンピックにはトメノフが出場したため三度出場はならなかった[4]。これだけの実績を有している選手にもかかわらず、オリンピックに出場できないケースとしては、ミハイリンの他に藤猪省太やライバルとして長年競ってきた棟田康幸のケースがある。なお、いくつかの国から国籍変更を打診されたこともあったが、ロシア代表に執着していたために断ったという[5]。その後、2008年の世界選手権無差別では2位、2011年の世界選手権100kg超級及び、地元ロシアのチェリャビンスクで開催された世界選手権無差別では3位となった[3]。翌年の2012年にヨーロッパ選手権で優勝するとロンドンオリンピック代表に選ばれ、ようやくオリンピックの舞台に登場することとなった。7月のロンドンオリンピックでは決勝でフランスのテディ・リネールと対戦し指導3で敗れはしたものの、銀メダルを獲得した[1]。2014年5月には現役引退を表明した[5]。2016年には37歳にして現役に復帰すると、ロシア選手権で優勝を飾ったが、グランドスラム・東京では初戦で敗れた[6]

主な戦績[編集]

(階級表記のない大会は全て100kg超級での成績)

100kg級での戦績

100kg超級での戦績

(出典[3][4]JudoInside.com)。

脚注[編集]

外部リンク[編集]