荒巻セントラルプラザ
荒巻セントラルプラザ ARAMAKI CENTRAL PLAZA | |
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荒巻セントラルプラザの入口付近。 写真後方のマンションはハイネス荒巻。2010年撮影 | |
店舗概要 | |
所在地 |
〒980-0966 宮城県仙台市青葉区荒巻本沢3丁目7-1 |
座標 | 北緯38度17分27.8秒 東経140度51分22.8秒 / 北緯38.291056度 東経140.856333度座標: 北緯38度17分27.8秒 東経140度51分22.8秒 / 北緯38.291056度 東経140.856333度 |
開業日 | 1977年(昭和52年)12月1日[1] |
施設所有者 | 株式会社荒巻セントラルプラザ |
施設管理者 | 株式会社荒巻セントラルプラザ |
商業施設面積 | 6,423 m²[1] |
駐車台数 | 250台 |
最寄駅 | 仙山線・北山駅 |
最寄IC | 東北自動車道・仙台宮城IC |
外部リンク | 公式サイト [リンク切れ] |
画像外部リンク | |
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荒巻セントラルプラザの写真 (smt「せんだい時遊map」) | |
1985年(昭和60年)11月、仙台荒巻郵便局付近の上空から北西(泉ヶ岳)方向を空撮 ハイネス荒巻および荒巻セントラルプラザは写真中央下。現・ヨークベニマル新荒巻店の敷地一部に荒巻セントラルプラザの第二駐車場が、現・ライオンズ山手町の敷地にAコープ宮城の店舗が見える。荒巻セントラルプラザの商圏は、写真に写っている新興住宅地の範囲よりも広かった。 |
荒巻セントラルプラザ(あらまきセントラルプラザ)は、宮城県仙台市青葉区荒巻本沢にかつて存在したショッピングセンター。地元住民からは「センプラ」と呼ばれていた。賃貸マンションの「ハイネス荒巻」[† 1]を併設していた。
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で被災したため閉鎖された。
概要
核店舗として1階に宮城県初出店のヨークベニマル荒巻店(食料品のみの扱い)、2階にエンドーチェーン荒巻店が衣料品・雑貨のみの扱いで入居し、地下1階から2階まで専門店が多数入る構成で1977年(昭和52年)12月に開業し、現在主流の2核1モール型店舗の先駆けとなった。場所は梅田川中流左岸(北岸)にある滝道山の東麓で、市道荒巻泉線[† 2]沿いである(北緯38度17分27.8秒 東経140度51分22.8秒 / 北緯38.291056度 東経140.856333度)。
当時の七北田丘陵では、仙台市北西部(現:青葉区)および隣接する宮城町(現:青葉区)と泉市(現:泉区)において中山、吉成、西勝山、桜ヶ丘、川平、水の森、長命ヶ丘など、富谷丘陵西部では泉パークタウン高森などの郊外住宅地が大量供給され、同時に一般市民のモータリゼーションも進展していた。当プラザは、これらの新興住宅地などから仙台市都心部、あるいは明治時代から開発されてきた梅田川右岸(南岸)の北山丘陵の住宅地から北仙台に向かう自動車動線が集中する荒巻中央の交差点(北緯38度17分24.2秒 東経140度51分27.3秒 / 北緯38.290056度 東経140.857583度)に隣接し、大規模な屋上駐車場を備えたロードサイド店舗型総合スーパー(GMS)として開業当初から広域な商圏を形成した。当時社会現象となった「スペースインベーダー」から児童向け遊具まで各種遊戯設備の充実に加え、「ファミコン」などの人気商品も仙台市中心部まで赴かずに当プラザ内で購入が可能だった為、常に大勢の来店客で賑わい、屋上駐車場のみでは収容し切れず数十台を収容出来る第二駐車場(北緯38度17分21.7秒 東経140度51分21.2秒 / 北緯38.289361度 東経140.855889度)も設置した。それでも来店客の車が溢れ、当プラザ周辺の細道には路上駐車が横行した。また、駐車待ちの車列が市道荒巻泉線[† 2]におよび、変則五叉路の荒巻中央の交差点まで深刻な渋滞箇所となった。
梅田川をはさんで本沢2丁目にAコープ宮城[† 3]が平面駐車場を備えた店舗(Aコープ荒巻店)を開店したが、当プラザの集客力には勝てずに閉店。しかし、1987年(昭和62年)に、宮城県道264号大衡仙台線沿いにみやぎ生協桜ヶ丘店が開業し、1988年(昭和63年)11月に供用開始された宮城県道37号仙台北環状線沿いなどに当プラザを凌ぐ大規模GMSなどが次々と開業すると、入店するのに渋滞を覚悟しなくてはならない当プラザは敬遠されて、徐々に近隣型スーパー(NSC)に近い状態になっていった。
2010年(平成22年)9月、当プラザ背後を通過する県道大衡仙台線の本沢工区が開通し、当プラザ前の市道荒巻泉線[† 2]のバイパスの位置付けとなったため、当プラザは旧道あるいは裏道に面する商業施設となった。また、核店舗の「ヨークベニマル荒巻店」(店舗面積:約300坪[2])が同年10月10日を以って閉店し、「ヨークベニマル新荒巻店」(店舗面積:600坪強[2])として駐車場132台を備えて県道大衡仙台線の本沢工区沿いに同年10月15日移転・開業した[3][4]。
なお、当プラザのビルとマンション「ハイネス荒巻」[† 1](北緯38度17分25.6秒 東経140度51分23.5秒 / 北緯38.290444度 東経140.856528度)は、所有者が2009年(平成21年)に失踪し、裁判所の管理下になっていた[5]。2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で建物に被害が出たが、仙台市による応急危険度判定の対象にならず、裁判所が独自委託する形で調査が行われた[5]。結果、倒壊はしないものの使用には適さない状態と判断され、当プラザは全館閉鎖し、ハイネス荒巻では7月末までに全世帯の退去が完了した[5][6]。居住者は応急仮設住宅の入居資格を得ている。
その後、建物の所有者はランドクリエイト株式会社(広島市)の東京支店に移り、建物を解体する考えが町内会に示され、2012年(平成24年)末から解体工事が始まり、アスベスト除去等のため約3ヶ月遅れの2014年(平成26年)1月末に終了する予定で進められた[7][8]。 そして跡地には、2019年4月27日[† 4]にパチンコベガスワンダープラザ店(株式会社ダイハチ)がオープン。
関連年表
- 1931年(昭和6年)4月1日、仙台市が宮城郡七北田村荒巻および北根を編入合併
- 1964年(昭和39年)、双葉綜合開発(2000年に石原建設と合併し環境建設となるが2004年に経営破たん)が中山ニュータウンの造成開始(1979年(昭和54年)まで)[9][10]。
- 1965年(昭和40年)、桜ヶ丘団地の造成開始。
- 1969年(昭和44年)、三菱地所が泉パークタウンの造成開始。
- 1973年(昭和48年)、伊勢産業が伊勢吉成団地の造成開始。
- 1974年(昭和49年)、桜ヶ丘団地・荒巻公苑団地・春日団地などに住居表示が実施され、桜ヶ丘(1〜9丁目)との地名が生まれた[11]
- 1975年(昭和50年)、荒巻字川平に荒巻土地区画整理事業施行(1981年(昭和56年)まで。面積66.0ha、総事業費75億円)[12]。
- 1977年(昭和52年)
- 1978年(昭和53年)、住居表示が実施され、荒巻中央、水の森などの地名が生まれた[14]。
- 1978年(昭和53年)12月、「ハイネス荒巻」[† 1]竣工
- 1980年(昭和55年)
- 1981年(昭和56年)、住居表示が実施され、中山吉成(1〜3丁目)との地名が生まれた[17]。
- 1987年(昭和62年)、みやぎ生協桜ヶ丘店開業。
- 1995年(平成7年)4月1日、当プラザ入口前を通る市道荒巻泉線[† 2]が宮城県道264号大衡仙台線に重複指定。
- 1998年(平成10年)5月~1999年(平成11年)6月、改修工事を実施[18]。
- 2010年(平成22年)
- 2011年(平成23年)
2011年3月11日まで入居していた店舗
地下一階
二階南
他にも家具屋や雑貨屋、床屋などが入居していた。
この項目「荒巻セントラルプラザ」は加筆依頼に出されており、内容をより充実させるために次の点に関する加筆が求められています。 加筆の要点 - 店舗の正確な情報 (貼付後はWikipedia:加筆依頼のページに依頼内容を記述してください。記述が無いとタグは除去されます) (2016年8月) |
かつて入居していた店舗・企業等
同じ業種のテナントを表記しているが時期によって入っていたテナントが異なる。
地下一階
一階北
- キャンドゥ(2010年6月まで入居、八幡町に移転)
- 白牡丹(玩具店)
- サニーランド(玩具店)
- ビーヤング(玩具店)
- メルシー(洋品店)
- ユムラシュー
- 金港堂(書店)
- 靴のまんぞくや
- メガネの相沢
- ロッテリア(閉店後はしばらくカレー店が営業していたが撤退)
一階南
- ヨークベニマル荒巻店(1977年12月1日〜2010年10月10日)
- 徳陽シティ銀行荒巻支店(1977年10月27日開設)(経営破綻のため撤退)
- 花のフラワード荒巻セントラルプラザ店(2001年(平成13年)3月〜2009年(平成21年)4月)[19]
駐輪場
- コロちゃんコロッケ(敷地内の駐輪場で営業)
二階
他にも携帯ショップ、ゲームセンター、クリーニング、服屋、リサイクルショップ、雑貨屋などの様々なテナントが入居していたが、 2011年には1階のヨークベニマルが撤退して以降施設全体のサービスセンターが無くなり、続けていくつものテナントが撤退し震災直前の1階はわずか4つのテナントを残すだけとなっており空きスペースが目立っていた。
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アクセス
- 屋上駐車場:250台(10:00から22:00まで無料、ただし時期によっては24時間無料の場合もあった)
- 仙台市営バス「本沢三丁目」バス停下車、徒歩1分
- 仙山線・北山駅より徒歩17分
- 仙山線/地下鉄南北線・北仙台駅より徒歩20分
脚注
注釈
出典
- ^ a b 全国都道府県別SC一覧 宮城県(社団法人日本ショッピングセンター協会)
- ^ a b 大規模小売店舗立地法に基づく新設届 「(仮称)ヨークベニマル荒巻本沢店」概要 (PDF) (仙台市)
- ^ 仙台市公告第70号 (PDF) (仙台市)
- ^ “ヨークベニマル/宮城県仙台市にスクラップ&ビルドで「新荒巻店」開店”. 流通ニュース (ロジスティクス・パートナー). (2010年10月15日). オリジナルの2012年9月8日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b c d “都市型建物被害深刻 849棟「倒壊の恐れ」”. 河北新報. (2011年3月29日). オリジナルの2011年7月23日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b “震災で被害のマンション4階から出火 たばこの吸い殻、脱糞 人が入った形跡 放火?たばこ?”. 産経新聞. (2011年10月7日)
- ^ “廃墟化した巨大マンション、解体へ 仙台のハイネス荒巻とセントラルプラザ(当該地域の町内会長のブログ)”. 河北新報 ONLE COMMUNITY. (2012年5月17日). オリジナルの2014年5月2日時点におけるアーカイブ。
- ^ “巨大マンションの解体、終盤へ 売りに出た跡地、何が建つのか(当該地域の町内会長のブログ)”. 河北新報 ONLE COMMUNITY. (2013年8月15日). オリジナルの2014年5月2日時点におけるアーカイブ。
- ^ ニュースレターSURF No.66 (PDF) (仙台市。仙台都市総合研究機構 2003年11月30日)
- ^ 地域商店街と地域コミュニティの活性化に関する事例研究(その3) (PDF) (仙台市。仙台都市総合研究機構「2002 SURF研究報告」2003年3月)
- ^ 桜ケ丘(昭49) (PDF) (仙台市「仙台市の住居表示実施状況」 2.実施地区名一覧《実施年降順》)
- ^ 土地区画整理事業地区一覧(換地処分順)(仙台市「仙台市の土地区画整理事業」)
- ^ 本沢・中山(昭52) (PDF) (仙台市「仙台市の住居表示実施状況」 2.実施地区名一覧《実施年降順》)
- ^ 北根・荒巻(昭53) (PDF) (仙台市「仙台市の住居表示実施状況」 2.実施地区名一覧《実施年降順》)
- ^ 吉成(昭55) (PDF) (仙台市「仙台市の住居表示実施状況」 2.実施地区名一覧《実施年降順》)
- ^ 川平(昭55) (PDF) (仙台市「仙台市の住居表示実施状況」 2.実施地区名一覧《実施年降順》)
- ^ 中山吉成(昭56) (PDF) (仙台市「仙台市の住居表示実施状況」 2.実施地区名一覧《実施年降順》)
- ^ Design Communicate SHINTO
- ^ 沿革・歴史(花のフラワード)
関連項目
外部リンク
- 仙台あらまき整体ブログ 閉鎖されるまでテナントとして入っていた整体院のブログ。過去の記事で当施設に関する記事が存在する。
- わたしたちの中山 - 近隣にある仙台市立中山小学校の周辺紹介サイト。「中山年代別地図」において1928年から1998年までの施設と周辺の変遷がまとめられている。