肥満

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肥満体のトースカーナの将軍
アレッサンドロ・デルボロ作(17世紀)

肥満(ひまん、: obesity)とは一般的に、正常な状態に比べて体重が多い状況、あるいは体脂肪が過剰に蓄積した状況を言う。体重や体脂肪の増加に伴った症状の有無は問わない。体質性のものと症候性のものに分類できるが、後者を特に肥満症と呼ぶこともある。対義語は、羸痩(るいそう)である。主にヒトを含めた哺乳類で使われることが多い。以下ではヒトにおける肥満について論じる。ヒト以外の肥満については、ペットの肥満英語版などを参照のこと。

肥満の診断

肥満は概念的には明確なアイディアであり、概ね標準体重より 20 % 以上体重が超過した辺りからを肥満と呼ぶ、とは言えるが、肥満であると医学的に診断するには明確な判定基準が必要である。いろいろな説があるが、最も頻繁に用いられる基準を紹介する。

体重による肥満の診断

現在、成人は体重による肥満診断として、BMI が頻繁に用いられている。日本肥満学会基準によると、BMI が、

  • 18.5 未満なら低体重
  • 18.5 以上 25.0 未満なら普通体重
  • 25.0 以上 30.0 未満なら肥満 1 度
  • 30.0 以上 35.0 未満なら肥満 2 度
  • 35.0 以上 40.0 未満なら肥満 3 度
  • 40.0 以上なら肥満 4 度

である。

世界的には一般に、BMI が 25.0 以上を過体重 (overweight) 、30.0 以上を肥満 (obesity) と呼んでいる。乳幼児では BMI はカウプ指数と呼ばれ、18.0 以上が肥満傾向とされる。学童では、ローレル指数 (= 10 × kg/m3) が 160 以上で肥満とされる。これらは身長と体重から単純に計算された値であるから(成人の正常体重では BMI = 22)、大体の目安にはなるが、これだけでは筋肉質なのか脂肪過多なのか、皮下脂肪型肥満なのか内臓型肥満なのか、一切分からないという批判を受ける。BMI は標準体型の人には当てはまるが、骨太の人、足長な人、骨細の人、筋肉の多い人等には間違った判定が出る欠点がある。このため、肥満と診断する際は下のような定義と併用することがある。

体脂肪率による肥満の診断

適正な体脂肪率は、男性では 15 - 19 % 、女性では 20 - 25 % である。これを下回ると低脂肪で、これを上回ると肥満となる。体脂肪率を用いれば、いわゆる隠れ肥満がつかめ、また、筋肉質なのか脂肪過多なのかも分かる。しかし、正確な体脂肪率の測定には困難を伴うため、いまだその値の扱いをめぐって一定の見解をみていないのが現状である。 近年体脂肪率を計れる体重計などが出ているがこれらは非常に誤差が出やすく、誤差が大きいため参考程度にしかならない。体脂肪率を調べるなら CTMRI 等で体脂肪面積を測定し、体脂肪率を推定するのが最も正確と言われる。

内臓脂肪レベルによる肥満の診断

肥満による生活習慣病へのリスクを判断する。日本肥満学会肥満症診断基準検討委員会により、基準が発表された。近年は体脂肪計(体組織計)が普及してきており、これを利用し内臓脂肪レベルを測定出来るものが増えてきた。

その他の肥満

腹部肥満(中心性肥満)

これは腹囲によって診断するが、その診断基準が世界的に混乱しており、2007年6月に、アメリカ糖尿病学会、アメリカ栄養学会、北米肥満学会は、共同声明を発表し、現時点では、腹囲の基準値はすべて、科学的根拠が不十分であり、今後確立される科学的基準値は人種別、性別、年齢別、肥満度別の非常に複雑なものになるであろうと指摘した。後に述べる症候性肥満の中には、中心性肥満などの特異な肥満像を呈するものがある。通常は内科医師などによって発見・診断される。

健康への影響

肥満は生活習慣病[1]をはじめとして、数多くの疾患の危険因子 (risk factor)となる。先進諸国では病気の主要原因が肥満によるものとなっている。脂肪沈着は、一般に、皮下脂肪から内臓脂肪へ、更に、脂肪以外の臓器(異所性脂肪)へと進行し、それに伴って以下の合併症の頻度は大きくなる。

皮下脂肪型肥満からなりやすい病気

分類

単純性肥満

単純性肥満は、エネルギーの摂取過剰や消費不足によってもたらされたものである。いわゆる暴飲暴食等の「食べ過ぎ」や運動不足である。小児では両親の一方、もしくは両方供に肥満であることが多く、身長が暦年齢相当で、精神運動発達は正常、奇形は見られず、食生活と運動習慣の影響と見られる。

病的肥満

病的肥満とは、呼吸や歩行などに困難を来たすほどに高度となった肥満のことであり、しばしば手術の適応となる。

症候性肥満

代謝異常や内分泌疾患の一部でも肥満を来たす。これらを症候性肥満と言う。症候性肥満の例として、以下のようなものがある。

皮下脂肪型肥満

女性になりやすい肥満で臀部や腰周りや二の腕に付く肥満であり生活習慣病にはなりにくいが、乳癌子宮癌関節痛月経異常貧血ホルモン低下によって乳房膨らまなくなる、乳房発育不全や陰毛がわずかにしか生えなくなったり、あるいは生えなくなる無毛症などの性腺発育不全などの生活習慣病と関係ない病気になりやすいと言われている。また、皮下脂肪が付きすぎると胸を圧迫して呼吸器の障害を起こしたり、または、循環器障害や消化器障害や女性器障害などの内臓に影響を及ぼしたりする。

統計

OECD 加盟国のうち、BMI 指数が 30 以上の割合。

肥満は社会問題化している。世界的には、男性の 24 % と女性の 27 % が肥満である[2]。一般的に、アジア諸国に比べると欧米諸国では肥満の人々の割合が高い[3]日本では、肥満 (BMI 30 以上) の頻度は 3 % であるが[4]、アメリカでは、30 % 以上で、流行病となっており、単純性肥満は肥満の約 90 % を占める。日本では成人だけではなく小児の肥満も最近増加しており、10 - 12 歳では、男子の 10 % 、女子の 8 - 9 % が肥満であり、その 9 割以上が単純性肥満である。

原因

食習慣

2003年の世界保健機関 (WHO) の報告書では、肥満を増加させる要因として、高カロリー食品、動物性脂肪などに多い飽和脂肪酸ファーストフード、砂糖の添加されたジュースの過剰摂取が挙げられ、反対に肥満を低下させる要因に食物繊維の多い食事や野菜や果物がある[5]。2011年の世界保健機関の報告では脂肪からのエネルギー摂取量や砂糖の摂取量を制限することや、野菜と果物だけでなく、全粒穀物や豆類、ナッツの摂取量を増やすことが推奨される[6]。高脂肪、高カロリーの食餌を摂取すると脳内に快楽物質であるドーパミンが放出されることが動物実験で確認されている[7]。他には、肥満になる親と同じ食事と同じ生活習慣をさせられた子は、親と同じく肥満になる事が多い。逆に、親の肥満を見て健康体へ強い意志を持ち正常体型を維持している子もいる。

インスリン暴走説

通常、食事で炭水化物を摂取し血糖値が上がると、膵臓からインスリンが出されて、血糖グリコーゲンに変換し筋肉などに蓄える[8]。そして、運動するときのエネルギーとしてグリコーゲンを使う。さらに、筋肉に蓄える分が一杯になると、今度は中性脂肪として脂肪細胞に蓄える[8]。そして、血糖値が下がる。 しかし、このメカニズムはインスリン抵抗性が高まっていると正常に働かなくなる。肥満になるほどインスリン抵抗性が高まり、インスリンが多く作られ高インスリン血症となる。このため脂肪として蓄えられやすく悪循環になってしまう[9]。また、血糖値が下がり低血糖症になるため、体はエネルギーが足りないと感じ、食欲が出てくる。この状態を「炭水化物中毒」と呼んでいる。インスリンのメカニズムが暴走し、甘いものが見境いなく欲しくなる状態である[10]。また低血糖症の時には気分が優れない。 インスリンをつくりすぎて膵臓が疲れると、インスリンを作れなくなり血糖値を下げることができない糖尿病になる[11]。最終的にインスリンの注射が必要になる。

遺伝説

原因としては「過食よりも遺伝子が重要な役割を果たしている」という認識が、一部の研究者の間で唱えられている[12]。「体は一定の体重を保とうとする機能」がある。そして、ある人にとって望ましい体重は遺伝子によって決定づけられる。したがって、その人が太っていてもそれは「本人にとっては正常な状態となっている」という[12]。また、遺伝的要因については、20世紀終わりにレプチンというホルモンがエネルギーの消費増加と食物摂取量低下をもたらすという説が発表された。その後、肥満に関係した多くのホルモン様物質が発見されており、脂肪組織は、単なるエネルギー貯蔵庫ではなく、内分泌器官と考えられるようになってきており、それらホルモン様物質の多くは炎症に関係している。

睡眠不足の影響

  • 他には、睡眠時間の短さと肥満との相関関係を指摘する意見もある(日本大学兼板佳孝[13]
  • シカゴ大学内分泌学部門のイヴ・ヴァン・コーター博士によると、睡眠不足が肥満に結びつくメカニズムは以下の通り。

睡眠不足は飢餓信号を送るホルモン、グレリンの分泌を増加させる。食欲を抑制するレプチンを減少させる。また、ストレス・ホルモンであるコルチゾール(脂質合成を 促進、つまり、体に太れと発破をかける)の分泌も増やす。睡眠科学の分野の研究者らは、この発見を踏まえて、小児を対象にした分析を立て続けに行なった。 世界中の学者に共通するのは、「睡眠時間の短い子どもはよく寝ている子どもより太っている」ということだ。[14]

治療

  • 食餌療法
  • 運動療法
  • 外科的治療法[15]
    • 胃縮小手術
    • バイパス手術 (Roux-en-Y gastric bypass; RYGB)
    • バンディング手術 (adjustable gastric banding;AGB, 胃袋の上部をバンドで縛る)
    • バルーン手術(胃の中に小さなバルーンを入れる)
    • 袖状胃切除手術(sleeve gastrectomy;SG, 胃袋を切除し袖状の形状にする)
    • biliopancreatic diversion with duodenal switch; BPD-DS (胆汁膵液と食物の通るルートを別にする)
  • 内科的治療法

世界保健機関による肥満対策

世界保健機関 (WHO) は、肥満問題に対する戦略として以下を挙げている[17]

  • 砂糖、脂肪、動物性脂肪に多い飽和脂肪酸の摂取制限
  • 食品の広告を制限する
  • 税制を活用する
  • 子供へのジャンクフードなどの販売を制限する
  • 症候性肥満では原疾患の改善に努める。

なお、肥満の解消手段については、痩身も参照するとよい。

家計への影響

肥満は、食費だけではなく医療費が増加するため家計に影響を与える。肥満度が上がると医療費も増えるため、肥満は家計の負担となる[18]。また、あらゆる病気の原因となり、治療費や健康対策費が余計にかかり、国家経済への影響も多大であり、肥満人口減少プログラムが組まれている所もある。2009年4月よりアメリカ系航空会社を使った場合、満席時に 2 席分の料金を請求される可能性がある。

肥満の国際的状況

アメリカでは、BMI 30 以上の人を肥満と呼んでいる。2002年のデータによると、BMI 25 以上の人は、65.7 % であり、BMI 30 以上の子供は、16 % 以上である。アメリカでは、肥満人口の増加が健康上の問題となっている。アメリカでは、ジャンクフードの販売は子どもの健康や食の嗜好を守るために、自主規制する方向に向かっている。しかしながら、栄養学の知識が欠如している低所得者層は、安価で手軽なジャンクフードやインスタント食品を、口当たりの良さと、満腹感を簡単に得られることから好んで食べており、肥満人口が増加している。更に、公的な医療保険制度が整っていないアメリカでは、経済上の理由による医療保険未加入者が約 4700 万人いると言われており、そういった低所得者層ほどジャンクフードの食べすぎで健康を害し、肥満だけでなく、心臓病などの重大な疾患を招き寄せる傾向があり、社会問題化している。

アメリカ医学研究所 (IOM) は、子どもをターゲットとした高カロリー栄養価に乏しい食品のコマーシャルが、肥満と関連しているとし、自主規制ないし政府の介入を求めた[19]シカゴ大学は、18歳未満をターゲットにしたコマーシャルの 90 % 以上が栄養価に乏しい食品であり食の嗜好に影響を与えると報告した[20]。肥満対策のため、公立学校で糖分の多い飲料や脂肪を除去していない牛乳は販売されないように合意された[21]マクドナルドペプシコなど 11 の大きな業者が、12 歳以下の子どもにはジャンクフードの広告をやめることで合意した[22]。 このような害悪により、肥満は現代において早急に撲滅しなければならない重大な社会問題と見なされている。

東西冷戦が終結したことで、マクドナルドなどのアメリカのファーストフード店が旧東側諸国にも進出、2010年現在、肥満児が急増している。ルーマニアの研究機関によると、現在、ルーマニア国民の 4 人に 1 人が肥満。特に子どもで急増し、冷戦時代の2倍以上の8%に上る。肥満の一歩手前の「太り気味」も含めると、5 人に 1 人が生活習慣病のリスクを抱えている。また、所得の低い家庭ほどファーストフードに頼る傾向があるとされる。ルーマニアでは2010年1月に「ジャンクフード税」の導入を発表した。ブルガリアでは、政府の方針で全国の学校の食堂や売店からスナック菓子清涼飲料水を撤去した[23]

クウェートでもアメリカのファーストフード店が大人気で、2010年現在にいたっては国民の 74 % が太りすぎと言う極めて深刻な状態となっている。国民の 14 % は糖尿病を患っておりその数は増加傾向にある。8 歳の子供が糖尿病にかかるケースも発生している。政府などは健康的な食品の販売や、運動の奨励などを行い、対策に乗り出している[24]

また、経済成長が著しい中国においても、ケンタッキーフライドチキンピザハットなどのファーストフード店が、2010年現在急ピッチで同国内に店舗を開店している(ほぼ 1 日に 1 店のペースで開店)。これは、アメリカのファーストフード業界にとって、中国市場が極めて魅力的であることを意味している。近い将来、中国は「ファストフード大国」となるとされる[25]。しかしながら、ファーストフードが中国に根付くことは、当然食べる側に肥満や生活習慣病のリスクが伴うことになる。

脚注

  1. ^ 生活習慣に着目した疾病対策の基本的方向性について(意見具申)」では肥満自体を生活習慣病の一つに含めている。
  2. ^ 5 大陸 63 ヵ国が参加した「国際腹部肥満測定デー (IDEAO)」のデータ解析の結果
  3. ^ INSERM Beverley Balkau
  4. ^ WHO monitoring of trends and determinants in cardiovasculsr diseases「日本人の BMI に関する研究」班の報告
  5. ^ Report of a Joint WHO/FAO Expert Consultation Nutrition and the Prevention of Chronic Diseases pp147-149. 2003
  6. ^ Obesity and overweight Fact sheet N°311, World Health Organization, Updated March 2011.
  7. ^ http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2714323/5550982
  8. ^ a b ロバート・アトキンス 『アトキンス式低炭水化物ダイエット』 2005年6月。ISBN 978-4309280141。60頁。
  9. ^ ロバート・アトキンス 『アトキンス式低炭水化物ダイエット』 2005年6月。ISBN 978-4309280141。61-62頁。
  10. ^ ロバート・アトキンス 『アトキンス式低炭水化物ダイエット』 2005年6月。ISBN 978-4309280141。51-53頁。
  11. ^ ロバート・アトキンス 『アトキンス式低炭水化物ダイエット』 2005年6月。ISBN 978-4309280141。62頁。
  12. ^ a b 「“夢のやせ薬”、開発競争の裏側 20社余りの製薬会社が、肥満治療薬の市場に参入」『日経ビジネスオンライン』日経BP社、2008年3月17日付配信
  13. ^ 『“睡眠不足は肥満のもと”5時間未満だと1・4倍に』2008年3月12日付配信 読売新聞
  14. ^ 『間違いだらけの子育て 子育ての常識を変える10の最新ルール』第2章 「睡眠時間を削ってはいけない」ポー・ブロンソン、アリュリー・メリーマン著 小松淳子訳 インターシフト
  15. ^ 森俊幸 日本医師会雑誌 139(6); 1278-9, 2010
  16. ^ Lancet. 2009 Nov 7;374(9701):1606-16.
  17. ^ 村上直久『世界は食の安全を守れるか―食品パニックと危機管理』(平凡社新書)151頁。ISBN 978-4582852370
  18. ^ 『肥満、家計にも「重く」…20キロ超過で医療費2.5倍』2007年8月8日付配信 読売新聞
  19. ^ Food Marketing to Children and Youth: Threat or Opportunity? (Institute of medicine)
  20. ^ 米国の子どもたちの肥満は、「健康に悪い食品のCM」にさらされているから? (AFPBB News、2007年09月08日 10:16)
  21. ^ Bottlers Agree to a School Ban on Sweet Drinks (The New York Times, 2006-5-4)
  22. ^ Limiting Ads of Junk Food to Children (New York Times, July 18, 2007)
  23. ^ “東欧で肥満児急増 体操教室流行・ジャンクフード税導入”. 朝日新聞. (2010年3月16日). http://www.asahi.com/international/update/0316/TKY201003150469.html 2010年3月16日閲覧。 
  24. ^ “世界有数の肥満国クウェート、ファーストフード人気も一因に”. CNN.co.jp. (2010年5月7日). http://www.cnn.co.jp/fringe/AIC201005070014.html 2010年5月7日閲覧。 
  25. ^ “中国がファストフード大国に KFC など急ピッチで開店”. CNN.co.jp. (2010年7月14日). http://www.cnn.co.jp/business/AIC201007140006.html 2010年7月17日閲覧。 

関連項目

外部リンク

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