全豪オープン

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全豪オープンテニス
公式サイト
開催国 オーストラリアの旗 オーストラリア
メルボルン
開催会場 メルボルン・パーク
サーフェス(1905–87)
リバウンド・エース(1988–2007)
プレクシクッション (2008–present)
男子ドロー 128S / 128Q / 64D
女子ドロー 128S / 96Q / 64D
賞金総額 A$44,000,000 (2016)[1]
グランドスラム大会
メルボルン・パークの1番コート(開閉式屋根設置前)。「マーガレット・コート・アリーナ」の名前がある

全豪オープンテニス(英語:Australian Open)は、毎年1月後半にオーストラリアメルボルンで開催される4大国際大会の一つである。主催および運営はテニス・オーストラリアが行う。

概要

会場のメルボルン・パークには開閉式の屋根付き競技場であるロッド・レーバー・アリーナを中心に、マーガレット・コート・アリーナを含む26面ものコートが整備されている。2000年にはサブアリーナとしてボーダフォン・アリーナ(現在のハイセンス・アリーナ)が建設され、2015年にはマーガレット・コート・アリーナに開閉式屋根を設置する改修工事が完了し、3つの開閉式の屋根付きスタジアムを設けることになった。会場に開閉式の屋根を設置した大会は全豪オープンが最初である。

本大会は熱中症対策として「エクストリーム・ヒート・ポリシー」(英語:EHP, Extreme Heat Policy)と呼ばれる独自ルールが導入されており、外気温が35度を上回るか、湿球黒球温度が28度を上回った際に、主審が試合開始時間を遅らす事が出来る。条件を満たした場合、3つの開閉式屋根付スタジアムに関しては屋根を閉めて試合が行われる。

男子シングルス部門の優勝者にはノーマン・ブルックス・チャレンジ・カップが、女子シングルス部門の優勝者にはダフネ・アクハースト・メモリアル・カップが、其々の表彰式の際にオーストラリア名物であるコアラのぬいぐるみと共に贈られる。2007年まではカンガルーのぬいぐるみが贈られており、これらは本大会ならではの光景となっている。

全豪オープンは、開催時期の変更も多い大会である。クーヨン・テニスクラブで開かれた時代、1976年までは現在のような1月開催であったが、1977年には、1月と12月、2回開催された。その後、1978年から1985年までは、12月の年末に開催されていた。そして、1987年から、1976年までのような1月開催に戻り、1988年には会場がメルボルン・パークに移転して、現在に至っている。会場移転の決定による開催時期の変更により(1985年12月 → 1987年1月)、「1986年全豪オープン」は開催されなかった。

「シーズン開幕直後・真冬の北半球とは逆の真夏の大会・北半球の欧米諸国からの長時間&長距離の移動と時差」などの要因で、毎年の大会は上位選手の欠場や序盤での敗退が多い。このように、全豪オープンはクレーコートで開催される全仏オープンと並び番狂わせの起こりやすい大会である。

テレビ放送

オーストラリア国内ではチャンネル7で放映され、男女シングルス決勝は現地時間で夜間に開催される。

日本でのテレビ放映権は衛星波についてはWOWOWが開局直後の1992年より保有している。地上波はテレビ東京による民放中継が2001年まで男女シングルス決勝戦のみ放送があったが、2002年以後は取りやめになった。さらにそれ以前は讀賣テレビ放送を制作局としてNNS系列向けに放映した時代がある。2012年以降は日本放送協会(NHK)が一部試合の放送を行っていたが、2015年に地上波の放映権を獲得。原則としてミッドナイトチャンネル枠での録画中継となるが、錦織圭など日本人注目選手が出場する場合、生中継を実施している[2][3]

歴史

  • 1905年 - オーストラリアとニュージーランドの共同大会である「オーストラレージアン・テニス選手権」(Australasian Tennis Championship)として創設。最初は男子シングルス・男子ダブルスの2部門のみで始まった。第1回の男子シングルスはロドニー・ヒース1884年 - 1936年)が優勝した。
  • 1916年-1918年 - 第一次世界大戦のため、3年間大会開催中止となる。
  • 1922年 - 女子シングルス・女子ダブルス・混合ダブルスの3部門を創設。第1回の女子シングルスはマーガレット・モールズワース1894年 - 1985年)が優勝した。
  • 1927年 - 大会名を「オーストラリア選手権」と改称する。
  • 1940年 - この年は1月に大会が行われたが、第二次世界大戦のため1941年-1945年まで開催中止となる。
  • 1969年 - オープン化され、「全豪オープン」となる。開催都市は持ち回りで行われた。
  • 1972年 - メルボルンで固定開催することになり、クーヨン・テニスクラブがその会場となった。
  • 1988年 - 会場をメルボルン・パーク(旧称フリンダース・パーク)に建設したナショナル・テニスセンターに移す。サーフェスも、グラスコートが廃止され、「リバウンド・エース」と呼ばれるハードコートになった。
  • 2002年 - 車いすテニス部門を創設。詳細は全豪オープン (車いすテニス)を参照。
  • 2008年 - コート面がプレクシクッション(en:Plexicushion)に変更された。

過去10年のシングルス優勝者

男子 女子 備考
2007年 スイスの旗 ロジャー・フェデラー アメリカ合衆国の旗 セリーナ・ウィリアムズ
2008年 セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ ロシアの旗 マリア・シャラポワ ジョコビッチは、セルビア出身者として初の4大大会優勝。
2009年 スペインの旗 ラファエル・ナダル アメリカ合衆国の旗 セリーナ・ウィリアムズ
2010年 スイスの旗 ロジャー・フェデラー アメリカ合衆国の旗 セリーナ・ウィリアムズ フェデラーは、オープン化以後では最多タイ記録の優勝4回(歴代2位タイ)。
2011年 セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ ベルギーの旗 キム・クライシュテルス
2012年 セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ アザレンカは、ベラルーシ出身者として初の4大大会優勝。
2013年 セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ ジョコビッチは、オープン化以後では最多記録の大会3連覇。最多タイ記録の優勝4回(歴代2位タイ)。
2014年 スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 中華人民共和国の旗 李娜 ワウリンカは9年ぶりのBIG4以外の優勝者。
2015年 セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ アメリカ合衆国の旗 セリーナ・ウィリアムズ ジョコビッチは、オープン化以後では最多記録の優勝5回。ウィリアムズは、オープン化以後では今大会最年長での優勝。
2016年 セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ ドイツの旗 アンゲリク・ケルバー ジョコビッチは史上最多タイの6度目の優勝。

記録

記録 時代 選手
男子 1905年以降
男子シングルス最多優勝 1969以前 オーストラリアの旗 ロイ・エマーソン 6 1961, 1963-1967
1968以後 セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6 2008, 2011-2013, 2015-2016
男子シングルス連覇記録 1969以前 オーストラリアの旗 ロイ・エマーソン 5 1963-1967
1968以後 セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 3 2011-2013
男子ダブルス最多優勝 1969以前 オーストラリアの旗 エイドリアン・クイスト 10 1936-1940, 1946-1950
1968以後 アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
6 2006-2007, 2009-2011, 2013
2006-2007, 2009-2011, 2013
男子ダブルス連覇記録 1969以前 オーストラリアの旗 エイドリアン・クイスト 10 1936-1950
1968以後 アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
3 2009-2011
2009-2011
男子混合ダブルス最多優勝 1969以前 オーストラリアの旗 ハリー・ホップマン
オーストラリアの旗 コリン・ロング
4 1930, 1936-1937, 1939
1940, 1946-1948
1968以後 アメリカ合衆国の旗 ジム・プー 3 1988-1990
男子最多優勝[4] 1969以前 オーストラリアの旗 エイドリアン・クイスト 13 1936–1950 (3シングルス, 10ダブルス, 0混合)
1968以後 アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
6 2006–2013 (6ダブルス)
2006–2013 (6ダブルス)
女子 1922年以降
女子シングルス最多優勝 全体 オーストラリアの旗 マーガレット・コート 11 1960-1966, 1969-1971, 1973
1969以前 オーストラリアの旗 マーガレット・コート 7 1960-1966
1968以後 アメリカ合衆国の旗 セリーナ・ウィリアムズ 6 2003, 2005, 2007, 2009-2010, 2015
女子シングルス連覇記録
1969以前 オーストラリアの旗 マーガレット・コート 7 1960-1966
1968以後 オーストラリアの旗 マーガレット・コート
オーストラリアの旗 イボンヌ・グーラゴング
ドイツの旗 シュテフィ・グラフ
ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア モニカ・セレシュ
スイスの旗 マルチナ・ヒンギス
3 1969-1971
1974-1976
1988-1990
1991-1993
1997-1999
女子ダブルス最多優勝
1969以前 オーストラリアの旗 テルマ・コイン・ロング 12 1936-1940, 1947, 1948-1949, 1951-1952, 1956, 1958
1968以後 アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ 8 1980, 1982-1985, 1987-1989
女子ダブルス連覇記録
1969以前 オーストラリアの旗 テルマ・コイン・ロング
オーストラリアの旗 ナンシー・ウィン・ボルトン
5 1936-1940
1936-1940
1968以後 アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ
アメリカ合衆国の旗 パム・シュライバー
7 1982-1985, 1987-1989
1982-1985, 1987-1989
女子混合ダブルス最多優勝 1969以前 オーストラリアの旗 ダフネ・アクハースト
オーストラリアの旗 ネル・ホール・ホップマン
オーストラリアの旗 ナンシー・ウィン・ボルトン
オーストラリアの旗 テルマ・コイン・ロング
4 1924-1925, 1928-1929
1930, 1936-1937, 1939
1940, 1946-1948
1951-1952, 1954-1955
1968以後 チェコスロバキアの旗 ヤナ・ノボトナ
ラトビアの旗 ラリサ・ネーランド
2 1988-1989
1994-1996
女子最多優勝[4] 1969以前 オーストラリアの旗 ナンシー・ウィン・ボルトン 20 1936–1952 (6シングルス, 10ダブルス, 4混合)
1968以後 アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ 12 1980–2003 (3シングルス, 8ダブルス, 1混合)

優勝回数ランキング

選手 回数
オーストラリアの旗 ロイ・エマーソン 6
セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ
オーストラリアの旗 ジャック・クロフォード 4
オーストラリアの旗 ケン・ローズウォール
アメリカ合衆国の旗 アンドレ・アガシ
スイスの旗 ロジャー・フェデラー

優勝賞金(男女シングルス)

大会 金額(男子) 金額(女子)
1989年大会 14万0000AUD 13万5000AUD
1990年大会 20万0000AUD 19万0000AUD
1991年大会 24万0000AUD
1992年大会 27万0000AUD
1993年大会 41万0000AUD
1994年大会 46万0000AUD
1995年大会 36万0000AUD
1996年大会 41万5900AUD 38万0000AUD
1997年大会 58万5000AUD 54万2000AUD
1998年大会 61万5000AUD 57万2000AUD
1999年大会 72万2000AUD 67万9000AUD
2000年大会 75万5000AUD 71万7000AUD
2001年大会 83万0500AUD
2002年大会 100万0000AUD
2003年大会 112万7850AUD
2004年大会 120万0000AUD
2005年大会 120万6620AUD
2006年大会 122万0000AUD
2007年大会 128万1000AUD
2008年大会 137万0000AUD
2009年大会 200万0000AUD
2010年大会 210万0000AUD
2011年大会 220万0000AUD
2012年大会 230万0000AUD
2013年大会 243万0000AUD
2014年大会 265万0000AUD

脚注

  1. ^ Australian Open 2014 – Get Court Up!”. australianopen.com. 2013年12月8日閲覧。
  2. ^ 【テニス】全豪OP、NHKが放送権獲得へ - スポーツ報知、2014年11月12日、同日閲覧
  3. ^ 錦織の全豪放送権をNHK獲得 - 日刊スポーツ、2014年11月12日、同日閲覧
  4. ^ a b シングルス・ダブルス・混合ダブルス合計。

関連項目

外部リンク