釜田佳直
| 東北楽天ゴールデンイーグルス #21 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 石川県小松市 |
| 生年月日 | 1993年10月26日(19歳) |
| 身長 体重 |
177 cm 78 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2011年 ドラフト2位 |
| 初出場 | 2012年5月20日 |
| 年俸 | 2000万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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釜田 佳直(かまた よしなお、1993年10月26日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
経歴 [編集]
プロ入り前 [編集]
中学校時代は軟式野球部に所属していた。中学1年までは捕手だったが、斎藤佑樹と田中将大の投げ合いとなった第88回全国高等学校野球選手権大会決勝の延長15回引き分けをテレビ観戦し魅せられ、翌日の再試合は現地観戦。その後監督に直訴し投手に転向した[1]。
金沢高校では1年時の春から公式戦に登板し、秋にはエースとなる。2年時の秋には明治神宮野球大会に出場。
3年の春のセンバツでは優勝候補に挙げられるも、1回戦の加古川北高校に0-4で敗れる。夏の甲子園では、1回戦の伊勢工業高校戦に4-0で勝利し、2回戦の聖光学院戦では歳内宏明との投げ合いの末4-2で勝利した。しかし、続く3回戦の習志野高校に1-2で敗れた。甲子園通算成績は34回、防御率1.32、40奪三振。
その後、第9回AAAアジア野球選手権大会の日本代表に選出され、2回を無失点に抑えて金メダル獲得に貢献した[2]。
2011年のドラフト会議で東北楽天ゴールデンイーグルスから2位指名を受け、11月9日に契約金5000万円、年俸600万円で仮契約した[3]。背番号は「21」。
プロ入り後 [編集]
- 2012年
- 開幕は二軍スタート。当初は救援要員だったが、4月29日の日本ハム戦に初先発すると、4回まで被安打1、無失点。5月5日のヤクルト戦で二度目の先発は6回までノーヒットに抑えて無失点と徐々に頭角を現す。5月12日のDeNA戦では5回まで8安打2失点だったが、7試合に登板し0勝0敗ながら防御率0.86の投球内容が評価されて一軍昇格、5月20日の阪神戦(甲子園)にて田中将大以来の球団史上2人目の高卒ルーキープロ初登板初先発を果たす。3回3失点で降板した(自責点1、勝敗つかず)が自己最速タイの153km/hをマークし、話題となった。2試合目の登板となった同27日のヤクルト戦(神宮)で6回0/3回を1失点でプロ初勝利を挙げた[4]。高卒1年目での勝利は田中以来[5]で、登板2試合目での勝利は田中の4試合目を抜いて球団最速記録となった。6月17日の巨人戦(Kスタ宮城)では交流戦無敗だった杉内俊哉と投げ合い、9回1失点でプロ初完投勝利をあげたが、高卒新人投手の巨人戦初登板完投勝利は1987年の近藤真一(中日)以来25年ぶり、史上2人目の記録である[6]。8月16日の日本ハム戦(Kスタ宮城)では1-0で初完封勝利を達成。高卒新人の1-0での完封は1999年の松坂大輔(西武)以来13年ぶりだった。一度二軍落ちするも、シーズンを通して主力として、20試合で7勝4敗の成績を残した。
選手としての特徴 [編集]
スリークォーターから平均球速約143km/h[8]、最速153km/hのストレートを誇る剛腕投手[2][9]。縦横のスライダー、カットボール、フォークボールを軸に、稀にカーブやチェンジアップで緩急を使った投球をする。もともとはカットボールやスライダーなど、速球との球速差がない速い変化球が持ち味であったが、センバツで対戦した加古川北高校のエース・井上真伊人が130km/h前後のストレートとスローカーブなど緩急を使っていたことを参考にし、緩急を使った投球ができるようになった[1]。
人物 [編集]
目標とする投手は、背番号21の前の持ち主である岩隈久志と、田中将大で、新入団選手発表会見では「日本球界を代表する投手になりたい」と目標を語っている[10]。
同じ石川県内にある星稜高校の西川健太郎(現:中日ドラゴンズ)とはお互いをライバルと認める仲である[11]。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2012 | 楽天 | 20 | 19 | 2 | 1 | 0 | 7 | 4 | 0 | 0 | .636 | 501 | 112.1 | 126 | 4 | 38 | 0 | 7 | 77 | 6 | 0 | 48 | 41 | 3.28 | 1.46 |
| 通算:1年 | 20 | 19 | 2 | 1 | 0 | 7 | 4 | 0 | 0 | .636 | 501 | 112.1 | 126 | 4 | 38 | 0 | 7 | 77 | 6 | 0 | 48 | 41 | 3.28 | 1.46 | |
- 2012年度シーズン終了時
記録 [編集]
- 投手記録
- 初登板・初先発:2012年5月20日、対阪神タイガース2回戦(阪神甲子園球場)、3回3失点(自責点1)、勝敗なし
- 初奪三振:同上、1回裏に新井貴浩から空振り三振
- 初勝利・初先発勝利:2012年5月27日、対東京ヤクルトスワローズ1回戦(明治神宮野球場)、6回0/3を1失点
- 初完投勝利:2012年6月17日、対読売ジャイアンツ4回戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)、9回1失点(自責点0)、5奪三振
- 初完封勝利:2012年8月16日、対北海道日本ハムファイターズ18回戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)、被安打5、7奪三振、1四死球
- 打撃記録
- 初安打:2012年6月10日、対横浜DeNAベイスターズ3回戦(横浜スタジアム)、7回表に三浦大輔から左越二塁打
背番号 [編集]
- 21(2012年 - )
登場曲 [編集]
- 「轍 - Street stroke -」コブクロ(2012年 - )
脚注 [編集]
- ^ a b “楽天・釜田佳直、投手人生のきっかけは斎藤佑樹”. Sportiva. p. 2 (2012年6月1日). 2012年6月1日閲覧。
- ^ a b 「厳選100選手カタログ」、『週刊ベースボール』2011年10月24日号、ベースボール・マガジン社、 28頁、 雑誌20442-10/24。
- ^ “石川・金沢高の釜田投手、決意新た 楽天と契約”. asahi.com. (2011年11月11日) 2012年5月14日閲覧。
- ^ “18歳・釜田 プロ1勝 高卒ルーキー一番乗り”. Sponichi Annex. (2012年5月28日) 2012年9月15日閲覧。
- ^ “楽天・釜田佳直、投手人生のきっかけは斎藤佑樹”. Sportiva. p. 1 (2012年6月1日). 2012年6月1日閲覧。
- ^ “孝行息子だ!18歳釜田、プロ初完投でG戦連敗止めた”. Sponichi Annex. (2012年6月18日) 2012年10月31日閲覧。
- ^ “釜田が2軍「自分を見つめ直す」”. nikkansports.com. (2013年4月17日) 2013年4月17日閲覧。
- ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2013年、158頁。ISBN 978-4-905411-11-6。
- ^ “【楽天2位】釜田佳直 大舞台踏むたびに成長 153キロ直球はプロでも通用”. Sponichi Annex. (2011年10月27日) 2012年5月14日閲覧。
- ^ “楽天ドラ2・釜田がエース宣言”. DAILY SPORTS ONLINE. (2011年12月14日) 2011年12月23日閲覧。
- ^ 「2011ドラフト総決算」、『週刊ベースボール』2011年11月14日号、ベースボール・マガジン社、 34頁、 雑誌20442-11/14。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 選手名鑑 釜田佳直 - 東北楽天ゴールデンイーグルス オフィシャルサイト
- 個人年度別成績 【釜田佳直 (東北楽天ゴールデンイーグルス)】 - 日本野球機構 オフィシャルサイト
- 釜田 佳直 (yoshinao1026) - Twitter
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