蜘蛛の糸
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『蜘蛛の糸』(くものいと)は、芥川龍之介によって書かれた短編小説である。
1918年(大正7年)に鈴木三重吉により創刊された児童向文芸誌「赤い鳥」創刊号に発表された。芥川龍之介が手がけたはじめての児童文学作品で、肉筆原稿には鈴木三重吉による朱筆がある。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
[編集] あらすじ
ある日の朝、極楽を歩いていた釈迦が、ふと蓮池の水面からはるか下の地獄を覗くと、幾多の罪人の中からカンダタ(犍陀多)という男を見つけた。カンダタは生前に様々な悪事を働いた泥棒であったが、一度だけ小さな蜘蛛を踏み殺そうとしたところを思いとどまり、その命を助けた事があった。それを思い出した釈迦は地獄の底のカンダタを極楽へ案内するために、一本の蜘蛛の糸をカンダタに下ろす。
カンダタは極楽から伸びる蜘蛛の糸を見て「この糸をつたって登れば地獄から脱出できるばかりか極楽に行けるかもしれない」と考える。そこで蜘蛛の糸につかまって、地獄から何万里も上にある極楽へと上り始めた。ところが糸をつたって上っている途中でふと下を見下ろすと、数限りない地獄の罪人達が自分の下から続いてくるのに気づいた。このままでは糸は重さによって切れて落ちてしまうと考えたカンタダは「この蜘蛛の糸は俺のものだ。お前達は一体誰に聞いて上ってきた。下りろ、下りろ」と喚いた。すると次の瞬間、蜘蛛の糸がカンダタのぶら下がっている所から切れてしまい、カンダタは再びに地獄に堕ちてしまった。
その一部始終を見ていた釈迦は、カンダタの自分だけ地獄から抜け出そうとする無慈悲な心と、相応の罰として地獄に逆落としになってしまった姿が浅ましく思われたのか、悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った。
[編集] 雑記
- 鈴木大拙による「因果の小車」(ポール・ケーラス作「カルマ」の邦訳)が典拠であることが今では明らかになっている。
- フョードル・ドストエフスキーの長編小説「カラマーゾフの兄弟」における「1本の葱」の挿話に着想した作品であると考えられていた。
- セルマ・ラーゲルレーヴの「キリスト伝説集」収載の短篇「わが主とペトロ聖者」は「蜘蛛の糸」と基本的に同じ話であり、芥川が典拠とした可能性もある[1]。
- イタリアとスペインには『天国に居るシエナのカタリナが地獄に居る母親を天国に引き上げようとするが母親は自分にしがみ付いた魂に悪態をついた為地獄に戻され、カタリナは天国よりも母の居る地獄へ移った』という本作と似た民話が伝わっている。
- 『まんが日本昔ばなし』では「蜘蛛の糸」と「地獄の人参」という話として二度アニメ化されている。内容はやや「日本の昔ばなし」風に改められているものの、大方のあらすじはそのままに映像化されている。特に後者は「蜘蛛を助けた」というものが「腐った人参を僧侶に恵んだ」と変更され、最後の亡者が「極楽、極楽・・・」と群がってくる様や人参の腐りゆく描写が印象的で覚えているという視聴者も多い。「地獄の人参」の方は「生前の唯一の善行が野菜を恵んだ事である老婆が地獄でそれに摑まる」という話で蜘蛛の糸よりも「1本の葱」の方に近い。
- 『まんが赤い鳥のこころ』第9話でもアニメ化されている。カンダタを追って糸を登ってくる「亡者」たちが異様に恐ろしく描写されている。


