山本芳彦
| 広島東洋カープ #59 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 和歌山県和歌山市 |
| 生年月日 | 1983年11月6日(28歳) |
| 身長 体重 |
186cm 80kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 内野手、外野手 |
| プロ入り | 2001年 ドラフト7巡目 |
| 初出場 | 2006年7月17日 |
| 年俸 | 750万円(2011年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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山本 芳彦(やまもと よしひこ、1983年11月6日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(内野手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
和歌山工高では投手として活躍し、高校3年時には夏の甲子園和歌山予選1回戦で前年度夏の甲子園優勝校の智辯和歌山高校と対戦。投打に活躍を見せ武内晋一が主将を務めていた同校を1回戦敗退に追い込む。2回戦の県和商戦では2本塁打を放ち勝利するが、3回戦の日高戦で0-5で敗退する。
高校通算24本塁打。またエースで4番でありながら高校通算60盗塁以上を走る俊足と走塁センスをもっていた。
[編集] プロ入り後
2001年ドラフト7巡目で広島東洋カープに打力を見込まれて野手として指名されて入団、将来の二遊間候補として期待された。
二軍では毎年60試合以上に出場して主力選手として活躍し、将来のレギュラー候補として鍛え上げられている。足と肩があり内野・外野経験もあるため、プロ入り後は守備位置が固定される事はなく、捕手以外のすべてのポジションを経験している。怪我人などが出れば手薄なポジションを守ったりもするが、そうでない場合でも3試合程度の短いスパンでポジションをたらい回しにされているのでメインポジションは不明。
2004年二軍でチームの投手が足りなくなったためマウンドに上がったこともあり、1イニング3打数0安打1四球と無難にこなした。
2005年二軍で74試合に出場、打率.256 5HR 15盗塁(盗塁死3)と俊足を活かし盗塁で貢献した。ファースト13試合、セカンド1試合、サード15試合、ショート17試合、外野39試合を守った。
2006年は二軍で64試合に出場し、ウェスタン・リーグ3位の打率.292、 6HR 5盗塁 16二塁打の好成績を残した。このことが認められ、7月17日にプロ5年目にして初の一軍出場を果たした。パンチ力があるため二軍では3番・5番など中軸を任せられる事が多くなってきた。一軍では少ない出場試合数ながらファースト・セカンド・サードの3ポジションを守った。
2007年は二軍で76試合に出場し打率.256、3本塁打と打撃面では昨年より下降したが、赤松真人(阪神)の26盗塁に次ぐ15盗塁(盗塁死2)はウェスタン・リーグ2位と自慢の機動力の成長を見せた。また、守備でもさまざまな守備位置で起用されてユーティリティーぶりを発揮し、合計で5失策と各ポジションでそれなりに安定した守備を見せた。一軍出場は前年を下回る4試合に留まった。
2007年秋季キャンプにて、若手野手の中で最も力強く鋭い打球を放っており、その元気の良さを買われマーティ・ブラウン監督からFA移籍した新井貴浩の後任として名前を挙げられた。
2008年は二軍で70試合に出場し、自己最多タイの6本塁打を記録するが、打率は.257と前年と余り変わらず、新加入の野手の台頭もあって一軍出場はなかった。
2009年は春季キャンプから1軍のメンバーに入り、ブラウン監督の目を引いた。オープン戦も好調を維持し、自身初の開幕1軍の切符を獲得するも、2試合出場した後二軍落ちし、その後は一軍への昇格は無かった。
2010年は前半戦は1軍の機会がなかったものの、オールスター戦前に栗原健太の故障を機に一軍に昇格し、8月5日の対横浜戦ではプロ入り初の適時打を放った。自己最多の39試合に出場。代打、代走だけでなく一塁、二塁、三塁、外野と多くの守備位置を守り、一軍での経験を積んだ。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | 広島 | 17 | 31 | 31 | 1 | 7 | 2 | 0 | 0 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 10 | 2 | .226 | .226 | .290 | .516 |
| 2007 | 4 | 5 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .200 | .000 | .200 | |
| 2009 | 2 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2010 | 39 | 46 | 43 | 4 | 11 | 1 | 0 | 0 | 12 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 15 | 0 | .256 | .267 | .279 | .546 | |
| 通算:4年 | 62 | 84 | 80 | 6 | 18 | 3 | 0 | 0 | 21 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1 | 2 | 0 | 0 | 26 | 2 | .225 | .241 | .263 | .504 | |
- 2010年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2006年7月17日、対東京ヤクルトスワローズ10回戦(明治神宮野球場)、6回裏に二塁手として出場
- 初打席:同上、9回表にリック・ガトームソンから空振り三振
- 初安打:2006年7月27日、対読売ジャイアンツ12回戦(東京ドーム)、5回表に西村健太朗から代打で中前安打
- 初先発出場:2006年8月6日、対阪神タイガース12回戦(坊っちゃんスタジアム)、7番・二塁手として先発出場
- 初打点:2010年7月27日、対東京ヤクルトスワローズ11回戦(明治神宮野球場)、2回表に村中恭兵から右犠飛
[編集] 背番号
- 59 (2002年 - )
[編集] 関連項目
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