一畑電気鉄道デハニ50形電車
| 一畑電気鉄道デハニ50形電車 | |
|---|---|
デハニ53(次位はデハ52)
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| 営業最高速度 | 85 km/h |
| 車両定員 | 90名(うち座席34名) |
| 全長 | 16,116 mm |
| 全幅 | 2,718 mm |
| 全高 | 4,089 mm |
| 車体長 | 15,329 mm |
| 車体幅 | 2,591 mm |
| 車体高 | 3,759 mm |
| 車両質量 | 33.55t |
| 軌間 | 1,067 mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| 出力 | 75kW×4 |
| モーター出力 | 75kW |
| 主電動機 | 三菱電機直流直巻電動機 MB-98-AFG(端子電圧750V) |
| 歯車比 | 71:20=3.55 |
| 制御装置 | 手動加速式抵抗制御(HL制御) |
| 駆動装置 | 吊り掛け駆動方式 |
| 台車 | 日本車輌製造D-16型 |
| ブレーキ方式 | 非常弁付直通空気ブレーキ(SME) |
| 製造メーカー | 日本車輌製造 |
| 備考 | 戸閉装置種類…手動式 荷物室荷重…1t |
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主要諸元は島根県立古代出雲歴史博物館発行の図録「BATADEN 一畑電車百年ものがたり」p22に掲載されている竣工図による
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この表について
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一畑電気鉄道デハニ50形電車(いちばたでんきてつどうデハニ50がたでんしゃ)は、(一畑電気鉄道→)一畑電車に在籍する電車である。本項では、本形式のうち1両を改造したデハ10形電車(2代)についても解説する。
目次 |
[編集] 概要
一畑電車の前身である一畑電気鉄道の自社発注車両で、北松江線の全通に際して導入された2両と、大社線開業時に導入された2両の計4両が製造された。
デハニ50形は自動化された客用ドアを最後まで装備しなかった。一畑電気鉄道ではこのような車両を「在来車」と呼び、車体塗装を他の車両と変えることで区別していた。他の旧型車が黄色(カナリア色に近い)で塗装されていたのに対して、デハニ50形の車体色がオレンジであるのはこのためである。デハニ50形は“在来車”として最後の車両で、自動化された客用ドアを持たない営業用の電車としても日本で最後の車両である。
一畑電車の近代化が完了した1998年(平成10年)以降は、数少なくなった昭和初期の車両として団体列車などに運用されていたが、2009年(平成21年)にさよなら運転を行い営業運行から外れた。
[編集] 沿革
[編集] 登場からさよなら運転まで
デハニ51・52は北松江線小境灘駅(現・一畑口駅) - 北松江駅(現・松江しんじ湖温泉駅)間が開業した1928年(昭和3年)に登場し、当初はデハニ3・4と称した[1]。翌1929年(昭和4年)には大社線の開業に備えてデハニ53・54が増備され、この際にデハニ3・4もそれぞれデハニ51・52に改番された[1]。1927年に導入されたデハ1形をベースとしているが、デハ1形とは異なり客用扉は2か所で荷物室を備えている。1928年に導入されたものと1929年のものとでは細部に若干の差異がある[2]。
1951年(昭和26年)10月にはデハニ51がクロスシート化の上、デハ20形デハ21となった。また同じ年にはデハ1形、デハ20形とともにデハニ50形に弱め界磁機能を取り付ける改造が行われ、最高速度が75km/hから85km/hに向上した。
1967年(昭和42年)9月には、デハニ54が荷物室と片側の運転台を撤去し、客用扉を自動化した上でデハ11(2代)に改番された。デハ11はデハ1形デハ7を改造したクハ111(2代)と2両編成を組成したが、90系入線のため1986年(昭和61年)3月24日をもって廃車となった。
デハニ52は、新型2100系の入線を控えた1994年(平成6年)9月、松江市の定期観光コースに使用するためにお座敷列車「ふるさと号」に改装された。この際に形式称号から荷物室を持つことを表す「ニ」が消えてデハ52となっているが、その後も「デハニ52」と表記されていることが多い。観光コース自体は利用が伸び悩んだために1996年(平成8年)9月30日に中止となっている。一方のデハニ53はラッシュ時の増結用となっていたが、北松江線の近代化が進んだために1996年10月1日に定期運用を外れた。3年後の1999年(平成11年)6月には畳敷きに改装され、デハ52同様ビール列車などの団体運用に従事するようになった。両車とも、工事列車の牽引車としても使用され、無蓋車ト60を牽引して保線に従事することがあった。冬季にはスノープラウを装着して除雪作業にもあたったほか、救援用にも使用された。なお、1995年(平成7年)にはエバーグリーン賞を受賞している。
しかし年を追うに従って交換部品の確保の観点から保守が難しくなった上、さらにブレーキシステムが単一系統であること・手動扉・ATS未設置・不燃化対策も未施工と、車両の安全基準を満たすことが出来ず[3]、新たに更新を行うことさえ出来なくなった[3]ことから、2009年(平成21年)3月29日に実施されたさよなら運転をもって営業運転を終了した。その後は映画撮影時(後述)を除いて、雲州平田駅構内に留置[4]、もしくは出雲大社前駅で展示されている。ただ、飯野公央島根大学准教授らで構成される「デハニ50形活用検討協議会」により、動態保存を推奨する提言の原案がまとめられる方向で、時期や区間は限定されるものの、復活運行される可能性が高くなっている[5]。
[編集] 映画への登場
さよなら運転の後、2009年8月には一畑電車を舞台とした映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』のロケーション撮影に用いられ、本線を走行している。
同作では、撮影に当たってロングシートへの改装が行われている(お座敷の構造物の撤去までを一畑電車が手がけ、ロングシートの再設置は映画の美術スタッフによる。吊り手は沿線の保育園に保存されているデハ3・6のものを借用)。撮影終了後、吊り手は借用であったため撤去されたが、ロングシートはそのまま残されている。
[編集] 車両番号の変遷
| 製造年 | デハニ50形時代の車両番号 | 改造年 | 改番後の形式 | 改番後の車両番号 | 廃車年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1928年 | デハニ51 | 1951年 | デハ20形 | デハ21 | 1994年 |
| 1928年 | デハニ52 | 1994年 | デハ52 | 在籍 | |
| 1929年 | デハニ53 | 在籍 | |||
| 1929年 | デハニ54 | 1967年 | デハ10形 | デハ11 | 1986年 |
[編集] ギャラリー
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おわん型ベンチレーター
[編集] 脚注
- ^ a b CD-ROM『鉄道車両100年〜日本車輌製造の歩みから〜』、1997年
- ^ http://www.fiberbit.net/user/m3b6a2/ichibata/ichibata.html
- ^ a b 『鉄道ジャーナル』2007年9月号(通巻488号)p75
- ^ 一畑電鉄WebSt@tion - 新着情報(2009年3月)
- ^ 山陰中央新報 - 一畑電車「デハニ」が復活へ(2009年10月/Web魚拓)
[編集] 参考文献
- 白川淳『全国保存鉄道IV 西日本編』、JTB、1998年、100頁。 ISBN 4-533-03097-1
- 根宜康広『一畑電車がゆく 【松江〜出雲】神々の棲まう里を旅する』 今井書店、1999年。ISBN 4-89678-040-X
- 寺田裕一『ローカル私鉄車輌20年 西日本編』 JTB、2002年。ISBN 4-533-04102-7
- 島根県立古代出雲歴史博物館編集「BATADEN 一畑電車百年ものがたり」一畑電気鉄道、2010年。ISBN 978-4-9901229-1-1
- 北総レール倶楽部 - 一畑電鉄