マンディーサ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
マンディーサ
マンディーサ(ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートにて)}
基本情報
出生名 Mandisa Lynn Hundley
出生 1976年10月2日(38歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州シトラスハイツ
ジャンル R&Bコンテンポラリー・クリスチャンゴスペル
活動期間 2006年 - 現在
公式サイト http://www.mandisaofficial.com

マンディーサ・ハンドレイ(Mandisa Hundley 1976年10月2日 - )[1]は、アメリカ合衆国ゴスペル歌手であり、『アメリカン・アイドルシーズン5最終選考で第9位であった。

人物[編集]

若年期[編集]

マンディーサ・リン・ハンドレイは、カリフォルニア州シトラス・ハイツで生まれ育った。エル・カミーノ高等学校卒業後、サクラメントアメリカン・リバー・カレッジジャズ歌唱を学ぶ。その後、テネシー州フィスク大学声楽演奏を専攻し音楽学士を取得した。[2]

『アメリカン・アイドル』[編集]

シカゴでアイドルオーディション番組『アメリカン・アイドル』のオーディションを受けた。その時シンプルに苗字無しでマンディーサとして出場した。ホイットニー・ヒューストンからデフ・レパードまで幅広く影響を受けている、としている。

審査員のサイモン・コーウェルは彼女のオーディション合格後、体型について何度かコメントをしている。最初の皮肉は「今年は大きなステージが必要だ」であった。別の審査員のポーラ・アブドゥルは『フレンチ』が唸ったような声だと評した。コーウェルは『フランス』の方が合っていると言った。[3]これらのコメントにより全米肥満受容協会は憤慨し、のちに2007年の彼女のアルバム『True Beauty 』の元となった。

24人のセミ・ファイナル出場者に落選者が伝えられる前、彼女はコーウェルに「私があなたに言いたいことは、そう、あなたは私を傷つけ、私は本当に傷ついて泣いた。でも私はそれを水に流すし、あなたは謝ることはない。私の全ての罪が許されるためにイエス・キリストが死んだのなら、私もあなたを許す。」と言った。コーウェルは「恐縮」し、すぐに謝った。[4]

2006年3月7日、歌唱前のビデオの中で、24歳まで指しゃぶりをしていたことを明かした。そしてチャカ・カーンの『アイム・エブリ・ウーマン』を歌い、審査員3人全員から賞賛された。2006年3月9日、シーズン5の最終選考出場者12人の中に選ばれた。

2006年4月5日、パリス・ベネットエリオット・ヤミンと共に初めて最下位3名の中に入り、『アメリカン・アイドル』最終9名から敗退。最初にテイラー・ヒックスケリー・ピックラークリス・ドートリーと共に呼ばれ、自分以外の3名がセーフで、エリオットとパリスが舞台の片方におり、エース・ヤングキャサリン・マクフィーバッキー・コヴィントンが反対側におり、シーズン3で3名の歌姫たちが最下位3名に並んだことを思い出し、エース、キャサリン、バッキーが以前に最下位3名に入っていたこともあり、彼女はエリオットとパリスにこの最下位3名のグループが最も魅力的であると言った。翌日『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』で自分が一番敗退者にふさわしかったと語った。

歌唱曲[編集]

放送回 テーマ 曲名 オリジナル歌手 出場順 結果
オーディション 自由選曲 Fallin' アリシア・キーズ N/A 合格
ハリウッド グループ歌唱 Band Of Gold フリーダ・ペイン N/A 合格
上位24名 (女性12名) 自由選曲 Never ハート 1 合格
上位20名 (女性10名) 自由選曲 Cry フェイス・ヒル 10 合格
上位16名 (女性8名) 自由選曲 I'm Every Woman チャカ・カーン 7 合格
上位12名 スティーヴィー・ワンダーの曲 Don't You Worry 'bout a Thing スティーヴィー・ワンダー 4 合格
上位11名 1950年代のヒット曲 I Don't Hurt Anymore ダイナ・ワシントン 1 合格
上位10名 21世紀のヒット曲 Shackles メアリー・メアリー 5 合格
上位9名 カントリー音楽 Any Man of Mine シャナイア・トゥエイン 2 不合格

経歴[編集]

2007年7月27日、『アメリカン・アイドル』敗退後、テレビのトーク番組『ライヴ・ウィズ・レギス・アンド・ケリー』で『I Don't Hurt Anymore 』を歌った。また、グラディス・ナイトや他のアーティストと共にアポロ・シアターで開催されたチャリティ・イベント『Back to Harlem 』に出演した。

トビーマックのアルバム『Portable Sounds 』にトビーマックとカーク・フランクリンとコラボした。[5]

True Beauty[編集]

2007年7月31日、1枚目のアルバム『True Beauty 』が発売された。このデビュー・アルバムはクリスチャン・アルバム・チャートで第一位となり、27年のクリスチャン・アルバム・チャートの歴史の中で、デビュー・アルバムが第一位になった女性アーティストの最初の人物となった[6]。またBillboard 200で43位となり、クリスチャン・アーティストのデビューとしては珍しい高順位であった。そしてグラミー賞最優秀ポップ/コンテンポラリー・ゴスペル・アルバム賞にノミネートされた[7]。ショーン・シャンケル、ブラウン・バニスター、クリストファー・スティーヴンス、ドリュー・ラムジー&シャノン・サンダース、ロバート・マーヴィン&ジョサイア・ベル、と5組のプロデューサーが参加している。作曲段階から彼女はプライベートの時間を割いて参加し、意見や曲に対する希望などを共有したりしていた。

2007年5月22日、最初のシングル『Only the World 』が発売された。ビルボードのシングル・チャートで第一週では第二位だったが次の週には第一位になった。また、クリスチャン・ラジオでよくかけられるようになった。この曲はマシュー・ウェスト、サム・ミゼル、クリント・ラガーバーグによって作曲された。(ウェストはこのアルバムで他に2曲共作している。)

メアリー・メアリーのカバー『Shackles 』ではホーン・セクションを特徴としており、トランペットでトミー・ヴォーン、トロンボーンでロドニー・ミルズ、サックスでシェーン・フィレン、ライヴホーンズが演奏している。『ベジ・テイルズ』の映画『The Pirates Who Don't Do Anything 』のサウンドトラックで彼女が歌う『The Right Thing 』にも彼らの演奏が使われている。

2007年10月、2枚目のシングル『God Speaking 』がクリスチャン・ラジオで流された。2008年半ば頃、ウェスト作曲の3枚目のシングル『Voice of a Savior 』がインスピレーション・ラジオで流され、インスピレーション・チャートで最高5位となった。

クリスマス[編集]

2007年11月、たびたびコラボしているマシュー・ウェストとのデュエット曲『Christmas Makes Me Cry 』を収録したコンパクト盤Christmas Joy 』が発売された。この年の初頭に録音されたマイケル・W・スミスとのデュエット曲『Christmas Day 』も収録されている。『Christmas Joy 』はビルボードのクリスチャン・チャートで最高2位となり、『Christmas Day 』は1位となった。クリスチャン・シングル・チャートで上位2位を同時に独占した最初の女性ソロ・アーティストとなった。

2008年10月14日、通常盤アルバム『It's Christmas 』を発売。

Freedom[編集]

2009年3月24日、『Freedom 』を発売[8]

2009年4月14日、Napsterのボーナス・トラックとして『We Are Family 』が発売されることが発表された。この曲を含めた『Freedom + Bonus Track 』がアマゾンで短期間販売されていた。

What If We Were Real[編集]

2011年4月11日、『What If We Were Real 』が発売された。2011年3月、コメディアンのアニタ・レンフロウと共に、プロモーションのため全米ツアーを始めた。このアルバムからの最初のシングルは『Stronger 』で2011年7月18日に第1位となった。7月13日、アルバム売り上げが51,000枚以上となった。

人物[編集]

テネシー州ナッシュビル郊外のアンティオーク在住。2006年『アメリカン・アイドル』出演後、健康増進と体重減少の努力をした。2枚目のアルバム『Freedom 』は食べ物への依存を克服した経験にインスパイアされている。2009年3月、75パウンド(約34kg)の減量に成功したこと、これと合計して100パウンド(約45kg)減量を目標にしていることを発表した。2011年2月、ついに100パウンドの減量に成功した。[9]

受賞歴[編集]

グラミー賞[編集]

タイトル 結果
2008年 最優秀ポップ/コンテンポラリー・ゴスペル・アルバム賞 True Beauty ノミネート
2010年 最優秀ポップ/コンテンポラリー・ゴスペル・アルバム賞 Freedom ノミネート
2012年 最優秀コンテンポラリー・クリスチャン音楽アルバム賞 What If We Were Real ノミネート

GMAダヴ賞[編集]

Year Award Nominated work Result
2008年 最優秀新人賞 ノミネート
最優秀女性歌手賞 Herself ノミネート
2009年 最優秀女性歌手賞 ノミネート
2010年 最優秀女性歌手賞 ノミネート
最優秀ポップ/コンテンポラリー・ソング賞 My Deliverer ノミネート
Short Form Video of the Year Lose My Soul
トビーマックfeat. カーク・フランクリン and マンディーサ
ノミネート

ディスコグラフィ[編集]

アルバム
その他のアルバム

著書ー[編集]

  • IdolEyes – (2007年5月9日発売)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ "Gray-haired Hicks brings soul to Idol" by Wade Kwon for the Scripps Howard News Service, 17 March 2006. Retrieved May 25, 2006.
  2. ^ Mandisa – Profile”. About.com. 2009年5月25日閲覧。
  3. ^ gabyvalla (2007年4月19日). “American Idol 5 - Mandisa´s Audition”. YouTube. 2011年12月1日閲覧。
  4. ^ reneejlee. “Mandisa - Never”. YouTube. 2011年12月1日閲覧。
  5. ^ Star Song
  6. ^ Breaking Music News - Music Business Information - Music Industry Sales”. Billboard.com (2011年8月28日). 2012年6月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月1日閲覧。
  7. ^ 50th Annual Grammy Awards nominations. Grammy.com[リンク切れ]
  8. ^ Mandisa - Freedom”. Billboard. 2009年4月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年3月22日閲覧。 [リンク切れ]
  9. ^ Steve Almasy (2009年3月11日). “Whatever happened to 'American Idol's' Mandisa?”. CNN. http://www.cnn.com/2009/SHOWBIZ/Music/03/11/mandisa/index.html 2009年5月25日閲覧。 

外部リンク[編集]