パンチェン・ラマ6世
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| パンチェン・ラマ6世 | |
|---|---|
| 1738年 - 1780年 | |
| 尊称 | ロサンペルテンイェーシェー |
| 生地 | チベット |
| 宗派 | チベット仏教ゲルグ派 |
パンチェン・ラマ6世、ロサンペルテンイェーシェー師(1738年 - 1780年)は、第6代のパンチェン・ラマである。
生い立ち [編集]
パンチェン・ラマ [編集]
著書に「シャンバラへの道案内書」があり、翻訳されてヨーロッパに紹介された。
清朝の招聘を受けて1779年に北京を訪れて清帝国の乾隆帝と謁見した。冊封を受けて清朝のチベットに対する宗主権を認めたとともに、乾隆帝にチベット仏教の戒を授けた。しかしながら、間もなく天然痘を発病し、1780年に北京で入寂した。
|
|
|