キプロス航空
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| 設立日 | 1947年9月24日 | |||
| ハブ空港 | ラルナカ国際空港(ラルナカ) | |||
| 焦点都市 / 準ハブ空港 |
パフォス国際空港(パフォス) | |||
| マイレージサービス | サンマイルズ | |||
| 会員ラウンジ | エグゼクティブ・ラウンジ | |||
| 保有機材数 | 10機 | |||
| 就航地 | 26都市 | |||
| 親会社 | キプロス航空 | |||
| 本拠地 | キプロス・ニコシア | |||
| 代表者 | キキス・N・ラザリデス | |||
キプロス航空(ギリシア語:Κυπριακές Αερογραμμές;英語:Cyprus Airways)は、キプロスの国営航空会社である。ラルナカのラルナカ国際空港およびパフォスのパフォス国際空港を拠点にキプロス国内および欧州、中東、ペルシア湾岸地域に就航、KLMオランダ航空、アリタリア航空、ガルフエア、アエロフロートなどとのコードシェア便も運航している。
目次 |
[編集] 沿革
キプロス航空は1947年9月24日、英国欧州航空(BEA)、キプロス政府ほかの出資によって設立された。設立当初の機材はダグラスダコタ3機、当時のハブ空港であったニコシア国際空港より、アテネやロンドン、ベイルートなどに就航していた。その後、保有機はダコタ機6機となり、クウェートやバーレーン、アンマンなど中東方面の就航が増えた。
1960年にキプロス共和国が独立を宣言後、新政府を主要な出資者としたキプロス航空ではキプロス人の乗務員も徐々に増加した。経営も波に乗った1960年代中頃にはBEAよりバイカウント2機のリースを受け、テルアビブやエルサレム、カイロなどに就航した。これらの機体において初めて翼のあるムフロンのロゴマークがつけられた。1970年代前半にはバイカウントに代わってトライデントを導入、フランクフルトやマンチェスター、ブリュッセル、パリなど欧州路線が拡充された。
1974年7月20日、トルコがキプロス島北部に軍事介入、ニコシア空港は国連の管理下におかれることとなった。この混乱でトライデント1機が破壊、もう1機に不具合が生じ、残りの保有機も収容されてキプロス航空は機材と空港の両方を失うことになる。1975年2月、キプロス政府はラルナカ国際空港を建設、ブリティッシュミッドランド航空よりリースを受けたバイカウント2機から運航を再開した。
1991年より、保有機には古代の都市や王たちの名がつけられることとなった。1992年3月にはチャーター便を専門とする子会社、ユーロサイプリア航空、2003年からはアテネを拠点として欧州路線を扱うヘラス・ジェット社を設立した。
[編集] 就航路線
欧州、中近東、ペルシア湾岸地域に就航している。
[編集] ヨーロッパ
- アテネ、テッサロニキ、イラクリオン、ロードス、アムステルダム、ウィーン、ケルキラ、ソフィア、チューリッヒ、ロンドン、バーミンガム、マンチェスター、パリ、ブカレスト、フランクフルト、ブリュッセル、ローマ、ミラノ、モスクワ

