アミターブ・バッチャン
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| アミターブ・バッチャン Amitabh Bachchan |
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| 生年月日 | 1942年10月11日(69歳) |
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| 出生地 | イラーハーバード |
| 国籍 | |
| 配偶者 | ジャヤー・バッチャン |
アミターブ・バッチャン(Amitabh Bachchan、デーヴァナーガリー文字:अमिताभ बच्चन、1942年10月11日-)はインドの映画俳優、映画プロデューサー、歌手。1969年より映画界で活動開始、今日ボリウッドの映画界で最も人気のある大スターの一人である。「Big B」という愛称で呼ばれることもある。妻のジャヤー(旧姓バードリー)、息子アビシェークも俳優である。
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[編集] 経歴
インド北部のウッタル・プラデーシュ州イラーハーバードで、著名なヒンディー文学者・詩人である父ハリヴァンシュラーイ・バッチャンの長男として生まれる。
1984年にはインド国民会議からローク・サバー(インド下院)にイラーハーバード選挙区から立候補、国会議員にもなったが、1987年には資産問題で嫌気がさし辞職。その後はインド国民会議や中央政界とは疎遠となり、代わって事業上の危機にあたって積極的に支援した経緯からサマジワディ党(社会党)やウッタル・プラデーシュ州政府と強い関係にある。妻ジャヤー・バッチャンもサマジワディ党から上院議員となった。こうした経緯からネルー以来のガンディー王朝に対抗できる名門と位置づける向きもある。
[編集] 主な出演作品
- 「ソーム旦那の話(Bhuvan Shome)」(1969)ムリナール・セーン監督
- 「炎(Sholay)」(1975)ラメーシュ・シッピー監督
- 「チェスをする人(Shatranj Ke Khiladi)」(1977、ナレーター)サタジット・レイ監督
- 「アマル・アクバル・アントニー(Amar Akbar Anthony)」(1977) M・デーサーイー監督
- 「ドン(Don)」(1978)チャンドラ・バロット監督
- 「黒いダイヤ(Kaala Patthar)」(1979)ヤシュ・チョープラー監督
- 「クーリー(Coolie)」(1983)M・デーサーイー監督
- 「タイガー・炎の3兄弟(Hum)」(1991)ムクル・S・アーナンド監督
- 「時に喜び、時に悲しみ(Kabhi Khushi Kabhie Gham...)」(2001、後に邦題は「家族の四季 -愛すれど遠く離れて-」と改題)カラン・ジョウハル監督
- 「ブラック(Black)」(2005)サンジャイ・バンサーリー監督
- 「バンティとバブリ(Bunty Aur Babli)」(2005)シャード・アリー監督
- 「さよならは言わないで(Kabhi Alvida Naa Kehna)」(2006)カラン・ジョウハル監督
- 「お父さん(Paa)」(2009)R・バラクリシュナン監督
- 「留保枠(Aarakshan)」(2011)プラカシュ・ジャー監督
ほかにテレビのクイズ番組「Kaun Banega Crorepati」(クイズ$ミリオネアのインド版)の司会を務めた。
[編集] 関連項目
- スラムドッグ$ミリオネア - 幼少時代の主人公が憧れる映画スターとして描写されている(役のひとつとしてであり、本人は出演していない)