重症筋無力症
重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう、Myasthenia Gravis; MG)とは、狭義にはニコチン性アセチルコリン受容体(神経伝達物質であるアセチルコリンの筋肉側における受け皿)に抗アセチルコリン受容体抗体が結合し、アセチルコリンによる神経・筋伝達を阻害するために筋肉の易疲労性や脱力が起こる自己免疫疾患である。日本では厚生労働省により特定疾患に指定されている難病である。
なお、広義にはMusk抗体由来症例や原因不明の類似症例等も重症筋無力症に含める場合もある。
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分類[編集]
筋力低下の現れる範囲によって分類する。以前はOsserman(オッサーマン)分類が多かったがMGFA(Myasthenia Gravis Foundation of. America)分類されることが多くなった。また合併する胸腺腫に関しては病理をWHO分類(type Bが多い)で行い、病期を正岡の分類で行う。
- 成人第I型(眼筋型)
- 一側または両側の外眼筋のみ侵される。
- 成人第II型(全身型)
- 外眼筋・頚筋・四肢筋などが侵される。最も高頻度。球麻痺が現れることもある。
- 成人第III型(急性激症状)
- 急激に発症し、広範囲の筋が侵される。呼吸筋も早期に侵されるため死亡率が高い。
- 成人第IV型(晩期重症型)
- I型・II型より約2年の経過で見られる事が多く、III型とほぼ同様の症状を呈する。
- 成人第V型(筋萎縮型)
- II型・III型・IV型の内、廃用性の萎縮ではない筋萎縮を示す物。
- 新生児一過性型
- 胎児の時期に、重症筋無力症の母親から胎盤を通じて抗アセチルコリン受容体抗体が移行するため、新生児に一過性に筋無力症状が生じたもの。
疫学[編集]
有病率は10万人に4~5人、男女比は1:2。発症は10歳以下、女性30~40歳代、男性40~50歳代に多い。日本では小児発症が比較的多い。
症状[編集]
筋力低下が主症状。外眼筋の筋力低下による複視や眼瞼下垂(高頻度)・構音障害・嚥下困難など、頭部から症状が現れることが多い。85%の患者に、四肢の筋力低下が近位筋優位に起こり、歩行障害をはじめとした各種運動障害の原因となる。様々な条件が重なりクリーゼが起こると、球麻痺や呼吸筋の筋力低下による呼吸停止が起こる場合もある。
筋力低下は夕方ほど著明になり、睡眠で軽快する日内変動、日によって重さの異なる日差変動、筋肉を使うほど脱力症状が重くなる易過労性などが特徴である。
筋萎縮を伴うこともある。錐体路症状・知覚症状は伴わない。
発症の初期では、増悪と寛解を繰り返す。完全寛解はまれ。
クリーゼ[編集]
肉体的精神的ストレス、感染、薬剤(抗生物質や筋弛緩薬)などが重症筋無力症を悪化させることがある。特に胸腺腫を合併したMGや抗Musk抗体陽性のMGでは球症状(構音障害や嚥下障害)や呼吸筋麻痺といったクリーゼが急速に進行することがあり注意が必要である。
初期増悪[編集]
全身型MGではステロイド導入の際に高容量から開始すると症状が増悪するという初期増悪という現象が知られている。そのためステロイドは漸増する必要がある。
検査[編集]
テンシロン・テスト[編集]
コリンエステラーゼ阻害剤であるエドロホニウム(商品名:テンシロンまたはアンチレクス)を静注し、改善をみる。副作用となるムスカリン作用として悪心・下痢・流涎・失神(徐脈、AVブロック)などが起こりうるので、硫酸アトロピンを用意しておく。まずコントロールとして生理食塩水を静注し、症状が変化しないのを確認する。次にエドロホニウムを2mg投与しムスカリン効果(腹痛、嘔吐など)が出現しないのを確認してから、残りの8mgを投与し改善を評価する。検者が判断に迷うような改善であった場合は陰性と判定する。
誘発筋電図検査[編集]
筋電計を用いた低頻度の反復神経刺激試験(Harvey-Masland試験)において、漸減現象(waning)がみられる。
血液検査[編集]
80%の患者の血清から、抗アセチルコリン受容体抗体が検出される(通常はRIA法で測定される)。全身型重症筋無力症における抗アセチルコリン受容体抗体の特異度は98%と高く、抗アセチルコリン受容体抗体が陽性かつ臨床的に全身型である場合には診断的価値が極めて高い。ただし筋無力症状が眼筋のみに限局する場合は、陽性率は50%に過ぎない。抗体価は重症度を反映しないが、陽性なら同一患者ではその抗体価は病状の程度を表すこともある。またMGに自己免疫性疾患である橋本病やバセドウ病、関節リウマチ、全身性エリテマトーデスが合併する場合(オーバーラップ症候群)もある。titinやリアノジン受容体などの複数の横紋筋蛋白に対する自己抗体が存在することがある。
診断[編集]
診断は、抗アセチルコリン受容体抗体陽性であり、テンシロンテストで陽性であることが一応の目安となるものの、抗アセチルコリン受容体抗体陰性の重症筋無力症というものも存在する(必ずしも、それらが抗アセチルコリン受容体抗体由来症例でないとは限らない)。
鑑別[編集]
- 薬剤誘発性筋無力症
- ペニシラミン、アミノグリコシド系抗生物質、プロカインアミド、ポリミキシンBなどが誘発する。
- 先天性筋無力症候群
- ランバート・イートン症候群 (Lambert-Eaton myasthenic syndrome: LEMS)
- 神経衰弱
- 甲状腺機能亢進症
- ボツリヌス症
- 進行性外眼筋麻痺
- ミトコンドリア脳筋症の一つ。筋生検が診断に必要。
合併症[編集]
呼吸不全[編集]
致死的合併症。頻度も高い。特に感染時は、筋無力症状の悪化として起こりやすい。
胸腺異常[編集]
胸腺異常の20%程が胸腺腫(thymoma)、75%程度が胸腺過形成(濾胞過形成、follicular hyperplasia)である。CTやMRI検査によって発見される。男性患者の32%、女性患者の20%は胸腺腫を持つ。逆に胸腺腫の患者の30%は重症筋無力症を合併する。40歳以上で胸腺が拡大していれば、まず胸腺腫を疑う。
自己免疫疾患[編集]
時に関節リウマチ・橋本病など、他の自己免疫疾患と合併することがあり、オーバーラップ症候群と呼ばれる。
3~8%に甲状腺機能亢進症がみられる。甲状腺機能の亢進は、筋無力症状を悪化させうる。胸腺腫合併MGに合併しやすい自己免疫性疾患としては尋常性白斑、脱毛などの皮膚疾患や赤芽球癆などの血液疾患である。
治療[編集]
適切な治療によって80%は軽快・寛解し、日常生活に戻れる。
眩しさを軽減するため遮光眼鏡の装着をすすめられる。
- コリンエステラーゼ阻害薬
メスチノンとマイテプラーゼが用いられる。マイテプラーゼの方が効果が強いが副作用も強い。
- ステロイド
初期増悪に注意して漸増する。
- 胸腺摘出術
胸腺摘出術の一般的な方法は胸骨を縦切開して、周囲の脂肪組織を含めて摘出する拡大胸腺摘出術であり、その効果は数ヶ月以上先に現れる。胸腔鏡や縦隔鏡による術式もある。60歳以下の全身型で抗AChR抗体陽性、ステロイド薬を使用しても十分なコントロールが得られない場合に適応とされている。眼筋型や抗AChR抗体陰性の場合は適応がないと考えられる。
- 免疫抑制剤
(タクロリムス水和物製剤やアザチオプリン製剤、シクロスポリン製剤が用いられる。
- 免疫グロブリン大量療法
クリーゼの際になどに用いられる。
- 血漿交換
トリプトファンカラムによる免疫吸着療法なども行われる。
クリーゼに対する処置[編集]
呼吸状態が生命に危険を及ぼす程劣悪である場合、直ちに気管挿管する。そうでない場合、クリーゼが重症筋無力症の症状悪化による筋無力性クリーゼなのか、それとも、コリンエステラーゼ阻害剤の過剰投与によるコリン作動性クリーゼなのかをテンシロンテストによって判別する。症状が改善した場合、筋無力性クリーゼと判断し、臭化ピリドスチグミン製剤等のコリンエステラーゼ阻害剤を投与する(副作用のムスカリン作用に対しては硫酸アトロピン製剤を用いる)。症状が悪化した場合、コリン作動性クリーゼと判断し、コリンエステラーゼ阻害剤投与を中止して硫酸アトロピン製剤を投与する。なお、コリンエステラーゼ阻害剤により症状をコントロールしている場合、テンシロンテストを行うよりもコリンエステラーゼ阻害剤の投与を中断しての反応を見て判断するのが望ましい。
抗Musk抗体陽性MG[編集]
抗アセチルコリン受容体抗体は眼筋型MGの30%程度、全身型MGの15%で陰性であり、これらをseronegative MGという。全身型seronegative MGでは約20%の頻度で筋特異的チロシンキナーゼに対する自己抗体である抗Musk抗体の存在が報告されるようになった。抗Musk抗体陽性のMGの特徴は20~60歳の女性に好発し、眼症状、球症状、顔面筋脱力が著明でクリーゼになりやすい。コリンエステラーゼ阻害薬は無効なことがあり、胸腺異常はなく、胸腺摘除術が無効である。血漿交換、ステロイド、リツキシマブなどが有効とされている。
診療科[編集]
その他[編集]
- 小児発症の多い病気であるが、日本国内で本疾病について広く知られるようになったきっかけは、1982年6月に俳優の萬屋錦之介が歌舞伎座での舞台公演中に倒れて入院、その際に本疾病と診断された事であるとされる。
- 手塚治虫原作の漫画「ブラック・ジャック」の第96話「座頭医師」で、原因不明の病気を針治療をして各地を放浪している謎の針治療の名人「鍼師琵琶丸」が、ブラックジャックから拡大胸腺摘出術を受ける予定の重症筋無力症の患者の少女に勝手に針を打つシーンでもこの病気が登場する。
- テレビ朝日系で2006年7月11日放送された「最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学」でもこの病気の症状について紹介されている。