大平山元I遺跡

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座標: 北緯41度03分55.1秒 東経140度33分07.0秒 / 北緯41.065306度 東経140.551944度 / 41.065306; 140.551944

大平山元Ⅰ遺跡
大平 山元Ⅰ遺跡の位置(青森県内)
大平 山元Ⅰ遺跡
大平
山元Ⅰ遺跡
所在地

大平山元Ⅰ遺跡(おおだいやまもといちいせき)は、青森県東津軽郡外ヶ浜町にある旧石器時代終末期から縄文時代草創期の遺跡である。2013年平成25年)3月27日付で国の史跡に指定された。指定名称は「大平山元遺跡(おおだいやまもといせき)」[1]2021年令和3年)7月27日、「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界文化遺産に登録された[2][3]

概要[編集]

1975年(昭和50年)とその翌年に青森県立郷土館により[4]1998年(平成10年)に民家の建て替え工事に伴い旧蟹田町教育委員会により発掘調査されている[5]。旧蟹田町教育委員会が行った発掘調査で出土した縄文土器は世界の中で最も古いものの一つ[6]ではないかとされるものがある。

縄文土器に付着した炭化物のAMS法による放射性炭素年代測定法[7]の算定で15,500-16,500年前(暦年較正年代法による)のものである可能性があるとされる[8]。また、旧石器時代の性格を示す石鏃も世界でもっとも古いもので[9]、これは世界で最も古い弓矢の使用を示す。

外ヶ浜町山元地区にはⅠ〜Ⅳ遺跡、墓地公園遺跡などいくつもの縄文遺跡が発見されているが、このうち本遺跡は縄文時代草創期のものである。これらから出土した石器や土器は、大山小学校跡の大山ふるさと資料館に保存されて自由に見学ができるようになっている。

大平山元Ⅰ遺跡からは石斧石核石鏃などの石器も発掘されている。ほとんどの石器の材料は地元の川から採れる頁岩からできているが、中には青森県西津軽郡鰺ヶ沢町から運ばれてきた黒曜石からできている石器もある。

土器はすべて小破片で形の分かるものはないが、文様はなく平らで角張った底の土器である。土器の内側には炭化物が付着しており、食料の煮炊きに使ったものであることが分かる。発見当時、これは世界でもっとも古い煮炊きの痕の一つとみなされた。(その後2012年に、中国で1万9千~2万年前のものではないかとみられる、焦げ痕のある土器がみつかっている[10]。)

現在は民家と民家の間に挟まれた狭い空き地にある。田の近くにあるため、縄文時代には湿地帯のすぐ近くの小高い場所だったとされる。

脚注[編集]

  1. ^ 大平山元遺跡(国指定文化財等データベース-文化庁-)
  2. ^ 「世界遺産」縄文遺跡群 丸わかり青森県内の8遺跡(Web東奥)”. Yahoo!ニュース. 2021年12月26日閲覧。
  3. ^ 「縄文遺跡群」世界文化遺産登録決定 次世代へ魅力つなぐ 地元関係者ら歓喜 /青森”. 毎日新聞. 2021年12月26日閲覧。
  4. ^ 縄文時代草創期の土器・石器(青森県立郷土館デジタルミュージアム)
  5. ^ 谷口 2000年 pp.19-20
  6. ^ 歴史民俗博物館 縄文はいつから!?
  7. ^ 名古屋大学教授の中村俊男の測定。サンゴの年輪中のC14(放射性炭素)濃度の変動をもとに、実際のC14年代測定値を補正した値である。
  8. ^ 谷口 2000年 p.22
  9. ^ 日本列島の最寒期に世界最古級の土器登場、東京大学解明 - 大学ジャーナルオンライン”. 大学ジャーナルオンライン. RSS. 2023年5月5日閲覧。
  10. ^ 中国で世界最古の土器片 2万年前、料理の跡?”. 日本経済新聞. 2023年5月5日閲覧。

参考文献[編集]

  • 谷口康浩極東における土器の起源とその年代」『名古屋大学加速器質量分析計業績報告書』第11巻、名古屋大学年代測定資料研究センター 天然放射性元素測定小委員会、2000年3月、17-37頁、CRID 1390853649334658944doi:10.18999/sumrua.11.17hdl:2237/13471 

関連項目[編集]