塚山遺跡

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塚山公園に復元された縄文時代の住居

塚山遺跡(つかやまいせき)は、東京都杉並区下高井戸、現在の塚山公園およびその周辺にある縄文中期の遺跡跡。1932年昭和7年)から1938年(昭和13年)にわたって調査が行われており、竪穴式住居跡、その他の出土物が発掘された。 塚山公園に遺跡のミニチュアおよび竪穴式住居(復元)が展示されている。

所在地[編集]

  • 神田川流域の杉並区下高井戸5丁目(都立和田堀公園内、杉並区立塚山公園内、当時の朝日新聞社用地内)

調査の経過[編集]

第一次[編集]

現在の杉並区下高井戸5丁目にあたる付近にて東京府立工芸学校(現・東京都立工芸高等学校)の佐藤不二夫が土器採集の目的で小発掘を行う。

第二次[編集]

大槻宏による炉ぶちに使用されたと考えられる大型土器の発掘が行われる。

第三次[編集]

1935年(昭和10年)秋、杉並区教育委員会教育長大石金一が竪穴式住居が地下にあることを確信し、1936年(昭和11年)頃に阿玉台式土器を炉ぶちに使用した竪穴式住居を発掘[1]

第四次[編集]

1938年(昭和13年)、明治大学後藤守一博士の指導により、発掘調査が行われ4基の竪穴式住居跡が発掘された[1]

その後[編集]

1973年(昭和48年)には、住居跡20軒が発掘され塚山遺跡が縄文時代中期の環状集落であることがわかった[2]1999年(平成11年)には「下高井戸塚山遺跡」の名称で杉並区指定史跡に指定された[3]

塚山遺跡の復元図

出土物[編集]

土器[編集]

  • キャリパー形深鉢土器、浅鉢形土器、円筒形深鉢など[4]

石器[編集]

勾玉および小玉[編集]

  • 勾玉 - 緑色の軟玉製で、不純物をあまり含まない[4]
  • 小玉 - コバルト色のガラス製でやや濁っている。比較的澄みきっているものもある[4]

保存・展示状況[編集]

塚山公園に1985年(昭和60年)に発掘された縄文時代中期の復元された竪穴式住居址が展示され、内部には、当時行われたと考えられる生活の様子が展示されている[5]

参考文献[編集]

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  1. ^ a b 杉並区教育委員会『文化財シリーズ2 都立和田掘公園・大宮遺跡・下高井戸塚山遺跡発掘調査報告書』、1971年(昭和46年)3月31日発行
  2. ^ 杉並区教育委員会の設置した塚山公園内の案内板、1991年(平成3年)3月
  3. ^ 指定文化財 史跡 - 杉並区
  4. ^ a b c d 杉並区教育委員会『文化財シリーズ11 下高井戸塚山遺跡 発掘報告』1975年(昭和50年)3月30日
  5. ^ 松ノ木遺跡と下高井戸塚山遺跡 - 杉並区

関連項目[編集]