馬高遺跡

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馬高遺跡(うまたかいせき)は、新潟県長岡市関原町一丁目字中原にある縄文時代中期の遺跡。国の史跡に指定されている。

概要[編集]

信濃川西岸の丘陵上に立地している。

沢をはさんで西に隣接する縄文時代後期の三十稲場遺跡と併せて馬高・三十稲場遺跡と一括して扱われることもあるが、主時期を異にしている。ともに集落遺跡で、土偶耳飾石棒ヒスイ製玉類などの各種の祭祀にかかわる遺物も豊富に認められる。

三十稲場遺跡とともに近藤勘治郎篤三郎の父子により縄文時代中期の遺物が確認されたことから縄文集落の広がりが確認された。北陸地方の縄文時代中期に特徴的な火焔土器の出土が特に有名であり、馬高遺跡はいわゆる火焔土器(「馬高式」土器)の標式遺跡となっている。いっぽう、三十稲場遺跡出土土器には、縄文時代後期初頭の標準型式「三十稲場式」となっているものがある。

現在、両遺跡で出土した土器群は長岡市馬高縄文館に展示してある。土器群のうち深鉢形土器1点が1990年に国の重要文化財に指定[1]。2002年に土器・土製品126点と石器・石製品173点が重要文化財に追加指定され、指定名称を「新潟県馬高遺跡出土品」と改めた[2]

1979年2月には三十稲場遺跡とあわせ「馬高・三十稲場遺跡」として、国の史跡に指定された。

脚注[編集]

  1. ^ 平成2年6月29日文部省告示第92号
  2. ^ 平成14年6月26日文部科学省告示第121号

参考文献[編集]

(参考画像)伝・馬高遺跡出土の「火焔土器」(馬高式土器)。縄文時代中期。把手部分に典型的な鶏頭冠形が見える(東京国立博物館蔵)
  • 馬高縄文館 『火焔土器と馬高・三十稲場遺跡』 長岡市教育委員会〈馬高縄文館解説シリーズNo.1〉、2010年 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯37度26分49.8秒 東経138度46分4.7秒 / 北緯37.447167度 東経138.767972度 / 37.447167; 138.767972