小牧野遺跡
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環状列石の全体像 | |
| 所在地 | 青森県青森市野沢字小牧野 |
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| 座標 | 北緯40度44分15.0秒 東経140度43分41.4秒 / 北緯40.737500度 東経140.728167度座標: 北緯40度44分15.0秒 東経140度43分41.4秒 / 北緯40.737500度 東経140.728167度 |
| 種類 | 遺跡 |
| 歴史 | |
| 時代 | 縄文時代 |
| 文化財指定 | 国の史跡(1995年3月指定) |
小牧野遺跡(こまきのいせき)は、青森県青森市野沢字小牧野にある縄文時代後期前半の遺跡。国の史跡に指定され、出土品は青森市指定有形文化財に指定されている。2021年(令和3年)、「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界文化遺産に登録された。
三内丸山遺跡の南およそ8kmの場所に位置する。2015年(平成27年)5月3日に約1.5km離れたところにある旧青森市立野沢小学校(2012年(平成24年)3月に閉校)を改修し、「青森市小牧野遺跡保護センター」(愛称:縄文の学び舎・小牧野館)が開設された[1][2]。
概要
[編集]小牧野遺跡は、荒川と入内川に挟まれた台地上、標高145m付近のところにある。遺跡は古くからその存在が知られてはいたが、長い間調査はされていなかった。しかし1980年代前半、当時青森山田高等学校に勤務していた葛西励が発掘調査を実施。続縄文時代の遺物を発掘し、遺跡としての認知度が上がる。その後、青森市教育委員会が1985年(昭和60年)に高田村史の編纂のために発掘調査を実施し、土器などを発掘。そして、1989年(平成元年)には青森山田高等学校の考古学研究会(顧問:葛西励、高橋潤)が環状列石を発掘し、青森市の有名な遺跡の一つとなる。1990年(平成2年)から青森市教育委員会が調査を受け継ぎ、竪穴建物跡、湧水遺構、当時の墓、道路状遺構などを発掘した[3]。後に廃校された野沢小学校を利用した展示施設「縄文の学び舎・小牧野館」がオープンし、小牧野遺跡の出土品やその他青森市による発掘調査の出土品を展示している。
遺跡の概要
[編集]環状列石
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直径2.5mの中央帯、直径29mの内帯、直径35.5mの外帯の三重の輪のほか、さらに外側に、一部四重となる弧状列石や、直線状列石、直径4mの環状列石などがあり、直径は55mにもおよぶ。
荒川から運んだと推測された石を、縦に置き、さらにその両脇に平らな石を横に数段積み重ね、さらにその脇に縦に石を置いて環状に並べて、そうして出来た環をさらに三重(一部四重)にしている。この並べ方は石垣の積み方に類似する煩雑な並べ方からも全国的にも非常に珍しく、「小牧野式」と呼ばれている。
配石の中に大型壺形土器(甕棺;かめかん)もみられる。
なお、北にある三内丸山遺跡でも同様の遺構が確認されているため、何らかの関連を示唆する声もある。
信仰対処となっていた為か、「馬頭観音」という文言が彫られている石もある。
土器・石器
[編集]土坑墓周辺から大量の土器が発掘されている。また続縄文文化(北海道を中心に栄えた続縄文時代に基づく文化)に属すると思われる土器も見つかっている。特徴的なものとしては祭祀に使われたと思われる三角形岩版や円形岩版がある。
湧水遺構
[編集]地元に「竜神様が出る泉がある」や「人が泉に水を飲みに行ったところ大蛇に食われてしまった」などといった伝説が伝わっていたため、調査したところ発見された。今もなお水が湧き出ている。
墓
[編集]墓石らしきものが存在するものもあるが、墓ごとにそれぞれ異なり、個性的な墓が多い。墓道の斜面の上部には環状列石があり、縄文時代であってもすでに身分制度があったのではないかという指摘もある。
柱穴
[編集]遺跡からは柱の跡と見られる穴が見つかっている。そのため、ここに何らかの建物が存在していたと推測される。
- 焼成前に彩色された土器
青森市教育委員会蔵、京都文化博物館特別展示時に撮影。 - 鐸形土製品
青森市教育委員会蔵、京都文化博物館特別展示時に撮影。
文化財
[編集]国の史跡
[編集]- 小牧野遺跡 - 1995年(平成7年)3月17日指定、2001年(平成13年)8月13日に史跡範囲の追加指定。
青森市指定文化財
[編集]- 有形文化財
- 小牧野遺跡の縄文後期の遺物 67点 - 縄文の学び舎・小牧野館保管。2013年(平成25年)4月1日指定。
- 小牧野遺跡の続縄文土器 1点 - 縄文の学び舎・小牧野館保管。2013年(平成25年)4月1日指定。
交通
[編集]出典
[編集]- ↑ “縄文時代知ろう、2施設オープン あす小牧野遺跡”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 朝刊 青森全県版. (2015年5月2日)
- ↑ “北海道・北東北の縄文遺跡群 まるごとナビ2022”. 縄文遺跡群世界遺産本部(三内丸山遺跡センター世界文化遺産課内). 2024年12月1日閲覧。
- ↑ 遠藤正夫他 編著「小牧野遺跡発掘調査報告書」『青森市埋蔵文化財調査報告書』30、青森市教育委員会、1996年。