E電
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E電(イーでん)とは、1987年(昭和62年)の日本国有鉄道(国鉄)分割民営化に伴い、「国鉄(近郊区間の)電車」の略称である「国電」に代わるものとして、東日本旅客鉄道(JR東日本)が決めた愛称[1]。しかし一般にはこの愛称が定着することはなかった[2]。英語表記の場合は「INTRA-CITY AND suburban TRAINS」(「都市近郊区間列車」の英訳)。
概要[編集]
経緯[編集]
当時、「国電」という言葉が広く使われていたが、国鉄民営化により"国鉄電車"でなくなったため、意味上のずれが生じることになった。そこで、「国電」に代わる新たな呼称が分割民営化直後の4月20日から5月5日に一般公募され[1]、59,642通(2,513案)の応募があった。応募では1位は「民電」5,311通となり、以下2位「首都電」2,863通、3位「東鉄」2,538通、4位「日電」2,281通、5位「民鉄」1,786通と続いた[3]。その中から小林亜星及び沼田早苗並びに山之内秀一郎副社長はじめ同社役員6名による選考委員会によって[3][4]、2位の「首都電」、20位の「E電」の2つにしぼり込まれた[3]。なお8位までは1,000通以上の応募があったが、20位の「E電」は390通に過ぎなかった[1]。
5月13日には「E電」と発表[1]、翌14日には「E電」のヘッドマークを装着した列車も走りだした。なお他の候補が選ばれなかった理由として、1位の「民電」は「民営化されたことを示す名前で、その他の私鉄(民鉄)電車とも紛らわしく、長く定着するとは思えない」、2位の「首都電」は「『スト電』と揶揄(やゆ)される可能性があり、また、言いにくい」、 3位の「東鉄」は「語感が堅く、国鉄時代の『東京鉄道管理局』の略称と同じで、新鮮味がない」などといったことがあったとされている。
上位には、「日電」、「民鉄」、「東電」、「都電」、「関電」などの応募もあったが、既に他の企業・団体や路線の略称として使われていたために除外された[5]。
語句の意味[編集]
「EにはEast、Electric、Enjoy、Energyなどの意味が込められている」と説明された[3]。ローマ字で「Eden」と書けるので、「エデン」と呼ばれたこともある。
宣伝[編集]
当時のJR各電車内の中吊りでは、「ウィッキーさんのワンポイント英会話」(日本テレビのニュース情報番組『ズームイン!!朝!』内のコーナー)で知られたアントン・ウィッキーを登用し、「E電、いい言葉でしょ?」というフレーズでPR広告を行った。同時期に「ひと駅マンガ」というドア上の横長広告スペースを利用した4コマ漫画型の自社広告も始まり、ここでもE電を宣伝していた。
普及の失敗[編集]
大々的にネーミングされたが、結局は普及せずにほとんど使われなくなった。「国鉄」の代替呼称である「JR」が、広く元の「国電」を含むものとして定着し、多くの人は「JR」または「JR線」を「E電」の代わりに使用するか、路線名(例:山手線)を直接呼ぶことで代替するようになった。不動産会社の広告でも「E電○○駅下車徒歩何分」といった表現はほとんど使われなかった。JR以外の私鉄なども、乗換の案内や駅の表示でJRの路線をひとまとめにして「JR線」とするか、路線名を直接案内している。なお、「国電」という言葉が一般人の間で復活し、再度広く使用されるようになる事も無かったため、現在では元の「国電」に対応する一般的な呼称は無くなっているが、その事による利用上、案内上の問題は特に生じていない。そもそもどの範囲をE電とするか(電車特定区間か、東京近郊区間か、中距離電車を含めるか)が曖昧であった。
- 不評の原因の一つの例として、「E」は野球等でいう「エラー(Error)」を表すなど、「E」という文字にマイナスのイメージがあったことが挙げられる。読売新聞は発表翌日の5月14日朝刊で「E電 イイ電? エラー電?」の見出しとともに、塩田丸男の「イースト、エンジョイのEといっても、エラーのEでありエロのEでもある。ちょっと、どうかと思うねえ」とのコメントを載せた[6]。実際に「E電」のヘッドマークを装着した列車が走り始めた14日には新川崎駅や新松戸駅で飛び込み事故のためダイヤが乱れ、同日の毎日新聞夕刊は「E電は“エラー電”?!」の見出しの8段抜き社会面トップ記事で報じた[7]。
- また、日本語と英語を混ぜ書きにした事に対する批判もあった。しかし、「JR線」「グリーン車」や、新幹線の「Max○○」、特急列車の「スーパー○○」などのように、旅客案内において日本語と英語を混ぜ書きしている例は数多く、この批判はあまり的を射ているものではないとする意見もある。
- 「E電」が定着しなかったことについては、ネーミングの失敗例としてしばしばテレビ番組や雑誌記事などに取り上げられた。なお小林亜星は、定着しなかった理由を「JR東日本が、定着させるための努力を怠ったからだ」とコメントしている。
- 当時の日本ソフトバンクが発行していたパソコン雑誌の「Oh!X」1987年12月号p.40に「Oh!MZ」からの改題記念特別企画として掲載されていた記事「東京パソコン購入アドベンチャー」の中には「E電(なんて呼び名誰が使ってるのだろうか)秋葉原駅を降りると…」という記述があり、このことから「E電」が半年前後経っても殆ど浸透していなかったことが伺えるエピソードといえる。
- JR東日本による同種の命名失敗例としては、他に北陸新幹線における愛称の「長野行新幹線」があるが、これは北陸地方への配慮など様々な経緯が含まれている。詳しくは長野新幹線の該当項目を参照。
その他[編集]
- 「関東と関西で統一する」という案もあったが、「分割民営化したのだから各社に任せるべきだ」との声から実現しなかった。ちなみに、関西ではその後「アーバンネットワーク」という名称が制定され(ただしこちらは電車特定区間以外の区間も含まれる)、こちらはそれなりに知名度もあるのは対照的である。しかし2000年代後半以降、アーバンネットワークの名称もほとんど使用されていない。
- 死語となってしまった「E電」は、旅客案内でもほぼ用いられなくなり、ほとんどの駅の案内からも消えてしまった。ただし、『JR時刻表』の「普通運賃の計算」ページにおいては2016年4月号でも「東京の電車特定区間(E電)」の表記があり[8]、現在でもこの部分を引用したJRのポスターやプレスリリース[9]等で同じ表記が使用されることがある。
- 『JR時刻表』内でも、東京近郊路線の時刻表に添えられていた「東京地区(E電・標準時分)」のE電表記は、1997年に抹消され、それ以降は「東京地区(標準時分)」となっている[10]。続いて、欄外の「乗り換え(掲載ページ)」に記載された「E電各線」も、1998年に「東京近郊各線」に変更されている[11]。
- かつては蒲田駅東口にこの表記が残っており、貴重な現存例として知られていたが、駅ビル工事にともない撤去された。また、常磐快速線の駅・所要時間案内(右の画像と同様のもの)でも、快速電車について「E電快速」との表記がなされていたが、中距離普通列車との停車駅統一の頃(停車駅統一の2004年3月頃 - 呼称統一の10月頃)に取り替えられ、この表記はなくなった。
- 現在も残っている一般旅客用の表記としては、東京駅総武地下ホーム階段上部の壁面に、その壁の前に吊り下がる案内標の後ろで見えにくい形ではあるが現存している。また、部内用語としては現存しており、JR東日本管内の中央線を例に取ると東京 - 高尾間を「快速線」「急行線」「E電線」と、高尾以西を「列車線」「中央本線」と呼び分けられている。
- 山梨県内では東京方面から乗り入れる中央線快速のことをE電と呼ぶことがあり[12][13]、現在でも路線図(駅の柱に掛けられている縦長のもの)に表記されている。しかし近年、上野原駅などでは「E電」表記が無い路線図に架け替えられた。
- 「E電」区間駅のマイクアナウンス時に一部駅員が自発的に「E電山手線、池袋・上野方面行き・・・」などと用いることがある。[要出典]
- E電(国電)の範囲とはやや異なるが、指令業務分野において、線区の区分として山手線・京浜東北線・根岸線・埼京線などを管轄する「E電方面指令」という言葉が残っている[14]。
脚注[編集]
- ^ a b c d 『鉄道ジャーナル』第21巻第10号、鉄道ジャーナル社、1987年8月、 121頁。
- ^ 川辺 2014, p. 34.
- ^ a b c d “旧国電の新愛称、「E電」に決まる 20位から大抜てき”. 朝日新聞朝刊: p. 27. (1987年5月14日)
- ^ “「E電」は“いい電”車?!”. 毎日新聞朝刊: p. 27. (1987年5月14日)
- ^ ただし日本電気については一般的に「NEC」と呼ばれ、「日電」と呼ばれることはほとんどない。
- ^ “E電 イイ電? エラー電?”. 読売新聞朝刊: p. 26. (1987年5月14日)
- ^ “E電は“エラー電”?!”. 毎日新聞夕刊: p. 13. (1987年5月14日)
- ^ 『JR時刻表』、交通新聞社、2016年4月号、930頁
- ^ 例えば、2016年4月6日発表のプレスリリース中に「※電車特定区間(E電区間)の各駅に導入します。」という表現がある。“首都圏エリアへ「駅ナンバリング」を導入します 2020年東京オリンピック・パラリンピックを見据え、よりわかりやすくご利用いただける駅を目指します” (pdf) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道, (2016年4月6日) 2016年6月8日閲覧。
- ^ 『JR時刻表』、弘済出版社、1997年3月号、692 - 714頁には「E電」表記あり。同、1997年12月号、692 - 714頁には「E電」表記なし。
- ^ 例えば『JR時刻表』、弘済出版社、1997年12月号、145頁欄外は「E電各線」、同、1998年12月号、146頁欄外は「東京近郊各線」。
- ^ 大月短期大学の交通アクセス
- ^ “JR中央線の速達性・利便性の向上”. 山梨県. 2015年7月26日閲覧。
- ^ 川辺 2014, pp. 34-35.
参考文献[編集]
- 川辺謙一 『東京総合指令室―東京圏1400万人の足を支える指令員たち』 交通新聞社〈交通新聞社新書〉、2014年。ISBN 9784330507149。