韓国GM

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韓国GM
GM KOREA Company
種類 公開会社
本社所在地 韓国の旗 韓国
仁川広域市
設立 1937年
業種 製造業
事業内容 自動車製造
外部リンク http://www.gm-korea.co.kr/
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韓国GM
各種表記
ハングル 한국GM
漢字 韓國GM
発音 ハングクジエム
英語 GM KOREA Company
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韓国GM(かんこくジーエム, GM Korea)はゼネラルモーターズ子会社の韓国自動車メーカー。2011年第一四半期にGM大宇自動車技術 (GM Daewoo Auto and Technology) から当社名へ変更すると発表され[1][2]、2011年3月1日より正式に現在の社名での展開をスタートした。
スローガンは「CHEVROLET FIND NEW ROADS」

概要[編集]

2000年に大宇自動車が経営破綻すると、アメリカのゼネラルモーターズ(GM)が旧大宇自動車の大部分を買収し、後に「GM大宇オートアンドテクノロジー」となる。「GMDAT(ジーエムダット)」とも呼ばれる(GMDATはGM Daewoo Auto & Technology Companyの略)。GMグループ内でコンパクトカーサブコンパクトカーの生産・開発を行っていた。2009年に親会社のGMが破綻の危機に瀕すると、GM大宇もまた経営危機に陥っていた[3]。2011年1月には「韓国GM」 (GM Korea) へと改称することが発表された[1]。なお、後述のようにこの会社は大宇の名が使われる以前にGMコリアという社名を使用していた時期があり、皮肉にも今回の大宇の名称が消えた名称変更でまたGMコリアを名乗ることとなった。

歴史[編集]

  • 1937年 キム・ヤンジョにより、"国産"や"自家製"を意味するグクサン自動車(Guksan Automotive。英字資料ではNational Motorと訳される事もある)が、仁川にて創業。主に貨物自動車の生産に従事[4]
  • 1954年 金昌源(キム・チャンウォン、弟)・金済源(キム・ジェイウォン、兄)兄弟により、新進工業が設立される。創業当初は自動車部品の製造工場であったが、1958年からは朝鮮戦争アメリカ軍により使用されたジープの修理や改造に着手し始める[5]
  • 1962年 在日韓国人実業家の朴魯貞(パク・ノジョン)により、"新しい国"を意味するセナラ自動車ドイツ語版새나라자동차)が設立される。朴正煕国家再建最高会議議長(後、大統領)による第一次五カ年計画の一環として韓国政府の支援の下、富平区に年産6000台を見込む新工場を設立[6]日産自動車と提携し、同年11月よりP312型ブルーバードを「セナラ」の名称でノックダウン生産する[7]。同年、新進工業も事業を拡大し、軍用トラックの部品を流用したマイクロバスの製造に着手、公共交通機関で採用される等の成功を収める[8]。同年、グクサン自動車が倒産。同社の最後の社長であった李敏禹(リ・ミンウ)が金昌源の誘いを受け、新進工業に専務として就任する[9]
  • 1963年 5月、セナラ自動車はP312型セナラを2773台生産した段階で経営破綻。原因は韓国政府関係者による中間搾取により、工場の建設費用が当初予定の2倍を超えるほど膨れ上がった事。当時の韓国国内での販路の脆弱さから、建設費用を販売価格に転嫁できず、政府への借入金の支払いが行えなくなった事等も一因とされる[10]が、直接的な原因は金鍾泌が関わった後述のセナラ自動車疑惑事件であった。同年11月、新進工業はP312型セナラをデッドコピーする形で新星号の製造を開始する。新星号はセナラの2倍近い価格を設定した上に、エンジントランスミッションを始め多くの部品をジープの中古車から流用していた為、セナラと比較しても非常に故障しやすく、1966年の製造終了まで322台しか売れなかった[8][10]
  • 1964年 新進工業が新進自動車英語版(シンジン-、신진자동차)と改称。同年10月、同社専務がトヨタ自動車を訪れた事が契機となり、トヨタとの間に技術供与契約の「仮調印」を行う。仮となっているのは同年の段階で日韓間の国交が回復していなかったためとされる[9]
  • 1965年 7月、韓国政府は韓国車の部品の国内製造比率を、1967年までに90%以上とする事を目標にした三ヵ年計画を策定。その計画の一環として、新進自動車を小型車生産の独占企業に指定し、旧セナラ自動車の製造施設の買収を働きかける事となる。同年11月、新進工業がセナラ自動車の製造施設を取得するも、セナラの経営破綻の時点で日産自動車との提携関係が消滅していた為、翌年のトヨタとの提携までの繋ぎとして、新三菱重工業から100台分の"Gold"モデル(三菱・コルト1000の誤読とみられる)のノックダウン生産部品を輸入する。新進によるセナラ買収では韓国政府によるかなり露骨な後押しがあったようで、他の韓国車メーカーからは大いに顰蹙を買ったという[11]石坂芳男の回想によると、「日韓基本条約締結直後の韓国では外貨が不足していた事もあり、当時経営トップであった弟の社長が病気療養中に、兄の会長が勝手に三菱とのノックダウン契約を決めてしまった。」らしく、これに対してトヨタ自販神谷正太郎は、元衆議院議員朴春琴を通じて朴正煕に抗議の書簡を送り、三菱の部品輸入禁止措置を取らせる事で、新進に三菱との契約継続を断念させたという。当時のトヨタはセナラのブルーバードのノックダウン生産によって、小型大衆車の海外進出で日産に先行されていた事に焦燥感を抱いており、韓国企業のガバナンスの杜撰さに辟易しながらも、コロナの海外進出の為に、政財界からも手を回すなりふり構わぬ手段も用いて交渉を進めていったという[9]
  • 1966年 5月トヨタ自動車と正式に提携開始。クラウンコロナパブリカトヨエースノックダウン生産する。(トヨエースは『エース』の車名で新進ブランドで販売)
  • 1972年 トヨタが撤退後、GMが資本参加し、社名「GMコリア」(GM코리아)に変更する。シボレー1700(ホールデン・トラーナがベース)やレコード1900、ロイヤル(オペル・レコルトDがベース)をノックダウン生産する。
  • 1976年 韓国産業銀行がGMコリアの持ち株を購入し、世韓自動車英語版(セハン-、새한자동차、Saehan Motor Company)に社名変更。いすゞ・ジェミニいすゞ・エルフノックダウン生産する。
  • 1978年 7月、大宇財閥が産業銀行から持ち株を購入、セハン自動車は大宇傘下に入る。
  • 1983年 韓国の大宇財閥が資本参加するが、GMとの提携は続く。社名を「大宇自動車」に変更する。ルマン(オペル・カデット)、ローヤル(オペル・レコルトE)などを生産する。
  • 1991年 スズキ・アルト(3代目)を「ティコ」の車名で生産。本国では国民車として税金が優遇された。
  • 1990年代中盤 ホンダと技術提携。アカディア(2代目レジェンド)をノックダウン生産する。
  • 1997年 雙龍自動車を買収する。以後、雙龍の車種は大宇が2000年に経営破綻(はたん)するまで大宇ブランドでも販売される。
  • 1998年 コンパクトカーマティスがヨーロッパを中心に売れ、経済危機に陥った韓国でも価格の安さで大ヒットする。
  • 2000年 大宇自動車が経営破綻。
  • 2002年 GMが旧大宇自動車の大部分を買収して「GM大宇自動車技術」を発足させる。また旧大宇自動車のトラック部門とバス部門がそれぞれ「大宇商用車」(後にインドタタ・モーターズに買収されて「タタ大宇商用車」となる)、「大宇バス」として分離独立する。
  • 2004年 海外市場では自動車販売ブランドとしてのDaewooの名前が消えてChevroletシボレー)となる(韓国国内では引き続きDaewooブランドで発売。日本に輸入されているマティスについても引き続きDaewooブランドで発売している)。よってDaewoo MatizChevrolet Matizと変更になる。なお、ラセッティは国によってブランドを換えて販売している。(欧州、日本およびアジア諸国:シボレー、北米:スズキ、豪州:ホールデン、中国:ビュイック)
  • 2006年 7月の海外市場での販売台数が初めて現代自動車を上回る。これは現代自動車でのストライキによる生産停止と、新型SUVの売れ行きが好調だったことによる。
  • 2011年 1月19日、GMは韓国市場において大宇ブランドを廃止し、今後導入する新車をシボレーブランドとすることを正式に発表した。シボレーのハングル表記が시보레から쉐보레に変更された。また、これに伴いGM大宇自動車技術の社名も韓国GMに変更される。また、社名変更を機にコルベットカマロも夏期までに導入する[1][12][13]。GMは高級車の「アルフェオン」と軽商用車の「ダマス」「ラボ」については、今後もシボレーブランドを冠せず独立ブランドで市場に投入することを伝えている[14]
  • 2011年3月1日 社名変更。以降に登場する車種ならびに一部既存車種は上述の「アルフェオン」「ダマス/ラボ」以外の全車種をシボレーブランドに切り替えて発売する。また、カマロとコルベットに加え、クルーズ(旧車名:ラセッティプレミア)ベースのミニバン「オーランド」を発売することも発表された。 シボレーの販売台数は約500万台/2013年、韓国GMでの生産台数は約90万台/年
  • 2013年12月6日 GMは2015年末で欧州での「シボレー」の販売を終了して、「オペル」と「ボクソール」に資源を集中すると発表。 韓国GMの生産車種は90%以上がシボレーブランド。 2012年、韓国GMが欧州に輸出したのは18万6000台だった[15][16]

生産拠点[編集]

大韓民国

  • 富平(仁川)工場:自動車の組立およびガソリン/LPGエンジンの製造(生産能力:年44万台)
  • 群山工場:自動車の組立及びディーゼルエンジンの製造(生産能力:年26万台)
  • 昌原工場:自動車の組立及びガソリン/LPGエンジンの製造(生産能力:年21万台)
  • 保寧工場:トランスミッション及びエンジン部品の製造

ベトナム

  • VIDAMCO (Vietnam-Daewoo Motor Company) :自動車の組立(生産能力:年1.1万台)

車種一覧[編集]

2015年8月現在。★はアメリカからの輸入車。

シボレーブランドを名乗る車種

シボレーブランドを名乗らない車種

過去の生産車種一覧[編集]

セナラ自動車時代の生産車種[編集]

セナラ自動車がライセンス生産した日産のブルーバード
  • ブルーバード(初代日産ブルーバードのライセンス生産車)

新進自動車時代の生産車種[編集]

  • 新星号(6人乗り大型高級セダン。ブルーバードをデッドコピーしたボディとシャーシに、中古ジープから流用したパワートレインを架装したものであった)
  • パブリカ(初代トヨタ・パブリカのライセンス生産車)
  • コロナ(3代目/4代目トヨタ・コロナのライセンス生産車)
  • クラウン(2代目/3代目/4代目トヨタ・クラウンのライセンス生産車)
  • エース(トヨタ・トヨエースのライセンス生産車)
  • ジープ(アメリカン・モータース製ジープのライセンス生産車)

GMコリア時代の生産車種[編集]

  • シボレー1700/カミーナ(ホールデン・トラーナのライセンス生産車)
  • レコード
  • セマウル
  • ジープ(アメリカン・モータース製ジープのライセンス生産車)

セハン自動車時代の生産車種[編集]

セハン自動車でライセンス生産したいすゞジェミニ(初代)
  • ジェミニ(初代いすゞジェミニ/オペル・カデットのライセンス生産車)
  • メプシ(ジェミニのマイナーチェンジ版)
  • ローヤル(オペル・レコルトがベースの中型セダン)
  • エルフ(いすゞエルフのライセンス生産車)
  • シボレー1700/カミーナ(ホールデン・トラーナのライセンス生産車)
  • ジープ(アメリカン・モータース製ジープのライセンス生産車)

大宇自動車設立以後の生産車種[編集]

  • メプシ(セハン・ジェミニのマイナーチェンジ版)
  • メプシーナ(ジェミニ/メプシのマイナーチェンジ版)
  • ルマン(オペル・カデットがベース。ポンティアックブランドでアメリカとニュージーランドにも輸出された)
  • シエロ(オペル・カデットがベース)
  • ネクシア(シエロの5ドアハッチバック)
  • ラノス(サブコンパクトセダン)
  • ラノスロミオ(ラノスの3ドアハッチバック)
  • ラノスジュリエット(ラノスの5ドアハッチバック)
  • ラノスII(ラノスのMC版)
  • エスペロ(小型セダン。ベルトーネがデザイン)
  • ヌビラ(小型セダン。シエロ/ネクシアの後継車)
  • ヌビラII(ヌビラのMC版)
  • ローヤル/ローヤルサロン(オペル・レコルトがベースの中型セダン。ローヤルサロンは当時のトヨタ・クラウンに酷似していた)
  • プリンス/ローヤルプリンス(オペル・レコルトがベースの中型セダン)
  • レガンツァ(中型セダン。エスペロの後継車)
  • スーパーサロン(プリンスがベースの高級セダン)
  • インペリアル(プリンスがベースの大型高級セダン)
  • アカディア(ホンダ・レジェンドのライセンス生産車)
  • バネット(日産バネットのライセンス生産車)

大宇国民車の生産車種[編集]

  • ティコ(3代目スズキ・アルトがベース)

GM大宇に名称変更されてから生産が終了した車種[編集]

韓国GMに名称変更されてから生産が終了した車種[編集]

雙龍自動車の生産車種[編集]

日本メーカーとの提携[編集]

設立当初のセナラ自動車時代は日産自動車と提携しブルーバードを生産、新進自動車時代はトヨタ自動車と提携しクラウンコロナパブリカなどを生産。GMコリア/セハン自動車/大宇自動車の時代はGMと関係が深い日本のメーカーの車種を生産。いすゞ(エルフ、ジェミニなど)やスズキ(アルト、キャリイ)を生産していた。また非GM系メーカーの車種も生産、2代目ホンダ・レジェンド日産・バネットがあった。

「セナラ自動車(現、GM大宇)疑惑事件」[編集]

1961年の朴正熙軍事クーデターの後、韓国経済復興策の一つとして、韓国を代表する自動車産業を育成しようという国策により、当時のKCIA(韓国中央情報部)部長の金鍾泌から協力要請を受けた在日韓国人実業家、朴魯貞(ホテル経営など)。後妻は金剛山国際グループのマダム・パクこと朴敬允)が日本の日産自動車の部品を使ったノックダウン(現地組立て)の自動車会社「セナラ自動車」を設立。ところが、韓国初の自動車会社だったセナラ自動車は金鐘泌の資金源として利用される。ノックダウンの車は生産コストの安さから価格操作を行いやすいため、セナラの車にも金鐘泌の取り分が上乗せされた。金鐘泌は配分増加や企業献金を強引に要求し、朴がこれを拒絶すると彼のパスポートを取り上げ、拘束し、拷問にかけた。朴は傷だらけで釜山港から漁船に隠れ、密入国で日本へ逃亡。事件後に韓国入国禁止となった。

セナラ自動車はこの事件の後に経営破綻し廃業となる。朴自身は入国禁止が解けた後、再び韓国に渡り現地で1987年に死亡。およそ350億円の遺産を残す。

この事件は企業と政府の癒着疑惑として韓国では社会問題となった[17]

その他[編集]

  • 韓国ドラマ「パリの恋人」に登場する「GD自動車」はGM大宇がモデルとされている。
  • アメリカ映画「TAXI NY」ではラノスのハッチバックと思われる車が出てくる(このハッチバックのことをベル(主人公)が"大宇"と言っている。「こんなクルマ乗れるか」というニュアンスが含まれる)。

関連項目[編集]

出典・脚注[編集]

  1. ^ a b c Officially Official: Chevrolet replaces Daewoo name in Korea”. Autoblog (2011年1月19日). 2011年1月21日閲覧。
  2. ^ もっとも、1971年に新進自動車とGMが共同で設立した際も、1978年に大宇グループに買収されて大宇自動車となるまでの間も「韓国GM」だったため、33年ぶりの社名復活ともいえる。
  3. ^ 米GM首脳「GM大宇への新規投資は韓国政府の支援が先決」 donga.com 2009年4月29日
  4. ^ Harald Linz、Halwart Schrader 「Die Internationale Automobil-Enzyklopädie」United Soft Media Verlag、ミュンヘン、2008年、ISBN 978-3-8032-9876-8、Kapitel Daewoo (I)
  5. ^ Odaka (1983), p. 290.
  6. ^ The Republic of Korea at 60: shopping, cars and mobile phones - Korea.net
  7. ^ Lee Ho-jeong: Short-lived Saenara sedan earned a place in history books In: Korea Joongang Daily vom 27. Juli 2009. (englisch, abgerufen am 27. Dezember 2015)
  8. ^ a b 1960s Sinjin “hybrid” car used foreign and domestic parts - Korea JoongAng Daily
  9. ^ a b c MMRC DISCUSSION PAPER SERIES No. 448 トヨタの第一次韓国進出と新進自動車工業 -石坂芳男氏の口述記録- - 東京大学ものづくり経営研究センター
  10. ^ a b 1962 Datsun Bluebird 312 - A Daewoo Datsun ? - earlydatsun.com
  11. ^ Lew (1992), p. 138. "With this background, Shinjin took over the Saenara plant in November 1965. At first Shinjin made a technical tie-up with the Mitsubishi Motors Company and assembled 100 units of the Mitsubishi "Gold" model with imported and SKD parts. Other firms denounced the government and Shinjin because this was against the government’s objective of localizing the parts industry and, further, the bad precedent of Saenara was being followed. With growing criticisms from other companies, Shinjin balked on the Mitsubishi deal. Then in May 1966 Shinjin made a technical tie-up with Toyota and began to assemble a Toyota model, "Corona"."
  12. ^ 「大宇」の名前消滅、韓国GMに社名変更 朝鮮日報 2011年1月20日
  13. ^ その後、カマロは2011年7月、コルベットは2012年5月より導入開始された。
  14. ^ GM to Drop Daewoo Name and Replace it with Chevrolet in South Korea”. Carscoop (2011年1月20日). 2011年1月21日閲覧。(英語)
  15. ^ 米GMが欧州でシボレー撤退へ、オペル・ボクソールに資源集中」 ロイター 2013年 12月 6日
  16. ^ シボレー、2013年度の世界販売台数を発表」 GM・デトロイト 2014年1月13日
  17. ^ Logged tree under 4210

参考文献[編集]

外部リンク[編集]