臨時全ロシア政府

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
臨時全ロシア政府
Временное Всероссийское правительство
憲法制定議会議員委員会
:en:Provisional Siberian Government
:en:Provisional Siberian Government
1918年 - 1920年 ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国
:en:Russia Eastern Outskirts
西比利亜自治團
臨時全ロシア政府の国旗
(国旗)
公用語 ロシア語
首都 オムスク
最高指導者
1918年11月18日 - 1920年1月14日 アレクサンドル・コルチャーク
閣僚評議会議長
1918年11月4日 - 1919年11月22日 ピョートル・ヴォロゴーツキイロシア語版
1919年11月22日 - 1920年1月4日 ヴィクトル・ペペリャーエフロシア語版
変遷
建国 1918年11月3日
消滅 1920年1月5日

臨時全ロシア政府(りんじぜんロシアせいふ、ロシア語: Временное Всероссийское правительство)は、1918年11月3日ロシアオムスクに建国された短命政権。オムスク政府や沿海共和国ともいわれ[1]社会革命党立憲民主党などが中心となっていた。1920年1月5日に政府が倒され、消滅した。首都はウファ、オムスク。言語はロシア語アレクサンドル・コルチャークの独裁とも言われる。

成立[編集]

1918年9月8日から23日にかけてウファで会議が開かれ、ロシア臨時政府の後継政府を樹立することが議論され、最終的に5人の執政官による合議制の形態を採ることで合意した。行政は閣僚評議会が担当し、閣僚となった14人の内10人はシベリア共和国の閣僚が留任した。しかし、11月18日に陸海軍大臣のアレクサンドル・コルチャークがクーデターを起こし執政官会議を解体し、自身が最高指導者として全権を掌握した。コルチャークは元ロシア帝国外務大臣のセルゲイ・サゾーノフ英語版を外務大臣に任命し、パリ講和会議に派遣し、ロシアの正当政府として支持を取り付けた[2]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ロシア語の通称は、十月革命まで存在したロシア臨時政府(正式にはロシア共和国)と同一である。
  2. ^ Erik Goldstein The First World War Peace Settlements, 1919-1925 p49 Routledge (2013)