西比利亜自治團

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西比利亜自治團(しべりあじちだん)とは、ハルビンにおいてシベリア独立を目指す団体であった。グリゴリー・セミョーノフが、この団体を「極東政府(臨時全ロシア政府)没落後の代表者」と呼び、ロシア帝国の公金を譲渡しようとして失敗している[1][2][3]。また、日本の後援による沿海州占領を計画した[4]

団員[編集]

  • 団長: ムスチスラフ・ペトロウィチ・ゴルワチョフ (法学博士。露字紙グンバオ「ГунБао」の編集長、哈尓浜東洋大学教授。)[5]
  • 監事: フレゴント・イラリオノヴィチ・ポロチコフ (グンバオ紙東京通信員、元陸軍大佐)[5]
  • 団員: エフゲニー・コンドラトウィチ・ウィシネフスキー (グンバオ紙記者、哈尓浜商工会理事、元陸軍少佐)[5]

出典[編集]

  1. ^ 「セミヨノフ金塊事件」(大院昭和二年〔オ〕第一一八八号同四年九月二日民一部判例法報第一九八号)
  2. ^ 判例大完第一巻 民法総則・債権 大橋九平治 1932年
  3. ^ 絡る百万円の金塊物語り (一~四・完) 神戸又新日報 1928年1月17日~1928年1月21日
  4. ^ 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B10074612100、東支鉄道関係一件 /支那側ノ東支鉄道強制収用ニ原因スル露、支紛争問題(一九二九年)/白系露人ノ策動(B-F-1-9-2-5_4_5)(外務省外交史料館)」
  5. ^ a b c 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B02032144700、蘇連邦内政関係雑纂/白系露国人ノ政治運動附団体組織承認問題 第二巻(A-6-5-014)(外務省外交史料館)」標題:7 昭和8年8月26日から昭和8年11月13日

関連項目[編集]