バトゥミ共和国

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バトゥミ共和国
ბათუმის რესპუბლიკა
オスマン帝国
グレートブリテン及びアイルランド連合王国
1919年1月 - 4月 グルジア民主共和国
バトゥミ共和国の国旗
(国旗)
首都 バトゥミ
元首等
xxxx年 - xxxx年 不明
変遷
独立宣言 1919年1月21日
保護下 1919年4月
グルジア政府の占領 1920年7月20日

バトゥミ共和国グルジア語: ბათუმის რესპუბლიკა)は、ジョージア(グルジア)西部、バトゥミにかつて存在したイギリス傀儡国家。1919年年内で成立、崩壊した。

成立[編集]

バトゥミは1878年オスマン帝国からロシア帝国へ割譲された。だが1917年ロシア革命が起こると、トルコが占領。1918年4月9日にザカフカース民主連邦共和国が成立すると、正式にトルコ領となって割譲された。しかし12月にイギリスが占領。そして1919年1月にバトゥミ共和国として独立宣言した。

崩壊[編集]

だがこの独立政府はイギリスの傀儡に過ぎず、4月にイギリスが軍政を敷いて独立ではなくなった。何故ならアゼルバイジャンで採れた石油の積出港として重要だったからである。1920年4月に自由港にするとイギリスが宣言。国際連盟の保護下として、イギリス、フランスイタリアが共同管理することが決まった。しかし7月にグルジアが占領した。

この後、グルジアがソビエト社会主義共和国連邦下に入ると(グルジア・ソビエト社会主義共和国)、トルコが再度占領したが、モスクワ条約 (1921年)によりバトゥミがグルジア領になることをトルコが承認し、晴れて正式にグルジア領となった。そして1921年に設立されたアジャリア自治ソビエト社会主義共和国の首都となった。