田中美和子

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たなか みわこ
田中 美和子
プロフィール
愛称 お美和子様[1][2]
みわちゃん
出身地 日本の旗 日本 千葉県船橋市
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1967-12-25) 1967年12月25日(53歳)
血液型 B型
最終学歴 千葉明徳短期大学幼児教育科
所属事務所 ミックスゾーン
活動期間 1990年 -
ジャンル バラエティ番組
配偶者
公式サイト アナウンサー 田中 美和子 株式会社ミックスゾーン
担当番組・活動
出演中 鶴光の噂のゴールデンリクエスト
Song of Japan
笑福亭鶴光のオールナイトニッポン.TV@J:COM
安東弘樹 Let’s Go Friday
出演経歴 鶴光の噂のゴールデンアワー
垣花正のあなたとハッピー!
月曜から夜ふかし

田中 美和子(たなか みわこ、1967年12月25日 - )はフリーアナウンサータレント。現姓:非公表。

来歴[編集]

千葉県船橋市出身[3]千葉明徳短期大学幼児教育科在学中に東京ディズニーランドのキャストを務め、仕事ぶりが認められ1988年度の6代目アンバサダーに選出される。

アンバサダー任命以後、短大在学中から『高嶋ひでたけのお早よう!中年探偵団』の制作デスクのアルバイトをしながら、旧知の仲であった『鶴光の噂のゴールデンアワー』のチーフディレクターからの誘いで、初代アシスタントの代わりを決めるオーディションの受験を薦められ受験し合格。同短大卒業後、22歳の時に『ゴールデンアワー』の2代目アシスタントに抜擢される[4][5]

抜擢後、タレント経験がなかったため、ニッポン放送のアナウンサー研修を受講しつつ、番組デビュー[6][5]。同局に入社しているわけではないが、アナウンサー同期は、現:同局報道部副部長で記者の畑中秀哉村上まゆこである[5]。 1990年4月から2002年9月までの12年半にわたり同番組のアシスタントを務め、メインパーソナリティの笑福亭鶴光とのコンビネーションは、文化放送の吉田照美小俣雅子吉田照美のやる気MANMAN!)と並ぶ人気を得た。並行してbayfmでも『BAY MORNING』の木曜日を担当していた。また、1999年10月には同番組企画にて、「三十路坂」(みそじざか)で演歌歌手デビューも果たし、翌年第2弾シングル「夢色の人生」を発売し、番組内の企画として品川プリンスホテルにてディナーショーを催し[7]、鶴光含めゲスト歌唱に山本譲二香田晋、サプライズゲストに玉置宏が出演した[5]

2002年9月11日放送分の『噂のゴールデンアワー』にて、同い年の一般人の男性会社員と婚約した事と同年9月27日を持って番組を降板を発表[8]。同年11月3日に東京ディズニーシー・ホテルミラコスタで結婚式・披露宴を行った。その後男児を出産し、翌年年子で2人目の男児を出産し、2児の母親となっている。 育児期間が落ち着いた後に番組出演を再開しており、特に出身地である千葉県内に所在する、bayfm及びちばテレビの番組に出演する機会が多く、また、ニッポン放送のワイド番組のリポーターやアシスタントとして出演する場合がある。

人物[編集]

  • 自分を見出してくれた鶴光とは、1988年4月15日、田中がディズニーランドのアンバサダー時代に、当時:開業満5周年記念で『噂のゴールデンアワー』がディズニーランドパーク内シンデレラ城下での公開生放送で番組ゲストで呼ばれ、初めて出会った[9]。1年後、前述の『噂のゴールデンアワー』のアシスタントオーディションで再会し[4]、以後番組でコンビを組んでいるが、鶴光は初対面時から田中の事を「老け顔姉ちゃん」とイジっていた。しかし、素人からオーディションでアシスタントを獲得して、番組の進行や自身のキャラクターでリスナーからの反応で悩んでいた時にも、ずっと相談に乗ったり、アドバイスを送っていた。その際、芸能界での含めた生き方として、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と言う言葉を送っている。その後も、婚姻で『噂のゴールデンアワー』勇退以後も鶴光のニッポン放送での特番やオールナイトニッポンの関連番組等でコンビを組む機会が多く、とても感謝していると回顧している[要出典]
  • 「お美和子様」の愛称で呼称されるようになったきっかけは、『噂のゴールデンアワー』の中の花キューピットがスポンサーの花プレゼントコーナーで、田中が当選者を選んでいることから「『神様、仏様、お美和子様』くらい書かないと、選んでもらえませんよ」と放送中に言ったことから、以後番組中にもこの愛称が取り入れられるようになったという。鶴光はこの「お美和子様」という愛称のイメージについて「お局様であり、尊敬であり、また小馬鹿にしたような言い方でもあり」と話している[1]
  • 性格が天真爛漫な為『噂のゴールデンアワー』アシスタント時代には読み間違えのケースも多数あり、2002年9月にシンガーソングライター宇多田ヒカル写真家紀里谷和明初婚時に入って来た新聞の号外の見出しを読み上げた際「宇多田ヒカル ぐ(とつぐ)」を「ぐ(かせぐ)」と読み上げ[1]、楽曲紹介で「天使の誘惑」を歌唱してる黛ジュンの「まゆずみ」を読めず、独断で黛は存在しないと勝手に思い込み風吹ジュンと呼称したり[1]1993年シーズン当時、東京ヤクルトスワローズに所属していた川崎憲次郎沢村賞受賞時に、川崎に対し「新人賞(新人王)おめでとうございます」と違うタイトルを口にした事があった[9]。また、番組見学で同局旧社屋にに来訪した当時1999年5月場所で、十両陥落した水戸泉に対し、番組チーフディレクターから「落ち込んでるだろうから、十両おめでとうございますと伝えて来い」と投げ掛けられ「関取、この度は十両おめでとうございます」(この投げ掛けに対し、水戸泉本人は「いやぁ面目無い、後輩に道を譲ろうとして」と切り返した)と大相撲の番付システムを理解しない行動や読み間違える行動を鶴光の番組内のイジリネタにされ、「バカだ」を連呼していた[1]
  • 特技の1つにビーズ手芸でアクセサリー製作があり[10]モダンビーズステッチの認定証を取得し、人を集めて指導出来る位の実力を持っている。そのため、自身の番組出演の際の衣装や『月曜から夜ふかし』出演以後は、鶴光のラジオ番組でノベルティ品として、リスナープレゼント提供している[要出典]

出演番組[編集]

現在[編集]

ラジオ[編集]

テレビ[編集]

過去[編集]

ラジオ[編集]

以下、ニッポン放送の番組
  • 鶴光の噂のゴールデンアワー(2代目アシスタント) - 1990年4月 - 2002年9月27日
    • 竹村健一のずばりジャーナル(アシスタント※『ゴールデンアワー』の内包番組扱い) - 2001年4月 - 2002年9月27日
    • 田中美和子のど〜ですかみなさん!(※NRN系列ネット番組)
  • 笑福亭鶴光の噂の青春リクエスト(アシスタント) - 2005年10月17日 - 10月21日、12月12日 - 12月16日
  • 垣花正 あなたとハッピー!(「東京ディズニーリゾートプレゼンツ ハッピードリームリポーター」、「それゆけハッピー!外はおまかせ!」 代打リポーター、千葉県民の日ゲスト)※月、水、金曜 - 2008年10月1日 - 2009年3月30日、2018年6月27日、2020年6月15日
  • 上柳昌彦 ごごばん!(ディリースペシャル「ディズニーのおとな旅」リポーター)※金曜 - 2011年8月5日 - 10月28日
  • テリーとたい平のってけラジオ(「東京ディズニーリゾートプレゼンツ ニッポン放送がやってきた」)※水曜 - 2009年10月14日 - 2010年6月23日
  • 土屋礼央 レオなるど(日替わりパートナー※2019年1月度) - 2019年1月8日
  • 森田健作の青春の勲章はくじけない心(ゲスト) - 2021年1月1日
  • ニッポン放送 ホリデースペシャル
  • DISNEY WEEKEND BREAK[11](bayfm) - 1993年 - 2015年3月
  • TOKYO BAY MORNING(bay fm)※木、金曜 - 2002年
  • bayfm year end‐new year special 2020‐2021 音個知新 ‐ 明日を照らす音‐(bay fm)※第2部 new-year zone パーソナリティ - 2021年1月1日

テレビ[編集]

その他[編集]

映画[編集]

  • メグ・ライオン(2020年) - お局OL役

ナレーション[編集]

楽曲[編集]

『鶴光の噂のゴールデンアワー』の企画で制作された。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e ラジオライフ三才ブックス)2021年2月号 p.10 - 13「笑福亭鶴光・田中美和子 DJ interview」より。
  2. ^ 「鶴光の噂のゴールデンアワー」で、笑福亭鶴光によって命名された
  3. ^ 出生は東京都新宿区神楽坂
  4. ^ a b 月刊「ラジオパラダイス」 1990年7月号 p.78
  5. ^ a b c d 松本秀夫の今夜もゆるぱら! 2018年9月3日 田中美和子”. Extractor.live (2018年9月3日). 2018年9月3日閲覧。
  6. ^ 研修担当講師はくり万太郎桜庭亮平
  7. ^ 6月19日(月)180回目”. Hello!I,Radio(ラジオ日本) (2017年6月19日). 2017年6月30日閲覧。
  8. ^ 田中美和子「あきらめていた」が結婚 鶴光アシスタント 夕刊フジ 2002年9月11日付
  9. ^ a b 鶴光が語る 下ネタでオールナイトニッポンが人気爆発した理由とは?”. ニッポン放送 (2019年7月15日). 2021年3月16日閲覧。
  10. ^ 田中美和子 [@omiwako_sama] (30 January 2017). "出来た~今日は頑張って、このビーズネックレスを作りました" (ツイート). Twitterより2021年3月16日閲覧
  11. ^ 最終回を迎え”. 田中美和子の気まぐれブログ (2015年3月28日). 2017年6月30日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]