滋賀県道・京都府道3号大津南郷宇治線

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主要地方道
Japanese Route Sign Number 3.svg
滋賀県道3号標識
Japanese Route Sign Number 3.svg
京都府道3号標識
滋賀県道3号 大津南郷宇治線
京都府道3号 大津南郷宇治線
主要地方道 大津南郷宇治線
制定年 (滋賀県側)1954年
(京都府側)1955年
起点 滋賀県大津市松原【地図
終点 京都府宇治市宇治妙楽【地図
接続する
主な道路
記法
Japanese National Route Sign 0422.svg 国道422号
E88 京滋バイパス
Japanese Route Sign Number 6.svgJapanese Route Sign Number 2.svg
都道府県道62号標識
京都府道62号宇治木屋線
Japanese Route Sign Number 7.svg
都道府県道7号標識
京都府道7号京都宇治線
Japanese Route Sign Number 1.svgJapanese Route Sign Number 5.svg
都道府県道15号標識
京都府道15号宇治淀線
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

滋賀県道・京都府道3号大津南郷宇治線(しがけんどう・きょうとふどう3ごう おおつなんごううじせん)は、滋賀県大津市松原国道口交点を起点に京都府宇治市宇治橋西詰交点に至る府県道主要地方道)である。

概要[編集]

天ケ瀬ダムダム湖を眼下に臨む観光コースのほか、国道1号の大津方面と国道24号の奈良方面とを短絡する輸送ルートである[1]。大津市と宇治市を2車線の道路で結ぶ[2]。起点から瀬田川(淀川)右岸の南郷を経て鹿跳橋付近までは国道422号と重複する[3]。鹿跳橋以降は単独区間となり、瀬田川峡谷の外畑・曽束を経て京都府域に入り、天ケ瀬ダムや平等院付近を経て宇治市市街地に至る[3]

路線データ[編集]

路線状況[編集]

天ケ瀬ダムの補償工事の一環として、滋賀県道大津上野線(現:国道422号)や滋賀県道宇治田原大石東線などと同様に付替工事が実施された[4]。大津南郷宇治線(当時の宇治瀬田線)はダムの保証工事の一環で建設され、合計5工区に分けて建設された[5]。宇治川(淀川)の渓谷に沿った山岳道路として、道路構造令における第3種の道路として施工された。この時の設計速度は35 km/h(キロメートル毎時)で、幅員は5.0 m(メートル)が基準とされた(ただし、ダムの工事用資材搬入路となる部分は6.0 m)[4]。道路の建設費用はダム工事費と道路改良費との合併施工である[2]

ダムの建設以前は通行不能で荒廃した状態であった[6]。したがって、宇治川ラインの観光客が大津市と宇治市を行き来する場合は、外畑と大峯ダム(天ケ瀬ダム建設により水没)の間を遊覧船で移動していた[6]。この遊覧船は道路開通後も外畑と天ケ瀬ダムの間を結ぶんでいたが、1976年昭和51年)に廃止された[3]

橋梁[編集]

当路線の主な橋梁を記載する(出典は特記がない限り[7]より)。いずれも橋格は1等橋、設計荷重はTL20として建設されている[7]

  • 生図橋
    • 橋長 : 50.0 m
    • 幅員 : 6.0 m
    • 型式 : 活荷重合成鋼鈑桁橋
  • 宇近川橋
    • 橋長 : 70.0 m
    • 幅員 : 6.0 m
    • 型式 : 活荷重合成鋼鈑桁橋
  • 曽束大橋
    • 橋長 : 109 m
    • 幅員 : 6.0 m
    • 型式 : 中路式2鉸鋼拱橋
    • 天ケ瀬ダムのダム湖を横断するもので、補償工事で設置される橋梁の中では最も長大なものである。河床は厚さ6 - 7 mの砂礫層があったため約110 mの距離を1スパンで架橋しなければならないという制約があった。拱型式(アーチ式)が採用された理由は、両岸に良質な地盤があるため橋台が小さくでき、コストや景観の上でも問題ないと判断されたからである。この付近の瀬田川(淀川)は急流のため、江戸時代にはこの付近の両岸を行きかうには手繰りの渡り船が利用されていた[8]。天ケ瀬ダムの完成で渡し場は水没するが、曽束大橋の完成によって交通路が回復した[8]
  • 宵待橋
    • 橋長 : 70.0 m
    • 幅員 : 6.0 m
    • 型式 : 主径間台型ラーメン鋼桁橋

重複区間[編集]

  • 国道422号(起点 - 滋賀県大津市石山南郷町)
  • 京都府道62号宇治木屋線(京都府綴喜郡宇治田原町郷之口末山・宇治田原町宵待橋 - 宇治市宇治妙楽・宇治橋西詰交差点)

歴史[編集]

  • 1954年昭和29年)9月から1955年(同30年)3月にかけて認定され、当初の路線名は「宇治瀬田線」であった[9]
    • 宇治市を起点とし、栗太郡瀬田町(現:大津市)に至る主要地方道であった。
  • 1964年(昭和39年)11月26日に天ケ瀬ダムの竣工により曽束大橋を含む大津 - 宇治間が開通した[10]
  • 1972年(昭和47年)3月から現在の路線名になり、1981年(同56年)4月から大津市側の大半は国道422号との重複区間になった。
  • 1993年平成5年)5月11日 - 建設省から、府県道大津南郷宇治線が大津南郷宇治線として主要地方道に指定される[11]

地理[編集]

平等院付近
京都府宇治市宇治塔川で撮影
終点付近
京都府宇治市宇治字妙楽で撮影

通過する自治体[編集]

交差する道路[編集]

沿線にある施設など[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 天ケ瀬ダム建設誌編集委員会 1966, pp. 309-310.
  2. ^ a b 天ケ瀬ダム建設誌編集委員会 1966, p. 309.
  3. ^ a b c 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1979, p. 174.
  4. ^ a b 天ケ瀬ダム建設誌編集委員会 1966, p. 306.
  5. ^ 天ケ瀬ダム建設誌編集委員会 1966, pp. 308-309.
  6. ^ a b 天ケ瀬ダム建設誌編集委員会 1966, p. 308.
  7. ^ a b 天ケ瀬ダム建設誌編集委員会 1966, pp. 310-311.
  8. ^ a b 大津のかんきょう宝箱 曽束大橋(大石曽束町)”. 大津市環境部環境政策課. 2019年6月2日閲覧。
  9. ^ 昭和29年6月9日滋賀県告示第270号
  10. ^ 大津市『新修大津市史』第9巻 南部地域、大津市、1986年11月29日。
  11. ^ s:道路法第五十六条の規定に基づく主要な都道府県道及び市道 - 平成五年五月十一日建設省告示第千二百七十号、建設省

参考文献[編集]

  • 天ケ瀬ダム建設誌編集委員会『天ケ瀬ダム建設誌』近畿地方整備局、1966年3月31日。
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 25滋賀県』角川書店、1979年5月4日。

関連項目[編集]