正司歌江

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正司 歌江(しょうじ うたえ、本名:平井歌江、1929年8月13日 - )は、日本漫才師であり、漫才トリオかしまし娘の長女である。

略歴[編集]

旅役者だった両親の巡業先・北海道歌志内市で生まれ[1]、3歳で初舞台を踏む。1941年(昭和16年)頃、妹の正司照枝と組んだ姉妹コンビは天才少女漫才と喝采をあびた。1948年(昭和23年)に富山に駆け落ちし、照枝との姉妹コンビを解消。このころからヒロポンを常用し、父親からも勘当。約10年間芸者として働く。[要出典]1956年(昭和31年)、姉妹の元に戻り、かしまし娘を結成。三味線を担当。かしまし娘の活動休止後は、女優としてテレビドラマやトーク番組、舞台演劇、映画、講演などで活躍している。

かしまし娘休止後は他のプロダクションに所属していたが、2007年(平成19年)に当時の所属事務所のアクターズプロモーションが倒産し、同年6月に松竹社長との会談で21年ぶりに松竹芸能に復帰したが、2009年(平成21年)3月に契約終了。2007年(平成19年)に客演したWAHAHA本舗に、2009年(平成21年)5月1日より正式入団。2009年(平成21年)4月18日、WAHAHAの公演ポスター撮影中に転倒して腰椎を骨折。4月19日から入院し、5月6日に退院。かしまし娘と磯野貴理子らと出演する舞台「やかましい人々」で復帰した。

自身の少女期についてヒロポン中毒のすさんだ生活を回顧しているが[2]、戦後の芸能界ではヒロポンが蔓延しておりヒロポンを打たなければ芸人ではないというほどだったという。また、そうしたなかで暁伸・ミスハワイミス・ワカサらはどれだけ勧められても敢然と拒否していたと振り返っている。

なお鈴鹿8耐に出場経験のある元オートバイレーサーで『欽ちゃんの仮装大賞』などを手がけるプロデューサーの平井秀和は正司歌江の息子である。

受賞歴[編集]

  • 1996年(平成8年):大阪市文化功労表彰を受賞。
  • 1999年(平成11年):文化庁長官表彰を受賞。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

CM[編集]

著書[編集]

  • 正司歌江の地獄極楽かみひとえ(日本放送出版協会)

補足[編集]


出典[編集]

  1. ^ 木村隆『この母ありて』 青蛙房 2010年 143頁
  2. ^ 正司歌江ヤク漬けの10代を衝撃告白 デイリースポーツ 2012年8月17日
  3. ^ 「赤めだか」二宮和也らが故・立川談志師匠に撮了報告”. ニュースウォーカー (2015年11月21日). 2015年12月7日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]