日本原水爆被害者団体協議会

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日本原水爆被害者団体協議会(にほんげんすいばくひがいしゃだんたいきょうぎかい)は、原爆被爆者の組織。略称は日本被団協、あるいは被団協[1]。英語名称はJapan Confederation of A- and H-Bomb Sufferers Organizations。本部は東京都港区芝大門1丁目に所在する。ソ連の核実験再開を受け「いかなる国の核実験に反対するかどうか」で、加盟していた全国組織原水協原水禁など3つに分裂。各都道府県の被団協も意見[2]が割れたため、1965年の原水禁を受けた被団協代表理事会は「いかなる原水禁団体にも加盟しない」と決定し、原水協からも脱退した。2020年時点も広島の2つの被団協のように被爆者団体が複数存在する都道府県もある[3]

概要[編集]

広島長崎で原爆の被害を受けた被害者の生存者(被爆者)によって都道府県ごとに結成されている被爆者団体が加盟している被爆者の全国組織[3]。次のような活動を行っている。

  • 核兵器廃絶と原爆被害への国家補償要求
  • 日本政府国連、諸国政府への要請行動
  • 核兵器の廃棄、撤去、核兵器廃絶国際条約の締結、国際会議の開催、非核法の制定、原爆被爆者援護法の国家補償の法律への改正、被爆者対策の充実など
  • 被爆の実相の国内外への普及活動
  • 原爆被害の調査・研究、出版、展示、集会、代表派遣
  • 被爆者の相談・援護活動

傘下に社団法人日本被団協原爆被爆者中央相談所がある。 なお、2008年7月時点山形県には被団協加盟団体は存在しない。さらに、高齢化による役員の後継者不足などにより、奈良県滋賀県(滋賀県被爆者友の会)の被団協組織が解散している。

ソ連の核実験再開を巡る分裂[編集]

また、広島県原爆被害者団体協議会(広島県被団協)は、1961年ソ連の核実験再開[4]や1963年のソ連が推進した部分的核実験禁止条約評価をめぐり、「いかなる国のいかなる理由による核実験にも反対」とする原水爆禁止広島県協議会(広島県原水禁)社会党総評と、「防衛的立場の社会主義国の核実験を帝国主義国の実験と同列に論じるのは誤り」とする日本共産党・全国組織原水協から分裂した原水爆禁止日本協議会の対立、「いかなる国の核実験に反対するかどうか」で、加盟していた全国組織原水協が原水禁など3つに分裂したことの影響を受けた。 各都道府県の被団協も意見[2]が割れたため、1964年に被団協も分裂し、1965年の原水禁を受けた被団協代表理事会は「いかなる原水禁団体にも加盟しない」と決定し、原水協からも脱退した。2020年時点も被爆者団体が複数存在する都道府県もある[5]

広島被団協[編集]

社会党系

これら2つの広島県被団協は名前が全く同じであるため、理事長名(箕牧智之[6]佐久間邦彦[7])をつけて区別されている。

広島県被団協(理事長・箕牧智之)は、旧社会党・総評系・2000年時点で会員約2万人。  

共産党系

広島県被団協(理事長・佐久間邦彦)[8]は、日本共産党系・2000年時点で会員約3千人である。 旧社会党系の広島県被団協は本協議会に加盟しているが、共産党系の同名団体は加盟していない(オブザーバー参加)。

組織構成等[編集]

過去の役員

沿革[編集]

  • 1954年(昭和29年)3月、アメリカがビキニ環礁で水爆実験を実施。静岡県焼津港マグロ漁船第五福竜丸が被爆。7月、原水爆禁止広島県民運動連絡本部が発足。
  • 1955年(昭和30年)8月、広島市公会堂で原水爆禁止世界大会開催。9月、原水爆禁止日本協議会(原水協)が発足。
  • 1956年(昭和31年)5月、広島県原爆被害者団体協議会(広島県被団協)が結成。8月10日、長崎市で開催された第2回原水爆禁止世界大会の2日目に、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が結成。
  • 1962年(昭和37年) ソ連の核実験をめぐり原水爆禁止世界大会で対立。
  • 1963年(昭和38年) 原水爆禁止世界大会が分裂大会となる。
  • 1964年(昭和39年) 共産党系の広島県被団協が別に大会を開き、広島県被団協は分裂。
  • 1967年(昭和42年) 「原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律」(原爆特別措置法)成立。
  • 1970年(昭和45年) 『ウルトラセブン』のスペル星人問題。東京都被団協の抗議を発端に全ての被団協が行動を起こす。
  • 1977年(昭和52年) 原水禁と原水協が統一大会を開くことで同意、2つの広島県被団協が分裂後初の統一決起集会 。
  • 1984年(昭和59年) 「原爆被爆者の基本要求」を発表。
  • 1986年(昭和61年) 原水禁、原水協などの大会が9年ぶりに再分裂 。
  • 1994年(平成6年) 「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」成立。
  • 1996年(平成8年) 国際司法裁判所が勧告的意見「核兵器の使用と威嚇は一般的には国際法違反」。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 国連本部で原爆展 米NY、被団協など共催”. 産経ニュース (2021年12月14日). 2021年12月14日閲覧。
  2. ^ a b 1962年日本被団協の定期総会で11府県が「原水協からの脱退、もしくは核禁会議にも加盟を」と共同提案し、議論が紛糾。平行線が続きました。
  3. ^ a b 被団協機能不全に 「はっちゃん」の努力 原爆を背負って(42)” (日本語). 西日本新聞me. 2022年6月15日閲覧。
  4. ^ ヒロシマの記録1961 9月” (日本語). 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター. 2022年6月15日閲覧。
  5. ^ 被団協機能不全に 「はっちゃん」の努力 原爆を背負って(42)” (日本語). 西日本新聞me. 2022年6月15日閲覧。
  6. ^ 広島の象徴」坪井さんをしのぶ 広島県被団 後任理事長に箕牧さん”. 朝日新聞デジタル (2021年11月3日). 2021年12月30日閲覧。
  7. ^ 平和・ヒロシマ【聞きたかったこと~被爆から76年~】一度は逃れ 向き合う”. 朝日新聞デジタル (2021年1月21日). 2021年12月30日閲覧。
  8. ^ 広島県原爆被害者団体協議会(佐久間理事長)”. 広島県原爆被害者団体協議会. 2021年12月30日閲覧。
  9. ^ 被団協 代表委員に田中重光氏 総会で選出 故谷口氏の後任”. 長崎新聞 (2018年6月15日). 2021年12月27日閲覧。
  10. ^ a b 新事務局長に木戸氏 被団協、世代交代目指す”. 日本経済新聞 (2017年6月7日). 2021年10月28日閲覧。
  11. ^ [1]
  12. ^ 日本被団協の代表委員に箕牧さん 大きな壁に挑む新たな「顔」”. 朝日新聞デジタル (2022年6月10日). 2022年8月8日閲覧。
  13. ^ a b c d e 機関紙「被団協」が500号 被爆者つなぎ声伝える「世界遺産」 励まし合う相談相手に /長崎”. 毎日新聞地方版 (2020年9月1日). 2021年12月27日閲覧。
  14. ^ 日本原水爆被害者団体協議会代表委員・谷口稜曄=8月30日死去・88歳”. 毎日新聞 東京朝刊 (2017年10月30日). 2021年10月28日閲覧。
  15. ^ 核兵器廃絶、旗振り役の訃報続く 広島・長崎、継承が課題”. 中国新聞 (2021年10月28日). 2021年12月30日閲覧。
  16. ^ 日本被団協の坪井直さん死去 96歳 核兵器廃絶を訴え│NHK NEWS WEB”. NHK (2021年10月27日). 2021年10月28日閲覧。

外部リンク[編集]