ピースマーク

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ピースマーク

ピースマーク英語: Peace symbol)は平和運動反戦運動シンボルとして世界中で使われているマークである。円の中に鳥の足跡を逆さまにしたような形をしている。国際的には「ピースシンボル」や「ピースサイン」として知られる。このマークは、Unicodeその他の記号ブロックにU+262E peace symbolとして収録されている。

1958年にイギリスの反核運動核軍縮キャンペーン」(CND)で使用された、核による消滅の脅威を表すシンボルが起源となっている[1]。1960年代のアメリカの反戦運動で広く採用され、一般的に世界平和を表すものとして再解釈された。しかし、1980年代になっても、原子力発電に反対する活動家の間では、本来の反核の意味で使われていた。

歴史[編集]

起源[編集]

核軍縮キャンペーン(CND)のバッジ(1960年代)
ベトナム戦争に従軍中のアメリカ軍兵士(1971年撮影)。ピースマークやなど、様々なアクセサリーをお守りとして身につけている。
アメリカ・イリノイ州アルコラにある「ヒッピー・メモリアル」(1992年)の一部を構成するピースマーク。
ボマー・ピースシンボル。「核による平和(核抑止)」を意味する皮肉。核兵器を搭載する爆撃機がピースマークに準えて描かれている。
手旗信号の"N"、"D"とその重ね合わせ

このマークは、芸術家・デザイナーのジェラルド・ホルトム英語版(1914年-1985年)がデザインしたものである。ホルトムは、1958年2月21日直接行動委員会英語版(DAC)に対してこのマークを提出し、同年4月4日に行われるロンドントラファルガー広場からバークシャー州オルダーマストン核兵器研究機関までのデモ行進のシンボルとして即採用された[2][3][4]。ホルトムのデザインは、エリック・オースティン(1922-1999)がセラミック製のラペルバッジに採用した[5][6]。オリジナルのデザインは、イギリス・ブラッドフォードの平和博物館にある[5]

このマークは、手旗信号の"N"と"D"を重ね合わせたもので、「核軍縮英語版」(Nuclear Disarmament)を意味する[7]。これは、1958年4月5日付の『マンチェスター・ガーディアン』紙に掲載されている[8][9]。このほか、ホルトムは、ゴヤの1814年の作品『マドリード、1808年5月3日』(別名『プリンシペ・ピオの丘での虐殺』)を参照していると語っている[10]

私は絶望していた。深い絶望。私は自分自身を描いた。絶望した個人の代表として、ゴヤの『プリンシペ・ピオの丘での虐殺』のように、手のひらを外側と下側に向けて広げている。私はその絵を線にして、丸で囲んだ[10]

ホルトムはゴヤの『マドリード、1808年5月3日』を参考にしたと言っているが、この絵に描かれた農民は、腕を下にではなく上に伸ばしている。

ホルトムの代弁者だったケン・コルスバンによると、ホルトムは平和の象徴を絶望の象徴として描いたことを後悔するようになり、平和は祝福すべきものだと感じて、このマークを反転させたいと考えたという[11]。エリック・オースティンは、「『絶望のジェスチャー』のモチーフが、長い間『人間の死』を連想させ、円が『生まれてこない子供』を連想させることを発見した」と言う[5]

このマークはDACを支援した核軍縮キャンペーン(CND)がロゴとして使用し[10]、CNDが配布したこのマークのバッジを身につけることは、イギリスの核軍縮を求めるキャンペーンへの支持の証となった。CNDの初期の歴史についての説明では、このイメージを「(オルダーマストンの)行進、そして後にはキャンペーン全体を結びつける視覚的な接着剤...おそらく世俗的な目的のためにデザインされた、最も強力で記憶に残り、適応性のあるイメージ」と表現している[5]

なお、平和を象徴するハトの足跡のデザインとされることがあるが、これは事実ではない[12]

国際的な受容[編集]

広島市への原子爆弾投下の日に折鶴を配り、ピースマークを手にするウェリントンの核軍縮活動家(2014年8月6日)。

このマークは、著作権商標などの制限を受けていないため、CNDを超えて広がり、より広範な軍縮運動反戦運動に採用された。1958年、平和活動家のアルバート・ビグロー英語版がピースマークの旗をつけた小舟を核実験の近くまで航行させたことで、このマークはアメリカで広く知られるようになった[13]

1960年から1964年にかけて、アメリカ各地の大学のキャンパスで何千個ものピースマークのバッジが頒布された。1968年までに、このマークは一般的な平和の象徴として採用されており[14]、特にヒッピー運動ベトナム戦争への反戦運動と関連していた[15]

1970年、2つのアメリカの民間企業が、ピースマークを商標として登録しようとした。特許庁長官のウィリアム・E・スカイラー・ジュニアは、このマークは「特許庁による登録の対象となる商標として適切に機能しない」と述べて申請を却下した[16]

1973年、南アフリカ政府はアパルトヘイトに反対する人々がこのマークを使用することを禁止しようとした[17]

符号位置[編集]

記号 Unicode JIS X 0213 文字参照 名称
U+262E - ☮
☮
Peace Symbol

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ Nuclear Disarmament Symbol Drawings”. The Peace Museum's Collection. The Peace Museum, Bradford. 2014年2月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月19日閲覧。"
  2. ^ Jack, Ian (2015年11月28日). “He gave his unforgettable work for nothing. Shouldn't the designer of the peace symbol be commemorated?”. The Guardian. https://www.theguardian.com/commentisfree/2015/nov/28/shouldnt-british-designer-gerard-holtom-of-peace-symbol-be-commemorated-paris-attacks 2018年2月20日閲覧。 
  3. ^ First use of the peace symbol, 1958”. 2012年2月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年2月21日閲覧。
  4. ^ Lacayo, Richard (2008年3月27日). “A Piece of Our Time”. Time Magazine. オリジナルの2008年4月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080401202054/http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,1725969,00.html 2008年4月2日閲覧。 
  5. ^ a b c d Christopher Driver, The Disarmers: A Study in Protest, London: Hodder and Stoughton, 1964.
  6. ^ W. J. Mc Cormack (1999年7月17日). “Obituary of Eric Austen, The Independent, 17 July 1998”. The Independent (UK). オリジナルの2012年1月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120122060057/http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/obituary-eric-austen-1106837.html 2012年2月21日閲覧。 
  7. ^ Breyer, Melissa (2010年9月21日). “Where did the peace sign come from?”. Shine. Yahoo!. 2012年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月30日閲覧。
  8. ^ "Early Defections in March", Manchester Guardian, 5 April 1958 Archived 22 November 2016 at the Wayback Machine. "By the time the marchers had left Chiswick they numbered less than two thousand. Above them bobbed the signs of the Campaign for Nuclear Disarmament, a sort of formalised white butterfly which, it appeared, was the semaphore sign for "N.D." "
  9. ^ The CND symbol”. Hugh Brock Papers. 2013年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月20日閲覧。
  10. ^ a b c The CND symbol”. Cnduk.org (2014年1月22日). 2011年7月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月19日閲覧。
  11. ^ Westcott, Kathryn (2008年3月20日). “World's best-known protest symbol turns 50”. BBC. オリジナルの2008年3月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080321113603/http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/7292252.stm 2008年3月20日閲覧。 
  12. ^ 「中日春秋」中日新聞2015年5月18日。
  13. ^ Lawrence S Wittner (1993). The Struggle Against the Bomb: Volume Two, Resisting the Bomb: A History of the World Nuclear Disarmament Movement. Stanford University Press. p. 55. ISBN 9780804729185. オリジナルの16 June 2013時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130616113039/http://books.google.com/books?id=vJuaAAAAIAAJ&pg=RA1-PA55&dq=voyage+of+the+golden+rule 2009年7月24日閲覧。 
  14. ^ Ken Kolsbun with Mike Sweeney (1 April 2008). Peace: The Biography of a Symbol. National Geographic Books. ISBN 978-1-4262-0294-0. https://archive.org/details/peacebiographyof0000kols 2008年8月28日閲覧。 
  15. ^ George Stanford, The Myth of the Witch's Foot: How the John Birch Society Created a Hoax About the Peace Sign, Monday, 3 December 2012 Archived 17 October 2015 at the Wayback Machine.
  16. ^ The Morning Record, Meriden, Conn, 22 Oct 1970, p.29
  17. ^ "World's best-known protest symbol turns 50" Archived 20 March 2012 at the Wayback Machine.. BBC News Magazine, 20 March 2008

関連項目[編集]

外部リンク[編集]