核兵器廃絶・平和建設国民会議

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核兵器廃絶・平和建設国民会議(かくへいきはいぜつ・へいわけんせつこくみんかいぎ)は、1961年結成の日本反核平和運動を行っている市民団体。略称はKAKKIN(かっきん)。核兵器廃絶と広島長崎被爆者への援護を求めている。

現在の議長は加藤秀治郎、専務理事・事務局長は澤田和男(元友愛連絡会事務局長)。

歴史[編集]

1961年ソビエト連邦核実験日米新安保条約などへの対応を巡り、民主社会党(のち民社党)や保守系の被爆者が中心となって、当時の日本最大の被爆者団体である原水爆禁止日本協議会(原水協)から分裂して核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議)として結成された。初代議長は松下正寿

成立の経緯から、核禁会議は民社党、および全日本労働総同盟による支援を受け、いわゆる「民社・同盟ブロック」の一員として行動した。従って、日本共産党・全国労働組合総連合(全労連)との関係を深めた原水協や、ここから分裂して日本社会党日本労働組合総評議会(総評)とのつながりを密接にした原水爆禁止日本国民会議(原水禁)とは対立し、核禁会議は原水協・原水禁が開催する原水爆禁止世界大会には参加せず、独自の集会で自らの主張を訴えていた。しかし、核禁会議への参加者は少なく、日本の反核・平和運動を主導する事は無かった。

1987年に同盟が日本労働組合総連合会(連合)に改組され、さらに民社党が紆余曲折を経て民主党の一部になる(民社協会)と、原水禁との協力を模索する動きが生まれた。そして、2005年から連合を交えた3者主催で広島・長崎で「平和大会」を開くなど、核兵器廃絶という点では3者による共同行動を行った。

しかし、2011年3月11日福島第一原子力発電所事故が起こると、原子力の平和利用(原発推進)を引き続き主張する核禁会議と、脱原発の主張を強める原水禁の対立が再び激しくなった。同年の平和大会では、核禁会議の大山耕輔副議長は原発事故に触れず[1]、「原発はどうしたんだ」と野次られる一幕もあった[2]。さらに2012年の平和大会では、原水禁の川野浩一議長が、挨拶文に「核と人類は共存できない」との文言を入れたことなどに反発。川野の挨拶は予定どおり行われたが、同年10月、核禁会議は連合に対し、川野を「原子力政策に関わる考え方を一方的に述べ、大会趣旨から逸脱した」と批判し、「今後3団体で平和大会を開催するのは困難」と申し入れた。

その結果、2013年の平和大会は連合単独主催となり、核禁会議・原水禁は共催に退くことになった。核禁会議の鎌滝博雄専務理事は『毎日新聞』の取材に対し、「世界に核兵器廃絶を主張する集会を連合が中心となって開くように求めてきた。原発について(原水禁との)立場が明確に違い、これまでの平和大会はいい形ではなかった」と述べた[3]。(#主張の内容も参照)

2014年1月に開催した第54回全国代表者会議で、組織の名称を「核兵器禁止平和建設国民会議」(略称・核禁会議)から「核兵器廃絶・平和建設国民会議」(同・KAKKIN)へ変更した。1961年の結成から53年が経過し、核廃絶へ向けた国内外の基本問題等にも関与し、その克服に取り組むためとしている。

主張の内容[編集]

発足当初から、広島・長崎への核攻撃を実行したアメリカ合衆国だけではなく、全ての国の核武装に対して反対するという姿勢を見せている。これは原水協や原水禁の内部に社会主義国のソ連や中華人民共和国の核武装や核実験に対して容認する動きがあった事と対比する物だが、一方で民社党や同盟と反共主義を共有し、在日米軍の存在を支持するのは反核団体にあるまじきアメリカの核戦略追認だという批判もなされている。

また、核兵器反対を訴えながら“平和のための原子力”を認め、原子力発電の推進を打ち出しているのが、他の反核・平和団体との違いである。これは原子力村との関係が深い民社党の方針に沿っているが、原子力発電への反対を明確に示す原水禁との対立は避けられなかった。この方針は、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故以降も基本的に堅持されている[4]。また、核禁会議は今でも連合内の旧同盟系組合の全面的な影響下にある。

脚注[編集]

  1. ^ 中国新聞』2011年8月11日 原水禁運動とフクシマ 2011年世界大会から<上> 事故の波紋
  2. ^ 西日本新聞』2011年8月9日 「原発 きしむ共闘 原水禁・連合・核禁会議 長崎大会開幕 異なる立場 議論なく」
  3. ^ 毎日新聞』2013年6月24日 平和大会:原発巡り分裂、連合単独主催へ 「脱」か「平和利用」か 原水禁と核禁会議、対立解けず
  4. ^ 例えば、鎌滝博雄専務理事は、2012年8月4日の「核兵器廃絶2012平和ヒロシマ大会」に関して、原水禁側に「大会で脱原発を求めるなら今後一緒に行動できない」と牽制したとされている。「脱原発・推進 主張食い違い 連合・原水禁国民会議・核禁会議」中国新聞2012年5月10日付記事参照。

外部リンク[編集]