手嶋多一

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No image.svg 手嶋 多一 Golf pictogram.svg
Taichi Teshima
基本情報
名前 手嶋 多一
生年月日 (1968-10-16) 1968年10月16日(49歳)
身長 172 cm (5 ft 8 in)
体重 70 kg (154 lb)
出身地 福岡県田川市
経歴
成績
優勝回数 日本男子:8勝
初優勝 日本男子:ファンケル沖縄オープン(1999年)
賞金ランク最高位 日本男子:4位(2001年)
2014年6月29日現在
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手嶋 多一(てしま たいち、1968年10月16日 - )は、福岡県田川市出身のプロゴルファーである。日本ゴルフツアーで「8勝」を挙げているが、その中には2001年日本オープン選手権2014年日本プロゴルフ選手権が含まれている。

来歴・人物[編集]

実家がゴルフ練習場という環境で育ち、7歳からゴルフを始める。中学生から高校生時代にかけて「九州ジュニアゴルフ選手権」で4度優勝。福岡県立田川高等学校卒業後アメリカに留学し、東テネシー州立大学を卒業する。1993年にプロゴルファーテスト合格。1999年の「ファンケル沖縄オープン」でツアー初優勝を果たす(当時はゴルフ日本シリーズの後、この大会が年間最終戦だった)。2001年日本オープン選手権で優勝し、初の日本国内メジャータイトルを獲得。1ヶ月後の「ダンロップ・フェニックス選手権」で、最終日に世界ランキング3位のデビッド・デュバルを追い詰めたが、プレーオフでデュバルに敗れた。2003年の「アイフルカップ」でツアー3勝目を挙げる。2004年に日本ゴルフツアーの選手会長を務めた。

2005年の「カシオワールドオープンゴルフトーナメント」で、選手会長の横田真一と副会長の手嶋が、女子選手として参戦したミシェル・ウィーと同じ組で回って話題を呼んだ。手嶋は“ウィーちゃん”との同組ラウンドにご機嫌だったという。

2006年、手嶋は地元福岡のアンダーアーマー「KBCオーガスタ」 で4勝目を挙げる。その後、「ブリヂストン・オープン」で2位と6打差の通算22アンダーの大会最多スコア記録を出し、日本ゴルフツアー5勝目を達成した。

2006年11月16日、手嶋は2007年度の欧州ゴルフツアー出場権を獲得した。日本人のプロゴルファーがヨーロッパ・ゴルフツアーにフル参戦するのは、1997年から2000年までヨーロッパ・ツアーを回った友利勝良以来2人目となる。

2007年カシオワールドオープンゴルフトーナメント」 で優勝し通算6勝目を達成した。

45歳で臨んだ2014年「第82回日本プロゴルフ選手権日清カップヌードル杯」(ゴールデンバレーゴルフ倶楽部、7233ヤード、パー72)最終日は2位に1打差の首位スタートして4バーディ、3ボギーの71で廻り、4日間通算9アンダー、2位に1打差で逃げ切って、7年ぶりのツアー7勝目を国内メジャー2勝目で飾り、賞金3000万円とシニア入りするまでの5年間のシード権を獲得。

2015年ミズノオープン」 でツアー通算8勝目を達成した。ホストプロとして悲願の“恩返し優勝”を果たした。

練習時間の少ないプロとして有名であり、「ドライバーを含め飛距離は求めない。スチールシャフトのスプーンを使用しているのは世界で私だけかもしれないけれど、番手間のスイングのバランスやタイミングを考えた。3番ウッドと4番ウッドは縦の距離感を考えると現在使用している2本を超えるものはなく、クラブセッティングの軸。メーカーに在庫も型もないので、壊れるまで使い続けます」と語り、2016年6月現在でスプーンは使用歴14年、ロフト18度の4番ウッドに至っては使用歴19年である[1]

2017年現在、賞金シードを継続中の現役選手のなかでは最長となる「21年連続賞金シード」を維持している。

優勝歴[編集]

日本ツアー (8)[編集]

勝数
メジャー (2)
ツアー (6)
No. 日時 大会 優勝スコア 打差 2位
1 1999年12月12日 ファンケル沖縄オープン -13 (68-69-68-66=271) プレーオフ 日本の旗 奥田靖己
2 2001年10月14日 日本オープンゴルフ選手権競技 -7 (68-72-67-70=277) 4打差 日本の旗 米山剛
3 2003年8月3日 アイフルカップ -19 (67-64-70-68=269) プレーオフ 日本の旗 宮本勝昌
4 2006年8月27日 アンダーアーマーKBCオーガスタ -16 (71-66-65-66=268) 1打差 日本の旗 平塚哲二
5 2006年10月22日 ブリヂストンオープンゴルフトーナメント -22 (70-65-63-68=266) 5打差 日本の旗 真板潔
6 2007年11月16日 カシオワールドオープンゴルフトーナメント -13 (69-68-73-65=275) 1打差 オーストラリアの旗 クリス・キャンベル
7 2014年6月8日 日本プロゴルフ選手権 -9 (71-68-69-71=279) 1打差 日本の旗 小田孔明大韓民国の旗 李京勲
8 2015年5月31日 ミズノオープン -15 (69-69-66-69=273) 2打差 オーストラリアの旗 S・ストレンジ

プレーオフ記録 (2-4)[編集]

※太字はメジャー大会

No. 大会 対戦相手 内容
1 1996年 久光製薬KBCオーガスタゴルフトーナメント 日本の旗 尾崎将司 プレーオフ2ホール目で、手嶋が3オン2パットのパー。尾崎がバーディーパットを決め、尾崎の優勝。
2 1999年 ファンケル沖縄オープン 日本の旗 奥田靖己 プレーオフ1ホール目に手嶋がバーディー、奥田バーディーパットを外す。手嶋の優勝。
3 2001年 ダンロップフェニックストーナメント アメリカ合衆国の旗 デビッド・デュバル 手嶋がパー以上が確定。デュバルがパーディーパットを決め、デュバルの優勝。
4 2003年 アイフルカップ 日本の旗 宮本勝昌 宮本がパー。手嶋がパーディーパットを決め、手嶋の優勝。
5 2003年 サン・クロレラクラシック 日本の旗 丸山大輔オーストラリアの旗 ブレンダン・ジョーンズ 1ホール目・手嶋、丸山、両者ともバーディパット外す。バーディパットを決めたジョーンズの優勝。
6 2006年 アコムインターナショナル 日本の旗 小山内護 プレーオフ1ホール目、手嶋はパーパットを外す。パーパットを沈めた小山内の優勝。

脚注[編集]

  1. ^ 「週刊ゴルフダイジェスト」(ゴルフダイジェスト社)2014年7月29日号、180-181頁. 「GOLF STYLE vol.87」(ゴルフスタイル社)2016年7月5日号、23頁.

外部リンク[編集]