尾崎健夫

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尾崎 健夫
Tateo Ozaki Golf pictogram.svg
基本情報
生年月日 1954年1月9日(61歳)
出身地 徳島県海部郡海陽町
身長 181㎝
体重 81kg
血液型 B型
利き手
経歴 徳島県立海南高等学校卒業
成績
優勝回数 日本男子:15勝
初優勝 白竜湖ポカリスウェットオープン(1984年)
賞金ランク最高位 日本男子:3位(1984年・1985年)
2012年9月22日現在
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尾崎 健夫(おざき たてお、1954年1月9日 - )はプロゴルファーである。徳島県海陽町出身。通称はジェット、あるいは姓を続けてジェット尾崎

ジャンボ尾崎こと尾崎将司の弟であり、プロゴルファーとして知られているが、高校野球の全国大会で優勝した兄と同じく海南高校海南町)時代は野球部のエースとして活躍した。弟は尾崎直道

アメリカの下部ツアーを転戦していた時にアメリカ人若手プロから「ジェット」のニックネームを付けられた。これは、健夫がドライバーショットを放つとボールがジェット機のように強烈な勢いで飛んでいくのに驚いたからであり、以来この呼び方が定着している。因みに「ジャンボ」は将司のデビュー当時のスケールの大きいプレー振りから、ある新聞記者が「まるでジャンボジェットの様だ」と表現したことに由来し、末弟直道の「ジョー」は公募による。

2012年8月10日、女優の坂口良子と結婚した。継子はタレントの坂口杏里。また、その模様は「ぴったんこカン・カン」で放送された。

高校野球[編集]

兄と違い甲子園出場の機会には恵まれなかったが、野球選手としての素質は兄を凌ぐともいわれ、県下No.1の剛速球投手として知られていた。伸びのある速球は正捕手大石友好(のちに西武ライオンズに入団したプロ野球選手)不在時、控えの捕手が怖がって捕れないほどであったという。練習試合では各地の名門強豪校をなで斬りにして「徳島海南に尾崎あり」として知られた。当然プロからも注目され、甲子園に出場していないにもかかわらずドラフト会議ではヤクルトスワローズに3位指名されたが、兄と同じ道を歩む事を選び入団を拒否(兄の尾崎将司がヤクルト本社に直接赴き、断りを入れている)、プロゴルファーとなった。

プロゴルフ[編集]

  • 18歳からゴルフを始め、1975年にツアープレーヤーになる。
  • 1976年 フィリピンオープンでツアーデビュー。

優勝歴[編集]

日本ツアー[編集]

シニアツアー[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]