伊藤淳二

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いとうじゅんじ
伊藤淳二
生誕 (1922-07-10) 1922年7月10日(97歳)
中華民国の旗中国青島市
出身校 慶應義塾大学経済学部卒
職業 実業家

伊藤 淳二(いとう じゅんじ、1922年7月10日 - )は、日本実業家武藤絲治にみとめられ、のちにカネボウ会長になる。日本航空元会長。

略歴[編集]

  • 1922年(大正11年)7月22日 - 中国青島市に出生
  • 1947年(昭和22年) - 慶應義塾大学経済学部卒、鐘淵紡績(後のカネボウ)入社
  • 1961年(昭和36年) - 経営多角化を目指す「グレーターカネボウ計画」の立案に関わる
  • 1968年(昭和43年) - 武藤絲治(カネボウ武藤山治の息子)の後継指名を受け、45歳で社長就任。労使協調、「ペンタゴン経営」と称する経営多角化路線を更に推し進める
  • 1984年(昭和59年) - 会長に就任
  • 1985年(昭和60年) - 中曽根内閣による日本航空民営化方針を受け、同社副会長を兼任
  • 1986年(昭和61年) - 日本航空会長。『45/47体制』廃止対応や日本航空123便墜落事故の収拾に当る傍ら、労使協調と経営多角化路線をここでも推進
  • 1987年(昭和62年) - 労使対立が深刻化し、任期半ばにして日本航空会長を辞任
  • 1992年(平成4年) - バブル崩壊により、カネボウ名誉会長を退く
  • 1995年(平成7年) - 同社名誉会長を勇退。終身名誉会長に就く
  • 2003年(平成15年) - 同社終身名誉会長を勇退。鐘紡記念病院名誉理事長に就任

主著[編集]

関連書籍[編集]

  • 城山三郎『役員室午後三時』- 主人公のモデル
  • 山崎豊子沈まぬ太陽』- 登場人物の国見会長のモデル
  • 嶋田賢三郎『責任に時効なし―小説 巨額粉飾』- カネボウ破綻に関し伊藤ら旧経営陣の責任を問うたもの。著者は同社元常務。

脚注[編集]


関連項目[編集]