井伊直好

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井伊 直好
時代 江戸時代前期
生誕 元和4年(1618年
死没 寛文12年1月6日1672年2月4日
改名 万千代(幼名)→直之(初名)→直好
別名 大膳(通称)
戒名 大勝院殿日頼春果大居士
墓所 静岡県袋井市久能の可睡斎
官位 従五位下、兵部少輔
幕府 江戸幕府
主君 徳川家光家綱
上野安中藩主→三河西尾藩主→遠江掛川藩
氏族 井伊氏
父母 父:井伊直勝、母:中島新左衛門の娘
兄弟 直好井伊直滋
正室酒井忠勝の娘
継室松平家信の娘
直武

井伊 直好(いい なおよし)は、上野安中藩の第2代藩主、のち三河西尾藩主、遠江掛川藩の初代藩主。直勝系井伊家2代。

元和4年(1618年)、安中藩初代藩主・井伊直勝の長男として安中にて生まれる。父の隠居で安中藩3万石を継いだが、正保2年(1645年)6月23日、5000石加増の上で西尾藩へ加増移封される。万治2年(1659年)正月28日に掛川藩に移封され、寛文12年(1672年)正月6日、掛川にて死去した。享年55。跡を長男の直武が継いだ。