可睡斎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
可睡斎
本堂
本堂(2007年2月)
所在地 静岡県袋井市久能2915-1
位置 北緯34度46分29.38秒
東経137度55分12.17秒
山号 萬松山
宗派 曹洞宗
寺格 遠州三山
本尊 聖観音
創建年 応永年間(1394年 - 1428年
開基 恕仲天誾
札所等 遠州三十三観音霊場30番[1]
文化財 可睡斎瑞龍閣・可睡斎東司(登録有形文化財)
可睡斎護国塔(県指定文化財建造物)
紙本墨書示了然道者法語(県指定文化財書跡典跡)
武田信玄の竜の朱印状(市指定文化財古文書
非公開)
梵鐘(県指定文化財工芸品)
公式HP 秋葉総本殿 可睡斎
法人番号 2080405005758
テンプレートを表示
御真殿(2007年2月)

可睡斎(かすいさい)は、静岡県袋井市久能にある曹洞宗寺院で寺紋は丸に三つ葵である。山号は萬松山(ばんしょうざん)。本尊は聖観音(しょうかんのん)。江戸時代には「東海大僧録」として三河国遠江国駿河国伊豆国の曹洞宗寺院を支配下に収め、関三刹と同等の権威を持った。遠州三山の1つ。

歴史[編集]

室町時代初期、応永年間(1394年 - 1428年)に恕仲天誾(じょちゅうてんぎん)禅師によって開山された。

徳川家康が、幼い頃武田信玄の軍から逃れ父と共に匿われた礼に訪れた際、席上で居眠りをする仙麟等膳和尚(第11代)を見た家康は「和尚我を見ること愛児の如し。故に安心して眠る。われその親密の情を喜ぶ、和尚 、眠るべし」と言い、以来和尚が「可睡和尚」と呼ばれたことから、いつしか本来東陽軒であった寺の名も可睡斎となった。家康が父と共に隠れたとされる洞窟は六の字穴として今も残っている。

1873年明治6年)、秋葉山(あきはさん、静岡県浜松市)の神仏分離に伴い三尺坊大権現(さんしゃくぼうだいごんげん)が遷座され火防災除の寺ともなった(由来は秋葉山本宮秋葉神社の項を参照)。また春先のユリや初夏の牡丹が美しい寺。修行道場として僧堂を設置している。

交通アクセス[編集]

関連[編集]

遠州三山

脚注[編集]

  1. ^ “三十番札所 曹洞宗 萬松山 可睡斎”. 遠州三十三観音霊場. http://enshu33.com/all-guide/可睡斎/ 2012年4月12日閲覧。 

外部リンク[編集]