井伊直充

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井伊直充
時代 江戸時代後期 - 末期(幕末
生誕 天保9年3月1日1838年3月26日
死没 文久2年9月24日1862年11月15日
改名 長十郎(幼名)→直充
戒名 義峯院殿覚性玄雄大居士
墓所 東京都墨田区向島弘福寺
官位 従五位下、兵部少輔
幕府 江戸幕府
越後与板藩
氏族 井伊氏
父母 父:井伊直経、母:村上氏
養子:直安

井伊 直充(いい なおあつ / なおみつ)は、越後与板藩の第9代藩主。直勝系井伊家13代。

天保9年(1838年)3月1日、8代藩主・井伊直経の長男として与板で生まれる。安政3年(1856年)、父の死去により家督を継ぎ、同年12月に叙任された。藩政では藩士子弟に学問を奨励し、学者を藩に招聘している。安政7年(1860年)に藩校・正徳館を開館した。同年3月3日桜田門外の変で宗家の井伊直弼が暗殺されると、連座で処罰されている。文久2年(1862年)9月24日、江戸で死去した。享年25。跡を養嗣子で直弼の子の直安が継いだ。