中願寺雄吉

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ちゅうがんじ ゆうきち
中願寺 雄吉
生誕 1889年3月23日
日本の旗 福岡県筑紫郡筑紫村(現・筑紫野市
死没 (2003-09-28) 2003年9月28日(114歳没)
日本の旗 福岡県小郡市
死因 老衰
著名な実績
  • 存命人物のうち世界最高齢(2002年12月29日 - 2003年9月28日)
  • 存命男性のうち世界最高齢(2002年1月3日 - 2003年9月28日)

中願寺 雄吉(ちゅうがんじ ゆうきち、1889年(明治22年)3月23日 - 2003年(平成15年)9月28日)は、2002年12月から2003年9月まで長寿世界一だった福岡県小郡市在住の男性。ただし、生前は後述のとおり長寿世界一とは見なされず、世界第2位であるとされていた。

人物[編集]

福岡県旧筑紫郡筑紫村(現・筑紫野市)の農家に生まれる。大正3年(1914年)に結婚(妻:中願寺シカ)。旧三井郡三国村(現・小郡市)へ移り、養蚕指導員や銀行員を務めた。4男1女の子供に恵まれ、戦後は自治会の会長や民生委員などを務めた。釣りや植木が趣味であった。90代後半まで自転車に乗って外出するなどしていた。

2002年の数年前までは一人で選挙の投票にも出掛けていたが、2000年頃に目が不自由になってからは外出を控えていた[1]。 その後は自宅の寝床で過ごしがちだったが、三食欠かさず食べ、牛肉やかしわ飯が好物だった。114歳の時点でも氷砂糖を食べるほどであった[2]

1973年に妻が死去。2000年1月18日に男性長寿日本一となり、2002年1月3日には男性長寿世界一、また同日には男女を合わせての長寿日本一に、2002年12月29日には長寿世界一となった。日本人が長寿世界一となったのは1976年に死去した河本にわ以来26年ぶりであった。ただし、生前は本郷かまとが長寿世界一と認定されていたため、中願寺は本郷に次ぐ世界第2位とされていた。当時は男女ともに長寿世界一に日本人がなったとして話題になったが、ギネスブックは本郷の生年記録に疑義があるとして2012年9月にその記録を取り消している[3]

確実な記録のある日本人男性では初めて113歳と114歳の誕生日を迎えた人物でもあった。2003年9月28日、老衰のため自宅で死去。114歳189日没。これは当時の男性の歴代日本最高齢記録であったが、当時は120歳(実際は105歳)とされた泉重千代の記録が認められていたため、歴代男性日本最高齢とは認識されておらず第2位と扱われていた。

なお、中願寺雄吉の後に世界最高齢になった川手ミトヨラモナ・イグレシアスマリア・カポビージャら1889年生まれが相継いで世界最高齢となった。

同年に生まれた著名人は石原莞爾岡本かの子チャーリー・チャップリンアドルフ・ヒトラー三木露風木戸幸一井上成美熊沢寛道らがいる。

出典[編集]

[脚注の使い方]
記録
先代:
マエ・ハリントン
存命人物のうち世界最高齢
2002年12月29日 - 2003年9月28日
次代:
川手ミトヨ
先代:
アントニオ・トッデ
存命男性のうち世界最高齢
2002年1月3日 - 2003年9月28日
次代:
ホアン・リウダベッツ
先代:
及川マツノ
日本の旗 存命人物のうち日本最高齢
2002年1月3日 - 2003年9月28日
次代:
川手ミトヨ
先代:
田辺定義
日本の旗 存命男性のうち日本最高齢
2000年1月18日 - 2003年9月28日
次代:
仲村亀二
先代:
石崎伝蔵
日本の旗 歴代男性の日本最高齢
2001年10月1日 - 2011年10月25日
次代:
木村次郎右衛門