ジャンヌ・カルマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ジャンヌ=ルイーズ・カルマン
Jeanne-Louise Calment
JeanneCalmentaged40.jpg
40歳のときのジャンヌ
生誕 (1875-02-21) 1875年2月21日?
フランスの旗 フランス共和国 アルル
死没 (1997-08-04) 1997年8月4日(122歳没)
フランスの旗 フランス アルル
死因 老衰
住居 フランスの旗 フランス アルル
国籍 フランスの旗 フランス
著名な実績 人類史上(確実な証拠がある中で)最も長生きをした人物
配偶者 フェルナン・カルマン(1896 – 1942)
子供 イヴォンヌ・カルマン

父:ニコラ・カルマン(Nicolas Calment)[1]

母:マルグリット・ジル(Marguerite Gilles)[1]

ジャンヌ=ルイーズ・カルマンJeanne-Louise Calment1875年2月21日? - 1997年8月4日)は、人類史上最も長生きをしたとされるフランス人女性で、存命時の本人の発言等から長らく122年と164日間生きたとされていたが、2019年より、ジャンヌの長寿記録に疑義が生じている(後述参照)。

生涯[編集]

ジャンヌ・カルマンの出生証明書

ジャンヌ・カルマンは、1875年2月21日、フランスのアルルにて、船大工であったニコラ(Nicolas Calment、1837年11月8日 - 1931年1月28日)と、製粉業者の令嬢だったマルグリット(Marguerite Gilles、1838年2月20日 - 1924年9月18日)の三女として生まれたとされる。同じ年に生まれた著名人として、作曲家のモーリス・ラヴェル、心理学者のカール・グスタフ・ユング、作家のトーマス・マン、日本人では民俗学者の柳田國男などがいる。 1876年の国勢調査で1歳と記録されている。両親の間には4人の子がいたが(長女マリー、次女アントワーヌ、長男フランソワ及び三女ジャンヌ)、マリーとアントワーヌは幼くして死亡している[1]

ジャンヌの記憶によると1888年、13歳のときに、アルルに滞在中であった画家のフィンセント・ファン・ゴッホが、親族の営む画材店へ絵の具と鉛筆を買いに訪れたときに出会ったという[2]。ゴッホはジャンヌに会った2年後の1890年7月29日に亡くなった。また、エッフェル塔が建設されたことや、1885年にヴィクトル・ユーゴーの大規模な国葬が行われたことを記憶していた。

彼女の家族の多くは比較的高齢まで生き、兄・フランソワは97歳、父・ニコラは93歳(1838年1月28日 - 1931年1月22日)、母・マルグリットは86歳(1838年2月20日 - 1924年9月18日)まで生きた[3]

1896年はとこのフェルナン・カルマン(Fernand Calment、1868年 - 1942年)と結婚した。夫・フェルナン、娘のイヴォンヌ(Yvonne、1898年1月20日 - 1934年1月19日)、娘婿であるジョゼフ・ビイヨ大尉(Joseph Billot、1891年3月5日 - 1963年1月25日)を超えて長生きした[1]

一人だけの孫、フレデリック・ビイヨ(Frédéric Billiot、1926年12月23日 - 1963年8月13日)は、医者になったが、モーターバイク事故に遭い、36歳で死去している。

1895年(20歳)

1965年、相続人がいなくなったジャンヌは、当時の公証人であったフランソワ・ラフレー(François Raffray、当時47歳)と、フランスでは一般的なリバースモーゲッジの契約を交わし、ジャンヌがコンドミニウム・アパートメントを売る代わりに、ラフレーより毎月一定金額(2500フラン)が払われることになった。契約をした90歳のとき、ジャンヌのアパートメントは、10年分の支払いの価値があった。1995年12月、ラフレーは77歳で死去したが、その後もジャンヌが存命していたため、ラフレーの未亡人は毎月の支払いを続行しなければならなかった。そのためラフレー夫婦は、ジャンヌの家に2倍以上の価格をトータルで払ったことになる[4]

長寿[編集]

1986年6月20日、ウジェニー・ルー (Eugénie Roux) の死により、111歳でフランス最高齢となる[5]。1987年12月27日にアンナ・エリザ・ウィリアムズが死去し、ヨーロッパ最高齢、世界で2番目に高齢の人物となる。その半月後の1988年1月11日に当時114歳93日だったフローレンス・ナップが死去したことで、ジャンヌは、112歳324日にして、存命人物での世界最高齢者となり、存命人物での長寿世界一であった期間が最も長い人物ともなった(ただし、長寿世界一になった当時、ジャンヌは未だに世界最高齢とは認識されていなかった)。

ジャンヌが国際的に有名になったきっかけは、1988年にゴッホの「ひまわり」作画百年記念の際、直接会った人としてインタビューを受け、ゴッホを「みすぼらしい服装で、酒癖が良くない人物だった」と評したことであった[4][6]

インタビュー後、1989年に113歳で世界で最も長生きである人としてギネスブックに載った。だが同じ1989年から1991年の間、そのタイトルはキャリー・C・ホワイト(1874年11月18日 - 1991年2月14日)に奪われたとされた。1991年5月21日には116歳で史上最年長の女性になった。1995年7月12日には日本の猪飼たね(1879年1月18日生、当時116歳)の死去に伴い、1870年代全体での最後の生き残りとなった。

1995年10月17日、ついに120歳と238日で、ギネスが公認していた泉重千代[7]を超えて史上最年長の人になった。なお、現在ではホワイト、泉の両人ともギネスブックによってその記録は取り消されている[8]

死去[編集]

22歳(1897年)、死去の100年前。

1997年8月4日、老衰のため[9]122歳で亡くなり、カナダ人マリー・メイユール(1880年8月29日 - 1998年4月16日、当時116歳340日)に世界最年長の座を譲った。生存日数は44724日だった。

ジャンヌに次ぐ世界歴代2番目の長寿者は、アメリカのサラ・ナウス(1999年に119歳と97日で死去)である。彼女の年齢を上回っていると主張している人々が南アメリカ中国などに存在しているが、いずれも確証を得るには至っておらず、記録は破られていない[2]

世界最高記録への嫌疑[編集]

ジャンヌが122歳164日まで生存したという主張については、既にジャンヌの生存中より専門家・学者から数多くの疑義が呈されてきた。ジャンヌの没後間もなく、老齢学者・トム・カークウッド英語版より、ジャンヌが娘・イヴォンヌと入れ替わっている可能性が示唆され、日本でも、高齢社会について著書の多いジャーナリスト・フリーライターの山本思外里も、自身のブログ内で、ジャンヌの長寿記録に疑問を呈している[10][11]

2019年に、ニコライ・ザーク、ヴァレリー・ノヴォセロフなどのロシアの研究プロジェクトが、生前のジャンヌ本人のインタビューにおける発言内容や周囲の人物の証言、またジャンヌに関する公的な書類などを検証した結果、「イヴォンヌが死亡する前と後で、ジャンヌの身体的特徴が大きく異なっている」こと[12]を理由に、「ジャンヌ本人は1934年に58歳で死亡しており、娘・イヴォンヌが相続税の支払いから逃れる目的で、母の戸籍を使用していた可能性が高い」とした上で、「1997年に死亡したのがジャンヌではなくイヴォンヌだとしたら、正確な没年齢が99歳である可能性がある」として、「ジャンヌとイヴォンヌがすり替わった」と結論付ける自説を主張[13]

これらの疑義については反論もなされており、GRGも2019年現在はジャンヌの記録を認定している一方で、長寿記録の審査を厳格化すべきだという意見も上がっている[13]

健康とライフスタイル[編集]

フェンシングは85歳から始め、自転車は100歳まで乗った[3]。ジャンヌは1週間に1キログラムのチョコレートを食べていたとされている[6]。彼女は料理中に小さな火事が起こったことをきっかけにして、1985年に110歳で施設に移ったが、1990年1月(114歳11か月)のときに大腿骨を骨折し手術を受けるまでは歩行することができた。ジャンヌは手術を受ける間、「私はメトシェラと競合する」と喋っていたという。

114歳の時に本人役で映画『Vincent and Me』に出演して史上最年長の女優にもなった[14]。1995年にフランス語ドキュメンタリー「Beyond 120 Years with Jeanne Calment」がリリースされた。1996年に彼女が住んでいた施設はCD「Time's Mistress」をリリース。彼女の語りやラップなどがミックスされている。

彼女は自分が喫煙者であることを隠さず、20歳代から喫煙し、タバコに火をつけてくれる介護者のことを気遣って、117歳で禁煙したという[4]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d Yvonne Marie Nicole Calment Billiot (1898 - 1934) - Find A Grave Memorial Find a Grave (英語) 2014年5月24日閲覧。
  2. ^ a b Oldest person”. 2014年6月8日閲覧。 Guinness World Records (英語)
  3. ^ a b 史上最も長生きは仏人女性の122歳 117歳まで喫煙していた” (2014年4月29日). 2014年6月2日閲覧。
  4. ^ a b c Jeanne Calment, World's Elder, Dies at 122”. 2014年4月26日閲覧。 ニューヨーク・タイムズ、1997年8月5日 (英語)
  5. ^ “Go, granny, go”. The Anniston Star (Anniston, Alabama): p. 7. (1986年7月2日) 
  6. ^ a b World's oldest person dead McCook Daily Gazette (英語)
  7. ^ 1865年8月20日(慶應元年6月29日) - 1986年(昭和61年)2月21日、生年の信憑性に疑問があることと、戸籍の不備を理由に、2012年版からギネスは泉の公認を取り消すことになった。
  8. ^ GRG Table C (2012) World's Oldest Person Titleholders (since 1955)”. ジェロントロジー・リサーチ・グループ. 2013年1月5日閲覧。 (英語)
  9. ^ Jeanne Calment – NNDB (英語) 2014年5月12日回覧。
  10. ^ 山本思外里の「老年学ノート」 : 『122歳』のウソ
  11. ^ 山本思外里の「老年学ノート」 : 『122歳のウソ』再論
  12. ^ 仰天ミステリー! ギネス記録の世界最高齢女性、じつは娘がなりすましていた? : J-CASTテレビウォッチ
  13. ^ a b “仏女性の世界最高齢記録、実は娘の成り済まし? ロシア研究者の指摘で物議”. AFPBB News. (2019年1月7日). http://www.afpbb.com/articles/-/3205330 2019年1月7日閲覧。 
  14. ^ クレイグ・グレンディ 『ギネス世界記録2014(Guinness world records)日本語版』、58頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

記録
先代:
フローレンス・ナップ
存命人物のうち世界最高齢
1988年1月11日 - 1997年8月4日
次代:
マリー・メイユール
先代:
アウグスタ・ホルツ
歴代の世界最高齢
1990年5月11日 -
次代:
(記録保持者)
先代:
アンナ・エリザ・ウィリアムズ
存命人物のうちヨーロッパ最高齢
1987年12月27日 - 1997年8月4日
次代:
ルーシー・ジェーン・アスキュー
先代:
ユージェニー・ルー
フランスの旗 存命人物のうちフランス最高齢
1986年6月20日 - 1997年8月4日
次代:
マリー=エレーヌ・シャントゥペルドゥリ
先代:
ユージェニー・ルー
フランスの旗 歴代のフランス最高齢
1987年7月19日 -
次代:
(記録保持者)