小山ウラ
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小山 ウラ(こやま ウラ、1890年(明治23年)8月30日 - 2005年(平成17年)4月5日)は、長寿日本一だった女性。
1890年、広島県生まれ。兵庫県西宮市に在住していたが、1977年に孫との同居のため飯塚市に移住した。
趣味が多く、百歳を過ぎても新聞を隅々まで読み、洗濯もしていた[1]。1995年時点でも家事を手伝うほどの元気ぶりを見せていた。趣味はちぎり絵と舞踊という[2]。2003年11月13日に川手ミトヨが死去したことに伴い、113歳75日で長寿日本一となった。
110歳頃より足腰が弱ったため入院していたが、食欲は旺盛。体調がいい時には、手足を動かすなどリハビリも行っていた。114歳時点では耳が遠いため、筆談でコミュニケーションをとっていた[1]。
2005年1月ごろより肺炎を患っており、一時は回復していたが、2005年4月5日、肺炎のため福岡県飯塚市の病院で死去[2]。114歳218日没。長寿日本一は皆川ヨ子となった[3]。
人物
[編集]- 100歳のころまで歯が全部そろっており、偏食、大食をせずに節制に努めていた[4]。
- 謡、写経、三味線、ちぎり絵と趣味が多く、歌舞伎や浄瑠璃、大相撲のテレビ観戦も好んだ。謡と写経は110歳を過ぎても続けていた[4]。
脚注
[編集]- ^ a b 読売新聞、2004年9月15日「全国最高齢114歳の小山さん 食欲旺盛、筆談で交流も/福岡・飯塚」
- ^ a b “訃報:小山ウラさん 114歳 死去=長寿日本一”. MSN毎日インタラクティブ. (2005年4月6日). オリジナルの2005年4月6日時点におけるアーカイブ。 2022年9月23日閲覧。
- ^ “Pneumonia claims oldest woman, 114”. The Commercial Appea] (NewsBank): p. A8. (2005年4月6日) 2016年4月14日閲覧。
- ^ a b 朝日新聞2003年11月15日「花束贈られ「まあ、見事」 国内最高113歳の小山さん /福岡」
| 記録 | ||
|---|---|---|
| 先代 川手ミトヨ |
2003年11月13日 - 2005年4月5日 |
次代 皆川ヨ子 |