美容師

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヘアドレッサーから転送)
ナビゲーションに移動 検索に移動
美容師
Haircoloring.jpg
基本情報
職種 専門職
業種 ファッション産業
詳細情報
関連職業 理容師

美容師(びようし、: beauticianhairdresser)は、パーマネントウエーブ、結髪、化粧等の方法により、容姿を美しくするサービス業就労者をいう。

日本の美容師[編集]

日本において美容師は国家資格とされている[1]厚生労働大臣免許を受けた美容師でなければ、美容を業としてはならない(美容師法第6条)。そして、美容師になるためには美容師国家試験に合格する必要がある。試験受験には、都道府県知事の指定した美容師養成施設において厚生労働省令で定める期間の教育を受ける必要がある[2]

染毛(ヘアカラー)は、美容師法第二条第一項に明示する行為に準ずる行為であるので、美容師又は理容師でなければこれを業として行ってはならない。

なお、当資格者は、教育職員検定により特別支援学校自立教科助教諭(理容)の臨時免許状が与えられる制度があり[3]、定められた経験、単位修得により普通免許状に移行できる。

日本の美容師の歴史[編集]

明治時代の理髪[編集]

日本においては、髪結床として女性の髪結や男性の丁髷(ちょんまげ)などを結ってきたが、明治4年8月9日に発布されたいわゆる「散髪脱刀令(断髪令)」より「近代理容業」として生まれ変わる。この明治期には、男子が西洋風の短髪にすることを散髪、伝統的な髷型にすることを結髪といい、特に西洋風の髪型については理髪商へ赴いて髪型を整えた。理髪商の名称は元服の折の理髪に由来しており、明治末には理髪業がみえ、理髪所や理髪店、理髪師の呼称も一般化した。 女子の場合は、明治期以前より幼少と長じての髪型が各数種あり、嫁して後の髪型として、丸髷(まるまげ)・片外(かたはずし)に・かんざしを飾ることが一般的であった。同時代の女学校では、修身や招待客への礼法とともに、家政科の理髪では伝統的に手技のひとつとされた女子自ら髷を結う手法を教えていた。 1900年(明治33年)頃の理髪師は、理髪店の見習い等からはじめて職人となり、理髪師は徒弟制度または年季奉公等を経て道具を揃え、約5年で開業することが一般的であった。また、開業資金のためにその後も他店で働き、贔屓のお客を得て独立する者もいた。

1957年主に女性客のために理容師法から美容師法が独立する。現在においても美容師法は『美容とは「パーマネントウェーブ、結髪、化粧等の方法により、容姿を美しくすること」とされている。美容師がコールドパーマネントウェーブ等の行為に伴う美容行為の一環としてカッティングを行うことは美容の範囲に含まれる。また、女性に対するカッティングはコールドパーマネントウェーブ等の行為との関連を問わず、美容行為の範囲に含まれる。』となっており、カットを含め、化粧マニキュアヘアーエクステンションなど女性のための業となっている。

ただ、時代の流れにより実際は美容所でも男性のカットをしている店も多い。厳密に言うと、男性にコールドパーマネントウェーブを行うこと、およびそれに付随して髪のカッティングを行うことは認められるが、男性に対しカッティングのみを行うことはできない、という見解が厚生省から出されている。一方、女性に関しては、コールドパーマネントウェーブに付随せず、カッティングのみを行うことは認められている。2015年7月17日に厚労省から新たな通知が出され、性別に関係なく理容師のコールドパーマネントウェーブと美容師のカッティングが認められた[4]

日本で初めての美容専門学校[編集]

大正2年(1913)『東京女子美髪学校』が最初に認可され、結髪技術[5]の教授を目的に「女髪結」の師匠たちによって設立された。 「美髪」はこの当時「美容」という用語が一般的でなかった為、理髪業界がその技術向上を図る目的で設立した大日本美髪会(明治39,1906)から引用したと考えられる。教科に美顔術(理髪師の大場秀吉や芝山兼太郎がルーツで今日のエステの源流)があり、女髪結の近代化の原点は皮膚の生理や病理及び衛生管理など医学的知識の習得にあったと考えられる。 さらに特筆すべきは、東京で大正11年(1922)に肌と髪の手入れ法(北原美容術)や化粧法を教授する専門校として、日本女子美容術学校が北原 十三男によって設立されている。他の府県では、大正4年(1915)大阪美髪女学校(現大阪美容専門学校)や大正13年(1924)神戸美髪九十九学校(現BEAUTY ARTS KOBE 日本高等美容専門学校)などが設立されている。   大正期は都市の一般大衆の生活の欧風化が進展し、女性の社会進出も認められ始めた。また女性ファッションの主流が和装(本格的な洋装化は第2次大戦後)であったとはいえ、日本髪や束髪の衰退傾向は見え始めていた。高木女子美髪学校(大正15、1926東京府認可)の教科に洋髪技術の存在することが、このことを示している。  このように認可された学校に対して、無認可の学校や講習所も多く存在した。「美容講習所」(大正2、現マリールイズ美容専門学校)がその一つで、設立者のマリールイズはウエーブ技術の普及によって、日本髪・束髪(女髪結)から洋髪(美容師)への過渡期における近代美容の礎を築いたと考えられる。また業界にあって美容の近代化に果たした遠藤波津子(理容館、明治38、1905)や山本久栄(美粧倶楽部、明治44、1910)及び山野千枝子(丸ノ内美容院、大正11)らの功績も大きい。 「教えない」ことが本音の徒弟制度下にあった女髪結たちが学校を設立した裏には「賤業からの脱却」という地位向上への熱き思いが存在する。女性が仕事を持つことや女髪結にまつわる様々な偏見を少しでも払拭する為に、東京女子美髪学校の校則にあるように学校は「結髪二関スル知識及 技能ヲ授ケ貞淑有為ノ婦人」の養成を担う役割を持ったのである。  刑務所内でも模範囚の場合美容師の教育を受けることが可能である。
今日美容師は専門職として高い社会的評価を受け雑誌などに紹介される場合「先生」と呼称される場合が多い。

ヘアカラー専門美容師の誕生[編集]

白髪人口の増大とヘアカラーファッションして楽しむ世代によってヘアカラーが普及し、ヘアカラー市場規模は1985年頃には、400億円前後であったが1990年代に入り飛躍的な成長をとげ、2000年には1000億円超える大きな規模になった。

1994年ゼネラリストであった美容師からヘアカラーのスペシャリスト、ヘアカラーリストが誕生した。それは、美容師への高度なヘアカラー技能・知識、センス、ノウハウの充実が生み出した、新たな美容師の創出である。

その歴史は浅く、NYで働いていた日本人によって1994年大阪に分業化の専門サロンが誕生し、名門ウォーレン・トリコミ、フレデリック・フェッカイ、ルイス・リカーリで活躍していたヘアカラーリストによって日本のヘアカラーリスト文化がはじまったと言われている。またNPO法人日本ヘアカラー協会に所属するヘアカラーリストによって、全国でサロンカラーの浸透と啓蒙活動が行われている。

中国の美髪師[編集]

中国語では「美容師」はエステティシャンのことであり、美容師は「美髪師」という[1]。いずれも国家職業技能資格とされている[1]

中国の美容教育を行う施設には、美容師職業技能訓練校、中等職業技能学校及び職業高等学校、職業学院、大学がある[1]。これらの施設とは別に中国には弟子が師匠から教わる徒弟制度がある[1]。しかし、中国においては、産業別の収益等の情報は公開されておらず、美容サロン・エステサロン等を網羅した統計も公表されていないことから不明な点が多いとされる[1]

台湾の美髪師[編集]

台湾でも「美容師」はエステティシャンのことであり、美容師は「美髪師」という[1]。いずれも免許制(資格発行機関は台湾行政院内政部労工委員会)となっており丙級と乙級がある[1]

丙級女子美髪技術士の受験資格は満15才または中卒者で、2009年12月現在の有資格者は183,824人である[1]

乙級女子美髪技術士の受験資格は丙級女子美髪技術士を取得後満2年以上の者などで、2009年12月現在の有資格者は3,730人である[1]

韓国の美容師[編集]

韓国の美容師免許は技能士としての「美容師(一般)免許」と「美容師(皮膚)免許」(エステティシャン)、技能匠としての「美容匠」の資格があり、いずれも保健福祉部が資格証を発行している[1]。韓国では韓国産業人力公団が美容師資格試験を実施しているが美容師資格については受験資格に制限はない[1]。美容匠の受験資格は美容師資格を取得して8年以上または職歴11年以上の実務経験者でなければならない[1]

なお、美容室を開業するには、市・郡・区長の免許が必要である[1]

欧州の美容師[編集]

参考文献[編集]

  • しんびよう編集部編 「素晴らしき美容昭和史」『しんびよう』1986年7月号から1987年4月号の連載記事、新美容出版。
  • 高橋晴子 「近代日本の身装文化」 三元社、355~364頁、 2006。
  • 東京府認可の美容学校については、東京都公文書館に史料が存在する。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 美容分野の専門人材の育成を支援する産学官連携コンソーシアムの組織事業成果報告書”. 学校法人メイ・ウシヤマ学園、ハリウッドビューティ専門学校. 2018年6月11日閲覧。
  2. ^ 美容師法第4条
  3. ^ 教育職員免許法施行規則第65条。
  4. ^ 千田啓互『理容師と美容師の争いは、男と女の戦いだった!歴史と統計から学ぶ業界の歩み』(風詠社)79頁
  5. ^ 日本髪や束髪を結う技術。
  6. ^ Code ROME: D1202

関連項目[編集]