バーナード・トミック

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バーナード・トミック Tennis pictogram.svg
Bernard Tomic 1, Wimbledon 2013 - Diliff.jpg
バーナード・トミック
基本情報
ラテン文字名 Bernard Tomic
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
出身地 ドイツ・シュトゥットガルト
居住地 オーストラリア・ゴールドコースト
生年月日 1992年10月21日(23歳)
身長 196cm
体重 91kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2008年
ツアー通算 3勝
シングルス 3勝
ダブルス 0勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(2012・15・16)
全仏 2回戦(2012・15・16)
全英 ベスト8(2011)
全米 3回戦(2015)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 1回戦(2010)
全仏 1回戦(2012)
全英 1回戦(2013)
全米 2回戦(2012・13)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 17位(2016年1月11日)
ダブルス 145位(2013年8月5日)
2016年1月25日現在

バーナード・トミックBernard Tomic, 1992年10月21日 - )は、オーストラリアの男子プロテニス選手。ドイツシュトゥットガルト出身でゴールドコーストに在住している。これまでにATPツアーでシングルス3勝を挙げている。自己最高ランキングはシングルス17位。身長196cm、体重91kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。両親がユーゴスラビア系であることからトミッチと呼ばれることも多い。

2011年ウィンブルドン選手権ベスト8。2015年インディアンウェルズ・マスターズ上海マスターズベスト8。

来歴[編集]

トミックはドイツシュトゥットガルトで生まれ、3歳のときに一家でオーストラリアに移住する。父はクロアチア人で母はボスニア人である。妹のサラもジュニアのテニス選手である。7歳のときから父親の手ほどきでテニスを始める。ジュニア時代から注目を集め、13歳でIMGとマネジメント契約を結んでいる[1]

15歳で出場した2008年全豪オープン男子ジュニアシングルスでは決勝で台湾楊宗樺を4–6, 7–6(5), 6–0 で破り優勝している[2]。15歳3ヶ月での優勝は最年少記録である。

2009年全豪オープンに主催者推薦で4大大会に初出場。1回戦でポティート・スタラーチェを 7-6(5), 1-6, 7-6(5), 7-6(6) で破り初勝利を挙げる。2回戦でジレ・ミュラーに 6-3, 1-6, 4-6, 2-6 で敗れた。全米オープンではジュニアの男子シングルスで優勝している。

トミックは2011年に躍進した。全豪オープンでは2回戦で第31シードのフェリシアーノ・ロペスを 7-6(4), 7-6(3), 6-3 で破り、3回戦で第1シードのラファエル・ナダルと対戦した。ウィンブルドンでは予選から勝ち上がり、1回戦で第29シードのニコライ・ダビデンコを 7-5, 6-3, 7-5 、2回戦でイーゴリ・アンドレエフを 4-6, 5-7, 6-3, 6-4, 6-1、3回戦では第5シードのロビン・セーデリングを 6-1, 6-4, 7-5、4回戦ではグザビエ・マリスを 6-1, 7-5, 6-4 で破り18歳でベスト8進出を果たした。予選から勝ち上がった選手が、男子シングルスでベスト8に進出するのは11年ぶりの快挙であった[3]。準々決勝では優勝したノバク・ジョコビッチに 2-6, 6-3, 3-6, 5-7 で敗れたが第2セットを奪う健闘を見せた。この活躍によりランキングが158位から71位に大幅に上がった。10月の楽天ジャパンオープンにも出場し、1回戦でビクトル・トロイツキ、2回戦で伊藤竜馬を破りベスト8に進出した。大会後のランキングでは49位となりトップ50位入りを果たしている。

2012年は開幕戦のブリスベン国際でベスト4に進出。全豪オープン前哨戦のクーヨン・クラシック(非公式戦)の決勝で、マーディ・フィッシュを破り優勝した[4]全豪オープンでは1回戦で第22シードのフェルナンド・ベルダスコを 4-6, 6-7(3), 6-4, 6-2, 7-5 、2回戦でサム・クエリーを 3-6, 6-3, 7-6(3), 6-3 、3回戦は第13シードのアレクサンドル・ドルゴポロフを 4-6, 7-6(0), 7-6(6), 2-6, 6-3 の逆転で勝利し4回戦に進出した。4回戦ではロジャー・フェデラーに 4-6, 2-6, 2-6 のストレートで敗れた[5]。 7月のロンドン五輪でオリンピックに初出場した。シングルス1回戦で日本錦織圭に 6-7(4), 6-7(4) で敗れた。

2013年1月のシドニー国際でトミックは初めてツアー大会の決勝に進出。ケビン・アンダーソンを 6–3, 6–7(2), 6–3 で破り初優勝を果たした[6]。翌年の大会も決勝に進出したが、フアン・マルティン・デル・ポトロに 3–6, 1–6 で敗れ連覇を逃した。 2014年7月のコロンビア・オープンでは決勝でディフェンディング・チャンピオンのイボ・カルロビッチに勝利し優勝。

2015年全豪オープンでは3年ぶりに4回戦進出。3月のBNPパリバ・オープンでは3回戦で第8シードのダビド・フェレールに、4回戦で同胞のタナシ・コキナキスに勝利しマスターズ初のベスト8に進出。準々決勝ノバク・ジョコビッチ戦は試合前に棄権した。全仏オープンでは2回戦でコキナキスに敗れた。ウィンブルドンでは3回戦でノバク・ジョコビッチに敗れた。ディフェンディング・チャンピオンとして臨んだコロンビア・オープンでは決勝でアドリアン・マナリノに勝利し連覇を果たした。全米オープンでは3回戦に進出し、リシャール・ガスケに敗れた。上海マスターズでは2回戦で第7シードのダビド・フェレールに、3回戦で第11シードのリシャール・ガスケに勝利しマスターズ2度目のベスト8進出。準々決勝でノバク・ジョコビッチに敗れた。

2016年全豪オープンでは第16シードで出場し、4回戦でアンディ・マレーに敗れた。2月のメキシコ・オープンで決勝に進出し、500の大会では初めて決勝進出。決勝でドミニク・ティエムに敗れ、準優勝。

人物[編集]

気性が荒く、コートの内外で度々トラブルを起こしており、同じオーストラリア人選手のニック・キリオスと並んで問題児とみなされている[7]。 2015年にはオーストラリアのテニス協会や、その役員を務めるパトリック・ラフターを批判したことでデビスカップのオーストラリア代表から外された[8][9]数日後に、米フロリダ州マイアミビーチのホテルでらんちき騒ぎを起こして逮捕されている[10]

2016年のマドリード・マスターズの一回戦では、ファビオ・フォニーニとの試合でマッチポイントを握られた際に、ラケットを上下逆に持ちあからさまに勝負を捨てて敗退。試合後の会見でも悪びれずふて腐れた態度をとり、ノバク・ジョコビッチに苦言を呈された[11]

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 5回 (3勝2敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0-0)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-0)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (0-0)
ATPワールドツアー・500シリーズ (0-1)
ATPワールドツアー・250シリーズ (3–1)
サーフェス別タイトル
ハード (3–2)
クレー (0-0)
芝 (0-0)
カーペット (0-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2013年1月12日 オーストラリアの旗 シドニー ハード 南アフリカ共和国の旗 ケビン・アンダーソン 6–3, 6–7(2), 6–3
準優勝 1. 2014年1月11日 オーストラリアの旗 シドニー ハード アルゼンチンの旗 フアン・マルティン・デル・ポトロ 3–6, 1–6
優勝 2. 2014年7月20日 コロンビアの旗 ボゴタ ハード クロアチアの旗 イボ・カルロビッチ 7–6(5), 3–6, 7–6(4)
優勝 3. 2015年7月26日 コロンビアの旗 ボゴタ ハード フランスの旗 アドリアン・マナリノ 6–1, 3–6, 6–2
準優勝 2. 2016年2月28日 メキシコの旗 アカプルコ ハード オーストリアの旗 ドミニク・ティエム 6-7(6), 6-4, 3-6

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 通算成績
全豪オープン LQ 2R 2R 3R 4R 3R 1R 4R 4R 15–8
全仏オープン A 1R A 1R 2R 1R 1R 2R 2R 3–7
ウィンブルドン A LQ 1R QF 1R 4R 2R 3R 4R 13–7
全米オープン A A LQ 2R 2R 2R 2R 3R 6–4

脚注[編集]

  1. ^ “オーストラリアから驚異のジュニアが誕生か?”. tennis365.net. (2006年3月24日). http://news.tennis365.net/news/today/200603/208.html 
  2. ^ “バーナード・トミック 全豪男子ジュニア制す”. AFPBB News. (2008年1月26日). http://www.afpbb.com/article/sports/tennis/atp/2342047/2562760 
  3. ^ “18歳トミックが大躍進=11年ぶり予選から8強-ウィンブルドンテニス”. 時事ドットコム. (2011年6月28日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201106/2011062800668 
  4. ^ “テニス=クーヨン・クラシック、19歳のトミックが優勝”. Reuters. (2012年1月15日). http://jp.reuters.com/article/sportsNews/idJPTYE80E00420120115 
  5. ^ “テニス=全豪オープン、フェデラーがトミック下し準々決勝進出”. Reuters. (2012年1月23日). http://jp.reuters.com/article/sportsNews/idJPTYE81K02I20120123 
  6. ^ “トミックがツアー初優勝、アピア国際”. AFPBB News. (2013年1月13日). http://www.afpbb.com/article/sports/tennis/atp/2920296/10089193 
  7. ^ “豪選手団長が問題児2人に警告、「リオでやったら強制送還」”. AFPBB News. (2016年3月17日). http://www.afpbb.com/articles/-/3080691 
  8. ^ “トミックの不適切なコメントでオーストラリア協会が激怒し、デ杯の準々決勝のメンバーから除外”. THE TENNIS DAILY. (2015年7月5日). http://www.thetennisdaily.jp/news_detail.asp?idx=110761 
  9. ^ “トミックの論争をキリ煽る”. tennis365.net. (2015年7月15日). http://news.tennis365.net/news/today/201507/105451.html 
  10. ^ “テニスのトミック、パーティーで大騒ぎの末に逮捕”. AFPBB News. (2015年7月17日). http://www.afpbb.com/articles/-/3054773 
  11. ^ “ジョコビッチが愛のムチ、後輩トミックは「思慮不足」”. AFPBB News. (2016年5月6日). http://www.afpbb.com/articles/-/3086147 

外部リンク[編集]