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ジョン・ミルマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジョン・ミルマン
John Millman
2018年全仏オープンでのジョン・ミルマン
基本情報
フルネーム John H. Millman
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
出身地 同・ブリスベン
生年月日 (1989-06-14) 1989年6月14日(37歳)
身長 183cm
体重 79kg
利き手
バックハンド 両手打ち
デビュー年 2006年
引退年 2024年
生涯獲得賞金 5,519,421 アメリカ合衆国ドル
ツアー経歴・シングルス
ツアー通算 1勝
自己最高ランキング 33位(2018年10月15日)
生涯通算成績 121勝149敗
4大大会最高成績・シングルス
全豪オープン 3回戦(2016・20)
全仏オープン 1回戦(2016-20・22)
ウィンブルドン 3回戦(2016・19)
全米オープン ベスト8(2018)
ツアー経歴・ダブルス
ツアー通算 0勝
自己最高ランキング 165位(2018年6月11日)
生涯通算成績 17勝42敗
4大大会最高成績・ダブルス
全豪オープン 3回戦(2021)
全仏オープン 2回戦(2018)
ウィンブルドン 1回戦(2018・21)
全米オープン 2回戦(2017・21)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪オープン 1回戦(2016)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 ベスト4(2017)
ATP杯 ベスト4(2020)
2026年6月21日現在

ジョン・H・ミルマンJohn H. Millman , 1989年6月14日 - )は、オーストラリアブリスベン出身の元男子プロテニス選手。これまでにATPツアーでシングルス1勝を挙げている。身長183cm。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。自己最高ランキングはシングルス33位、ダブルス165位。

選手経歴

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ジュニア時代

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オーストリアブリズベンの5人兄妹(うち4人が女の子)の男の子として生まれる。4歳からテニスを始める。学生時代はブリズベングラマースクールに通っていた。

2006年 プロ転向

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ジュニアグランドスラムでは2006年全豪オープンで初出場。6月にニューカレドニアで開催されたジュニアの大会で初優勝。続くフィジーニュージーランドで開催された大会でも優勝し、計3勝を挙げた。同年にプロに転向。

2008年 フューチャーズ初優勝

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2008年10月にオーストリアのトララルゴンで開催されたITF男子サーキットのフューチャーズで初優勝を果たす。

2010年 チャレンジャー初優勝

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2010年10月にアメリカ合衆国サクラメントで開催されたATPチャレンジャーツアーでチャレンジャー初優勝を果たす。

2013年 グランドスラム初出場

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2013年ブリスベン国際でのジョン・ミルマン

2013年全豪オープン男子シングルスグランドスラム初出場を果たす。この時は伊藤竜馬に4–6, 4–6, 6–3, 6–0, 5–7のフルセットで敗れた。

2014年 怪我に見舞われる

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2013年3月を最後に右肩の手術を受けて、ATPツアーを1年近く離脱。その間にツイッターを通して復帰を約束する内容を投稿した。2014年6月には世界ランキングが1193位まで大幅に降下した。プロテニス選手としての収入がなく、生計を立てるために証券会社アルバイトをしていた。その後ATPチャレンジャーツアーで復帰して、世界ランキングを241位まで伸ばした。

2015年 トップ100入り

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2015年ウィンブルドン選手権予選でのジョン・ミルマン

ウィンブルドン選手権では1回戦で第19シードのトミー・ロブレドに6–2, 6–3, 6–4で勝利し、グランドスラム初勝利を挙げる。2回戦ではマルコス・バグダティスに7–6(5), 6–2, 3–6, 2–6, 4–6で逆転。この活躍で世界ランキングでトップ100入りを果たした。

2016年 リオ五輪ダブルベーグル勝利

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2016年全米オープンでのジョン・ミルマン

全豪オープンでは1回戦を相手のディエゴ・シュワルツマンの途中棄権で勝ち上がると、2回戦でジル・ミュラーに4–6, 6–4, 6–2, 4–6, 7–5で勝利し、初めてグランドスラム3回戦に進出。3回戦でオーストラリアの後輩バーナード・トミックに4–6, 6–7(4), 2–6で敗れた。

ウィンブルドン選手権でも2回戦で第26シードのブノワ・ペールに7–6(5), 6–3, 4–6, 6–2で勝利。3回戦では世界ランク2位のアンディ・マリーと対戦し、3–6, 5–7, 2–6のストレートで敗れた。

リオデジャネイロオリンピックでは1回戦でリカルダス・ベランキスを6–0, 6–0で破った。これはオリンピックでは史上初となるダブルベーグル (6–0, 6–0) である[1]。2回戦で第4シードの錦織圭に6–7(4), 4–6で敗れた。ウィンストン・セーラム・オープンでは準々決勝で第1シードのリシャール・ガスケに7–5, 6–3で勝利し、自身初のツアーベスト4に進出。準決勝で第16シードのパブロ・カレーニョ・ブスタに4–6, 6–7(5)で敗れた。

2017年 デビス杯ベスト4

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全仏オープンでは1回戦で第17シードのロベルト・バウティスタ・アグートに2-6, 2-6, 6-0, 1-6で1回戦敗退。ウィンブルドン選手権では1回戦で第4シードのラファエル・ナダルに1-6, 3-6, 2-6のストレートで初戦敗退したが、レキシントンで開催されたチャレンジャーでは準優勝。全米オープンでは1回戦で第14シードのニック・キリオスに6-3, 1-6, 6-4, 6-1で初戦突破。2回戦でマレク・ジャジリも破るも、3回戦のフィリップ・コールシュライバーに敗れた。

2017年ウィンブルドン選手権でのジョン・ミルマン

9月には母国オーストラリア代表として、デビスカップ2017に参戦。準決勝でベルギー代表のエースであるダビド・ゴファンに破れて、チームはベスト4入りで敗退。ホーチミン市でのチャレンジャーでは決勝でミハイル・ユージニーに敗れて準優勝。ホアヒンでのチャレンジャーでは優勝して、チャレンジャー9勝目を挙げた。年間最終ランキングは128位。

2018年 全米ベスト8 トップ50入り

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全豪オープンでは1回戦でボルナ・チョリッチに5-7, 4-6, 1-6で勝利する。2回戦ではダミル・ジュムールに5-7, 6-3, 4-6, 1-6で敗れた。ATPチャレンジャーツアーである京都チャレンジャーで優勝。マイアミ・オープンでは予選を通過して、2回戦で錦織圭に敗れた。

2018年全仏オープンでのジョン・ミルマン

ハンガリー・オープンではATPツアーで初めて決勝進出を果たすも、決勝はマルコ・チェッキナートに4–6, 5–7で敗れた。フランスで開催されたエクス=アン=プロヴァンス・チャレンジャーでも優勝を果たした。全仏オープンでは1回戦で第24シードのデニス・シャポバロフに5-7, 4-6, 2-6のストレートで敗れた。

ウィンブルドン選手権では1回戦でステファノ・トラヴァーリャに6-7(8), 6-3, 7-5, 6-2で勝利。2回戦では第13シードのミロシュ・ラオニッチに6-7(4), 6-7(4), 6-7(4)の全セットタイブレークのフルセットで敗れた。

2018年全米オープンでのジョン・ミルマン

全米オープンでは2回戦で第14シードのファビオ・フォニーニ、3回戦でミハイル・ククシュキンらを破り、グランドスラム初の4回戦まで駒を進める。4回戦では第2シードのロジャー・フェデラーに3-6, 5-7, 6-7(7), 6-7(3)で勝利し、グランドスラム初のベスト8進出を果たす[2]。準々決勝では第6シードのノバク・ジョコビッチに3-6, 4-6, 4-6のストレートで敗れたが、フェデラーを破る金星を挙げた。2018年10月15日の世界ランキングで自己最高の33位を更新。年間最終ランキングは38位。

2019年 ツアー2度目の決勝進出

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ブリスベン国際では2回戦でグリゴール・ディミトロフに敗れたが、ダブルスではベスト4入りをした。シドニー国際では準々決勝でジル・シモンに敗退して、ベスト8入り。全豪オープンでは2回戦で第22シードのロベルト・バウティスタ・アグートに3-6, 1-6, 6-3, 7-6(6), 4-6のフルセットで惜敗した。

全仏オープンでは1回戦で第5シードのアレクサンダー・ズベレフに6-7(4), 3-6, 6-2, 7-6(5), 3-6のフルセットで敗れて、1回戦を突破できなかった。ウィンブルドン選手権では3回戦進出を果たした。3回戦ではサム・クエリーに6-7(3), 6-7(8), 3-6のストレートで敗れた。

2019年ウィンブルドン選手権でのジョン・ミルマン

全米オープンでは第2シードのラファエル・ナダルに3-6, 2-6, 2-6のストレートで初戦敗退。ATPチャレンジャーツアーである高雄チャレンジャーでは優勝を果たして、10月のジャパン・オープンATPツアー500初の決勝進出を果たしたが[3]ノバク・ジョコビッチにストレートで敗れた[4]デビスカップ2018ではベスト8入りをして、シーズン終了。年間最終ランキングは48位。

2020年 ツアー初優勝 ATP杯ベスト4

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ATPカップではオーストラリア代表として初出場。グループステージでカナダフェリックス・オジェ=アリアシムを破る活躍でチームはベスト4入りを果たした。

全豪オープンでは3回戦では第3シードのフェデラーに6-4, 6-7(2), 4-6, 6-4, 6-7(8)のフルセットの末に敗れた[5]全米オープンでは1回戦で第22シードのニコロズ・バシラシビリを1-6, 4-6, 4-6のストレートで勝利するも、2回戦ではフランシス・ティアフォーに6-7(6), 6-3, 6-1, 3-6, 3-6のフルセットの熱戦の末に敗退。全仏オープンでは1回戦で第17シードのパブロ・カレーニョ・ブスタに3-6, 2-6, 5-7のストレートで敗れたが、11月のアスタナ・オープン英語版では決勝でアドリアン・マナリノを7–5, 6–1で破り、ツアー初優勝を飾った[6][7][8]。年間最終ランキングは38位。

2021年 東京五輪出場

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ATPカップでは2年連続で出場するもラウンドロビン敗退。

全豪オープンでは1回戦でフルセットの末に敗退した。2021年全仏オープンは欠場。ウィンブルドン選手権では1回戦で第8シードのロベルト・バウティスタ・アグートに2-6, 6-3, 3-6, 6-7(4)で敗れた。

東京2020オリンピックではオーストラリア代表もして、シングルスでは1回戦でロレンツォ・ムゼッティを破るも、2回戦でアレハンドロ・ダビドビッチ・フォキナに敗退。ダブルスではルーク・サビルと組み、オーストリア代表のオリバー・マハラ/フィリプ・オスワルト組に1回戦敗退。

2021年全米オープンは1回戦敗退。ソフィア・オープンではベスト8入り。BNPパリバ・オープンでは2回戦でヤニック・シナーに敗退した。クレムリン・カップサンクトペテルブルク・オープンでもベスト8入りするも、カレン・ハチャノフテイラー・フリッツにそれぞれ敗れた。パリ・マスターズではディエゴ・シュワルツマンに敗れて、シーズン終了。年間最終ランキングは72位。

2022年 トップ150圏外

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全豪オープンでは1回戦でフェリシアーノ・ロペスを6-1, 6-3, 4-6, 7-5で勝利。2回戦では第3シードのアレクサンダー・ズベレフに4-6, 4-6, 0-6のストレートで惨敗した。デルレイビーチ・オープンでは準々決勝でグリゴール・ディミトロフを下して、ベスト4入り。準決勝ではライリー・オペルカに6-7(8), 7-6(3), 6-7(4)の全セットタイブレークの大熱戦の末に惜敗。年間最終ランキングは150位。

2023年 引退表明

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11月9日、自身のSNSを更新して「すべての物事には終わりが来ます。来年夏のオーストラリアシーズンを最後に、プロテニス界から引退します」と投稿し、来年のオーストラリアシーズン後に現役を引退すると発表した[9]。年間最終ランキングは483位。

2024年 引退

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1月、全豪オープン予選2回戦で予選第14シードのアレックス・モルチャン英語版に4-6, 3-6のストレートで敗れ、予選決勝進出を逃すとともに、現役生活に幕を閉じた[10]。その後年度末となる11月15日、最終戦であるNitto ATPファイナルズの会場で、今季引退した4選手の選手の1人として表彰式に参加した[11]

人物

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当初はプロテニス選手として精を出していたが、2014年に肩を負傷したため、テニスから離れていた。その間、地元ブリスベンでサラリーマンとしてアルバイトで生計を立てていたが、テニス選手を諦め切れず、そこから奮闘してプロに成り上がった異色の経歴の持ち主[12]

プレースタイル

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プロ転向してから長年の間、テクニファイバーのテニスラケットを使用し続けている[13]

ATPツアー決勝進出結果

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シングルス: 3回 (1勝2敗)

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大会グレード
グランドスラム (0–0)
ATPファイナルズ (0–0)
ATPツアー・マスターズ1000 (0–0)
ATPツアー500 (0–1)
ATPツアー250 (1–1)
サーフェス別タイトル
ハード (1–1)
クレー (0–1)
芝 (0–0)
カーペット (0–0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2018年4月29日 ハンガリーの旗 ブダペスト クレー イタリアの旗 マルコ・チェッキナート 4–6, 5–7
準優勝 2. 2019年10月6日 日本の旗 東京 ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 3–6, 2–6
優勝 1. 2020年11月1日 カザフスタンの旗 ヌルスルタン ハード (室内) フランスの旗 アドリアン・マナリノ 7–5, 6–1


成績

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略語の説明
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.

4大大会シングルス

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大会2009201020112012201320142015201620172018201920202021通算成績
全豪オープン Q2 Q3 Q2 Q1 1R A 1R 3R A 2R 2R 3R 1R 6–7
全仏オープン A Q2 A A A A Q1 1R 1R 1R 1R 1R 0–5
ウィンブルドン A Q1 Q1 A A A 2R 3R 1R 2R 3R NH 6–5
全米オープン A Q3 A A A A 1R 1R 3R QF 1R 2R 7–6

大会最高成績

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大会 成績
ATPファイナルズ A 出場なし
インディアンウェルズ 2R 2016, 2022
マイアミ 2R 2016, 2018, 2019
モンテカルロ 2R 2021
マドリード 2R 2019, 2021
ローマ 2R 2020, 2021
カナダ 2R 2019, 2021
シンシナティ 2R 2016, 2020
上海 2R 2019
パリ 1R 2018, 2020
オリンピック 2R 2016, 2021
デビスカップ SF 2017
ATPカップ SF 2020

脚注

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  1. Rio 2016: John Millman makes Olympic history with Games' first double bagel, beating Ricardas Berankis”. ABC News (2016年8月7日). 2021年5月16日閲覧。
  2. フェデラー撃破の金星で初8強”. tennis365.net (2018年9月4日). 2018年9月4日閲覧。
  3. ミルマン ATP500初決勝へ”. tennis365.net. 2020年2月22日閲覧。
  4. ジョコビッチ 楽天OP初V”. tennis365.net. 2020年2月22日閲覧。
  5. 「死闘フェデラー「タフだった」」”. tennis365.net (2020年1月25日). 2020年1月25日閲覧。
  6. 「ミルマン決勝へ ツアー初V王手」”. tennis365.net (2020年11月1日). 2020年11月1日閲覧。
  7. 「ミルマンが快勝でツアー初V」”. tennis365.net (2020年11月2日). 2020年11月2日閲覧。
  8. 「ATP 今季初V達成の6選手を特集」”. tennis365.net (2020年12月25日). 2020年12月25日閲覧。
  9. 「元全米8強ミルマン 現役引退」”. tennis365.net (2023年11月9日). 2023年11月9日閲覧。
  10. 「ミルマン引退に「寂しい」」”. tennis365.net (2024年1月12日). 2024年1月12日閲覧。
  11. 「今季引退の4選手を表彰「夢のよう」」”. tennis365.net (2024年11月17日). 2024年11月17日閲覧。
  12. 「元会社員 異色経歴ミルマンとは」”. tennis365.net (2017年7月3日). 2017年7月3日閲覧。
  13. 「TF選手が全仏でGS過去最大」”. tennis365.net (2016年5月29日). 2016年5月29日閲覧。

外部リンク

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