ジェラルド・グリーン

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ジェラルド・グリーン
Gerald Green
Gerald Green at all-star PBL game 2011 (2).JPG
マイアミ・ヒート
ポジション SG/SF
身長 203cm  (6 ft 8 in)
体重 91kg (201 lb)
ウィングスパン 216cm  (7 ft 1 in)
シューズ リーボック
基本情報
本名 Gerald Green Jr.
ラテン文字 Gerald Green
誕生日 1986年1月26日(29歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州ヒューストン
出身 ガルフショアーズ・アカデミー高校
(テキサス州の旗 テキサス州)
ドラフト 2005年 全体18位
選手経歴
2005-2007
2007-2008
2008
2008-2009
2009-2010
2010-2011
2011
2011-2012
2012
2012-2013
2013-2015
20152
ボストン・セルティックス
ミネソタ・ティンバーウルブズ
ヒューストン・ロケッツ
ダラス・マーベリックス
ロシアの旗 ロコモティフ・キューバン
ロシアの旗 BC Krasnye Krylia
中華人民共和国の旗 陝西キリンズ
LAディーフェンダーズDリーグ
ニュージャージー・ネッツ
インディアナ・ペイサーズ
フェニックス・サンズ
マイアミ・ヒート
受賞歴

ジェラルド・グリーン(Gerald Green Jr.、1986年1月26日 - )はアメリカ合衆国テキサス州ヒューストン出身のバスケットボール選手。NBAマイアミ・ヒートに所属している。スラムダンク王に輝いた経歴を持つ。ポジションはシューティングガードスモールフォワード。203cm、91kg。

経歴[編集]

中学からバスケやアメフトをプレイした。Gulf Shores Academyでは一度留年を経験するなど、彼のバスケット生活はしばしば学業に足を引っ張られた。彼が高校4年生の時には33得点12リバウンド7アシスト3ブロックのアベレージを残し、マクドナルド後援のオールアメリカンチームに選出された。

大学には進学せず、2005年のNBAドラフトボストン・セルティックスから1巡目18位で指名を受けてNBA入りを果たすものの、すぐにDリーグ送りとなり、シーズンの半分以上をフェイエットビル・ペイトリオッツで過ごした。そして2006年2月3日ロサンゼルス・クリッパーズ戦で初めてNBAのコートを踏む。ルーキーイヤーは32試合に出場し、5.2得点1.3リバウンドの成績に終わった。

2006-2007シーズンには81試合に出場、10.5得点2.6リバウンドのアベレージを残し、2007年4月10日アトランタ・ホークス戦では初の30得点オーバーとなる33得点をあげた。1月にチームのエースであるポール・ピアースが怪我でチームを離れた際には先発に起用され、主に得点面で活躍したものの、チームは悪夢の18連敗を記録する。またスラムダンクコンテストに出場し、前スラムダンク王のネイト・ロビンソンを手で目隠しをして飛び越えてダンクを決めるなどのパフォーマンスを披露し、優勝を果たした。同年7月31日ケビン・ガーネットとのトレードにより、グリーンを含む5選手と共にミネソタ・ティンバーウルブズへ移籍した。

ウルブズでは満足のいく出場時間を得られぬまま、07-08シーズン途中に生まれ故郷の、ヒューストン・ロケッツにトレードされるも、わずか1試合で解雇、08-09シーズンにダラス・マーベリックスでプレイしたのち、NBAを離れる。

その後ロシア、中国を経てNBA、ニュージャージー・ネッツに加入しNBA復帰。

11-12シーズン3月には、ブレイク・グリフィンレブロン・ジェームズらを抑え年間ベストダンクに選ばれた、驚異的な跳躍力を駆使したアリウープを披露。

2012年7月12日、インディアナ・ペイサーズに移籍した。

2013年7月27日、マイルス・プラムリー2014年のドラフト1巡指名権とともに、ルイス・スコラとの交換でフェニックス・サンズに移籍した[1]

2015年7月9日、マイアミ・ヒートと1年契約を結んだ。

脚注[編集]

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  1. ^ Suns Make Important Trade for Future”. NBA.com (2013年6月27日). 2015年3月14日閲覧。

外部リンク[編集]