ジェイソン・リチャードソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジェイソン・リチャードソン
Jason Richardson
J-RichMagic.jpg
オーランド・マジックでのリチャードソン
アトランタ・ホークス
ポジション SG/SF
身長 198cm  (6 ft 6 in)
体重 102kg (225 lb)
基本情報
本名 Jason Anthoney Richardson
愛称 J-Rich
ラテン文字 Jason Richardson
誕生日 1981年1月20日(34歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシガン州サギナウ
出身 ミシガン州立大学
ドラフト 2001年 全体5位
選手経歴
2001-2007
2007-2008
2008-210
2010-2012
2012-2015
2015-
ゴールデンステート・ウォリアーズ
シャーロット・ボブキャッツ
フェニックス・サンズ
オーランド・マジック
フィラデルフィア・76ers
アトランタ・ホークス

ジェイソン・リチャードソン(Jason Anthoney Richardson, 1981年1月20日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州サギナウ出身のバスケットボール選手。NBAアトランタ・ホークスに所属している。身長198cm、体重102kg。ポジションはシューティングガード。愛称は"J-Rich"。

大学時代[編集]

同じくNBA入りしたモリス・ピーターソンチャーリー・ベルマティーン・クリーヴスと共に大学のチームであるミシガンステイト・スパルタンズNCAAナショナルチャンピオンシップ優勝に導いた。

NBA[編集]

2001年のNBAドラフトによってゴールデンステイト・ウォリアーズに1巡目5位で指名され入団。平均得点はルーキーイヤーから着実に増加しており、2005-06シーズンの1試合平均23.2得点はリーグ13位の成績だった。しかしフリースロー成功率は67.3%とシューティングガードのフリースロー成功率としてはワースト3に入るものだった。

2007年6月28日、NBAドラフト当日のブランダン・ライトの交渉権とのトレードによってシャーロット・ボブキャッツへ移籍した。

2008年12月10日、ラジャ・ベルボリス・ディアウとの交換トレードで、ジャレッド・ダドリーと共にフェニックス・サンズに移籍。

2010年12月18日、3球団 (フェニックス・サンズのほか、オーランド・マジックワシントン・ウィザーズ) が絡むトレードにより、ヒド・ターコルーアール・クラークとともに、ビンス・カーターミカエル・ピートラスマルチン・ゴルタット+2011年ドラフト1順目指名権、現金との3対3+のトレードで、オーランド・マジックに移籍。

2012年8月10日、4チームによる大型トレードでフィラデルフィア・セブンティシクサーズに移籍した。しかし、2013年1月に左膝の手術を行い、その後の試合と2013-14シーズンを全休。更に2014-15シーズンも、シーズン開幕前に右足の疲労骨折が発覚したために開幕から欠場を余儀無くされていたが、2015年2月20日の対インディアナ・ペイサーズ戦でに2年振りに復帰した[1]

2015年8月15日、アトランタ・ホークスとシーズンキャンプに関するノンギャンティー契約を結び、NBA生き残りを賭けたラストチャンスに挑むことになった。

プレイスタイル[編集]

最大の長所は、爆発的な身体能力を生かしたドライブダンクシュートである。スラムダンクコンテストを2連覇し、リーグ屈指のスラムダンカーとして名高い。さらに最近はシューターとしての能力を開花させ、重要な場面で3ポイントやミドルレンジからのシュートを沈めている。しかしフリースローは苦手としている。また身体能力の高さのわりにディフェンスを苦手にしており、2008-09シーズン途中にシャーロット・ボブキャッツからフェニックス・サンズに放出されたのは、ラリー・ブラウンにディフェンスの能力の低さを疎遠されたからだと言われている。

ハイライト[編集]

2006年3月23日ダラス・マーベリックス戦、4.7秒を残しウォリアーズは2点リードを許していた。マーベリックスはフリースローのチャンスだったがジェイソン・テリーが失敗し、そのリバウンドをリチャードソンが掴んだ。そしてそのままコート上を駆け抜けスピンムーブで相手を抜き去り、試合終了のブザーが鳴りながら3ポイントシュートを沈めた。この場面はNBA.comブザービーターベスト10の第1位に選ばれた。

ダンクコンテスト[編集]

NBAオールスターゲーム前夜に行われるスラムダンクコンテスト2002年2003年と2年連続で優勝している。2003年はレッグスルー・リバース・ワンハンドダンクという高度な技を決め、大きな話題となった。2年連続優勝を成し遂げた人物は2人しかおらず、残る一人はマイケル・ジョーダンである。(2009年、2010年にネイト・ロビンソンが二連覇を達成し、3人目となる。)

交流[編集]

  • ウォリアーズ時代のチームメイトだったバロン・デイビスとはプライベートでも非常に仲が良い。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ Richardson To Start Against Pacers After 25 Months Away”. NBA.com (2015年2月20日). 2015年2月28日閲覧。

外部リンク[編集]