シャトレーゼ

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株式会社シャトレーゼ
Chateraise Co.,Ltd.
Chatraise logo.png
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
400-1508
山梨県甲府市下曽根町3440-1
山梨県食品工業団地内)
設立 2010年(平成22年)4月1日
業種 食料品
事業内容 食品製造販売およびフランチャイズ店の全国展開
代表者 斎藤誠(代表取締役社長)
資本金 5,000万円
売上高 386億円
従業員数 1,600名
主要株主 シャトレーゼホールディングス 100%
外部リンク http://www.chateraise.co.jp/
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シャトレーゼは、山梨県甲府市に本社を置く食品メーカーである。

概要[編集]

社名のシャトレーゼ(Chateraise)は、フランス語を意味するシャトーと、ブドウを意味するレザンを合わせた造語で、「ぶどうの城」を意味する。現在の会社は2010年平成22年)4月に(旧)シャトレーゼから食品事業を分社したものである。なお、(旧)シャトレーゼは持株会社化し、シャトレーゼホールディングスとしてシャトレーゼの全株式を保有している。

会社の特徴として各地にある自社工場から卸売を通さずに直接フランチャイズ店舗へ送るシステムを旧シャトレーゼ時代の1980年代より実施している。基本的には山梨県内にある工場から自社トラックで輸送しているが、北海道および九州地方など山梨県から遠く離れた地域に関してはそれぞれに工場を設置し、そこから輸送する体形を取っている。日本国外店舗については製造拠点のある地域はそこから店舗へ輸送しているが、製造拠点のない地域に関しては日本の工場にて製造した商品を冷凍のうえ空輸にて送っている。なお、自前のオンラインショッピングおよび直営店以外での販売は行っておらず、大手ショッピングモールからの出店依頼も断っている[1]

沿革[編集]

創業から1970年代まで
シャトレーゼ発祥の地である「オリオンスクエア」

1954年(昭和29年)、甲府市丸の内のオリオン通り(現在の「オリオンスクエア」)に今川焼き風のお菓子専門店甘太郎(あまたろう)を開店[2]実演販売により焼きたての商品を販売していたことから行列ができるほどに繁盛し[1]1959年(昭和34年)には有限会社甘太郎を設立し、山梨県や長野県に10店舗を出店するまでになる[2]。しかし商品の性質上売れるのは冬場のみであったことから、「有限会社甘太郎」社長の兄である齊藤寛(さいとう ひろし、1934年[1] - )は1964年(昭和39年)に故郷である東山梨郡勝沼町(現在の甲州市)にて大和アイス株式会社(やまとアイス‐)を設立し、アイスクリームの製造・販売を開始する。当初は大手メーカーに押され儲けが出なかったが、アイスクリームと一緒に研究開発していたシュークリームと組み合わせたシューアイスを10円で販売[1]。この「開発した商品を安く売る」という方針がその後の洋菓子ビジネスに反映されることになる。

その後甘太郎、大和アイス共に成長を続け、1967年(昭和42年)に両社を合併し、シャトレーゼフランス語で「城」を意味する「シャトー」と、「ブドウ」を意味する「レザン」を組み合わせた造語。以降「(旧)シャトレーゼ」)を設立。大和アイス側を存続会社とし、齊藤寛が社長に就任した[2]。一方で大和アイス側に吸収される形となった甘太郎は創業地のオリオン通りから撤退したが、2010年平成22年)に「シャトレーゼオリオン通り店」を出店し[3]2014年(平成26年)まで営業を続けていた。

1980年代から1990年代

合併により設立されたシャトレーゼは安価で商品を提供し、1980年(昭和55年)にはフランチャイズによる店舗展開により首都圏にも進出[2]。また、工場から店舗まで卸売を通さない「工場直売店」を各地に設置すべく準備を始め、1984年(昭和59年)に本社を勝沼町から山梨県によって造成された山梨県食品工業団地に移転し、「本社兼中道工場」を稼働[2]1986年(昭和61年)に千葉県国道16号沿いに「工場直売店1号店」をオープンする[2]。この時期中央自動車道が全線開通したことも功を奏し、首都圏だけでなく全国各地から出店申込が相次ぎ全国展開を進めることになる[2]

1994年(平成6年)ら契約農場から素材を直接仕入れる「ファーム・ファクトリー」に対応するため北巨摩郡白州町(現在の北杜市)に「白州工場」を、店舗増加に対応するため物流センター機能を備えた「豊富工場」が1997年(平成9年)に稼働開始し[2]、北は東北地方から西は中国四国地方まで「直売店」がオープンしていった。

2000年代

20世紀末から21世紀に入ると本来の食品以外の事業にも進出するようになる。まず2000年にこれまで空白地だった北海道に進出し、夕張郡栗山町に宿泊・温泉施設を備えたゴルフ場「シャトレーゼカントリークラブ札幌」がオープン。2002年(平成24年)には経営破綻したソフィアのリゾート施設「札幌テルメ」を買収しガトーキングダム・サッポロとして再開[2]。北海道以外にも山梨県にある雪印乳業子会社の「雪印ベルフォーレ」の全株式を取得し、シャトレーゼベルフォーレワイナリーを設立[4]。また長野県の南佐久郡川上村にある「八ケ岳ザイラーバレースキー場」を買収し、シャトレーゼスキーリゾート八ヶ岳としてリニューアルオープン[5]。さらに関東甲信越地方のゴルフ場を次々と買収するなど特にリゾート事業に本腰を入れるようになる。

一方で本業の食品事業も同じ時期に山梨県外初の生産拠点である「栗山工場」が稼働開始し、北海道にも店舗が相次いで開店するなど全国展開が進められていった[2]。しかし2004年に発生した金属片混入水道水白濁など食の安全に関わる問題を起こす。これらは(旧)シャトレーゼが主原因ではないものの、昨今の健康ブームによる煽りに加え雪印乳業や不二家など同業他社が相次いで食に関する不祥事を起こしていたさなかの出来事であったため売上が低迷してしまう。これに対し食物アレルギー糖尿病の対策を取り込んだ健康志向の商品を開発するとともにこれまで一族経営だった経営を改め、2008年(平成20年)1月に埼玉高速鉄道の経営再建を手掛けた杉野正を社長に招集した(これまで社長だった齊藤寛は会長に就任)[6]。しかしリゾート事業の進出に積極的だった創業者一族に対しあくまで菓子事業で得た利益は菓子事業に還元すべきと主張する杉野とで対立が発生し、就任わずか5ヶ月の同年6月に杉野は退任[7]。後任には齊藤寛の子である斎藤誠が就任した。一族経営に戻ったシャトレーゼであるが杉野の主張は全面的に否定されたわけではなく、後述の持株会社化へ繋がることになる。

2008年(平成20年)にはインターネットショッピングサイト「シャトレーゼオンラインショップ」をオープンし、ネット上で予約した商品を直営店で受け取れるだけでなく直営店が存在しない地域にも自宅へ配送することにより手軽にシャトレーゼの商品を食べることができるようになった。2009年(平成21年)には福岡県福岡市に「博多工場」を稼働させ、空白地帯だった九州地方にも進出するようになる。

2010年代

2010年(平成22年)4月、(旧)シャトレーゼは持株会社に移行し、シャトレーゼホールディングスへ商号変更をする[2]。同時に食品専門として新たに設立された「シャトレーゼ」および整理・集約されたリゾート企業3社を傘下とし、各事業の効率化を図った[8]。ホールディングス化後は海外にも進出を開始し、2012年(平成24年)にはオランダの菓子メーカーである「メートル・ポール」を買収しオランダ1号店を開店。2015年(平成27年)には九州の菓子メーカーであるさかえ屋を傘下に収め、九州地方の販売強化を図っている 。

事業内容[編集]

製品[編集]

主に以下の製品を製造・販売している(一部商品のみ記載)。

洋菓子[編集]

など

和菓子[編集]

など

飲料[編集]

など

その他[編集]

シャトレーゼでは通常商品に加え、以下の商品も開発・製造し販売している。

  • 原料に「牛乳」「鶏卵」「小麦粉」を使用していない食物アレルギー対応のケーキ
  • 糖尿病などに対応するため、糖質を低減したケーキやアイスクリーム

工場[編集]

豊富工場

2015年6月現在、下記の5工場が稼動している。

このうち白州工場では一般の見学も実施している。

店舗[編集]

旧デザインの直営店舗例(茨木南店)
現デザインの直営店舗例(西大津店)

2015年5月現在、以下の地域で直営店を出店している。

日本[編集]

北海道 渡島胆振石狩空知上川の各振興局に存在
東北地方 宮城県山形県福島県(かつては秋田県岩手県に存在していた)
関東地方 茨城県栃木県群馬県埼玉県千葉県東京都神奈川県
中部地方 新潟県富山県石川県福井県山梨県長野県岐阜県静岡県愛知県
近畿地方 大阪府京都府兵庫県奈良県三重県滋賀県和歌山県
中国地方 岡山県広島県山口県
四国地方 なし(かつては香川県徳島県に存在していた)
九州地方 福岡県大分県佐賀県熊本県鹿児島県

日本国外[編集]

  • オランダ - 北ブラバント州ティルブルフに1号店を開業。なお、関連会社のメートル・ポールが運営を行なっていることもあり公式の店舗一覧には記載されていない。
  • シンガポール - 伊勢丹ジュロンイースト店内に1号店を開業。シャトレーゼ直営のため公式の店舗一覧にも記載されている。


不祥事・事件[編集]

ここでは分社化前の(旧)シャトレーゼ(現・シャトレーゼホールディングス)の食品事業についても記述する。

金属片混入[編集]

2004年4月7日よつ葉乳業ドイツ・ノルドミルヒ社から仕入れた無塩バター(2015年現在は正規表示要求により食塩不使用バター)から金属片が見つかり、このバターをシャトレーゼが仕入れていたことが発覚した[9]。このバターを使用したレーズンサンドを食べた兵庫県の男性が口を切る怪我をしたことからこのバターを使用したとみられる20品目約84万個の回収を行なった[9]。この回収は最終的に25品目190万個にまで拡大し、シャトレーゼは回収だけで2億円の損害を被り、さらにこれが原因により一時的に売り上げが低迷した[10]

シャトレーゼはよつ葉乳業に対して6億円の損害を求め東京地方裁判所へ提訴を行なったが、2008年9月24日に和解が成立し、よつ葉乳業はシャトレーゼに対して億単位の賠償を支払ったと報道されている[10]

水道水白濁[編集]

2007年2月12日から2月13日にかけて豊富工場の洗浄用水道水が白濁しているのを発見、この日同工場で製造された28商品11万5千個をすべて破棄するとともに、同年3月28日にこの水道水の管理者である中央市に対し損害賠償を要求する文書を提出した[11]。これに対し中央市は「白濁を予見するのは不可能」とし損害賠償の支払いを拒否したためシャトレーゼは水道水の使用を断念。本社工場を含め貯水槽を設置し白州工場から地下水をくみ上げタンクローリーで両工場へ運搬する方法に変更した[12]

不正アクセス[編集]

2015年7月30日、同社のインターネットサーバーが不正アクセスされ、約21万人分の会員情報が流出した可能性があることを発表した[13]。27日にサーバー内にあるSQLインジェクション を攻撃する不正アクセスが発生し、28日にその痕跡を発見、調査を開始するとともに28日夜より公式サイトが情報流出によるお詫びに置き換わり、通信販売の受付を一時停止している[14]。なお、直営店の営業およびサーバーが独立しているシャトレーゼベルフォーレワイナリーの通信販売は通常通り行われている。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 日経スペシャル カンブリア宮殿 2014年11月6日放送
  2. ^ a b c d e f g h i j k 沿革
  3. ^ 「オリオン通りにシャトレーゼ出店 創業の地、活性化願い...レストラン併設、ワイン販売も」(2009年9月15日、山梨日日新聞
  4. ^ 「雪印乳業、雪印ベルフォーレの全株式と固定資産をシャトレーゼに売却」(2002年12月2日、日本食糧新聞
  5. ^ 2002年12月21日、山梨日日新聞
  6. ^ 「シャトレーゼ新社長に杉野正氏就任へ」(2007年8月7日、山梨日日新聞)
  7. ^ 「シャトレーゼ、杉野社長が5カ月で辞任 創業家と方針不一致」(2008年6月2日、日本経済新聞
  8. ^ 「シャトレーゼ持ち株会社化  県内初4社傘下、効率化図る」(2010年2月5日、山梨日日新聞)
  9. ^ a b 「原料のドイツ製バターに金属片 焼き菓子、缶詰など自主回収」(2004年4月8日、産経新聞
  10. ^ a b 「金属片混入バター訴訟 シャトレーゼ よつ葉と和解 東京地裁で」(2008年10月2日、北海道新聞
  11. ^ 「中央市、賠償請求応じず 水道水白濁問題 「予見は不可能」 シャトレーゼに伝える」(2007年5月9日、山梨日日新聞
  12. ^ 「菓子製造のシャトレーゼ、主力2工場の生産に使う水を天然水に全面切り替え」(2007年5月17日、日本経済新聞
  13. ^ 「シャトレーゼ:会員情報流出か…最大20万人以上」(2015年7月30日、毎日新聞)
  14. ^ 「シャトレーゼにSQLインジェクション攻撃、情報流出の疑い」(2015年7月30日、ITmedia)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]